第8話(梶谷side)



 指定された駅前のロータリーに車で入ると、そこに高瀬さんはいた。

 一瞬わかんなかった! 

 二度見しちゃったよ!

 だっておめかししてくれてんだよ? いつもはパンツスーツでキリっとしてるのに、今日は ロングだけどスカートだし、いつもまとめ髪なのに、髪はおろしてて、毛先も巻いててゆるふわなんだよ?

 傍には若い女子がいて小さい子もいる……えー、なに、理由があってドタキャンですか?


 嘘だろ……。


 高瀬さんは、小さい子を抱き上げて、優しそうな顔で子供の背をぽんぽん叩いてる。

 車を停車させて、高瀬さんに近づく。


「おはようございます」


 高瀬さんと、傍にいる女子が声をそろえて挨拶してくれる。


「おはよう……ございます」

「初めまして、中原日向です」

「妹です」


 え、妹さん?


「そしていま姉が抱っこしてるのはあたしの息子の奏多です」


 まだおむつの取れない感じの男の子が、オレを一瞬見て、照れたように高瀬さんの胸に顔をうずめる。

 ……甥っ子で、まだ幼児なのはわかったけど……。

 くっそ羨ましい……オレもやりてー。

 そんな邪な思考を遮るように、クラクションが鳴る。

 妹さんがぱあっと顔を輝かせて、その車に向かって手を振る。


「たっちゃーん! お迎えありがとー! じゃ、梶谷さん、お姉ちゃんをよろしくお願いします。奏多、パパだよ」

「ぱぱ、おんりする」


 高瀬さんは甥っ子君を下ろすと、甥っ子君は妹さんの服をひっぱる。


「美咲ちゃんにばいばいして」

「みちゃきちゃん、ばいばい」

「はい、ばいばい。またおいで」

「あい。ぱぱー」


 車から出てきた若い男に、甥ッ子君が走り寄っていく。

 彼は自分の息子を抱き上げて、高瀬さんに声をかける。


「義姉さん、日向と奏多がお邪魔してたって?」

「いや、こっちが日向に世話になってた」

「お世話しましたっ」


 妹さんがドヤ顔で親指をたてる。

 妹さんのご主人はオレをマジマジとみる。

 うん? ……あれ? この顔どこかで見たことある……あれ?


「え……梶谷さん?」

「拓海……、梶谷さん、覚えてるんだ」


 え……名前呼び捨て……、義弟だからか……いいな……、オレも高瀬さんに名前呼び捨てされたい……。

 でもオレが高瀬さんのこと呼び捨てなんてしたら、絶対返事してくれなさそう。

 オレ的には敬称つけて美咲さんって言いたいんだけど!


「いや、有名だったっしょ? 今度、一緒に仕事することになったって? 日向からラインで。そっか……相変わらずイケメンですよねー、俺は中原拓海、義姉さんと梶谷さん大学同じだったでしょ、俺もです。大学の後輩になります」


 自己紹介を受けて、記憶がはっきりした。あー……そうか、どおりで見たことあると……後輩か。けど有名ってなによ? 女が切れないとかそっち系だろうとは思うけどさ……いいんだ別に。わかってるよ、黒歴史ってことは。


「そうだ。梶谷さん、連絡先交換しておきません? 仕事とかもそうだけど、義姉さんことも知りたいことがあるなら~」

「交換しようか」


 即座にスマホをとりだしましたとも。 

 いい奴だな、中原。

 高瀬さんがめっちゃ、冷めた視線を中原にくれているが、オレも中原もそこはスルー。


「じゃ、お邪魔虫は回収するので、ごゆっくり。いい休日を」

「たっちゃん、おうち帰る前にコ○トコいきたい~食材買いだめする~」

「はいはい」


 そういって、中原親子はロータリーに停めていた車に乗り込んでいった。

 休日の親子の風景。

 いいな……ああいうの……。

 奥さんと子供と一緒なの……。

 ああ……オレ、やっぱり子供も欲しいわ……。

 いまの光景をオレと高瀬さんに差し替えたら、すっげえ滾った。


「台風一過……って感じでしょ?」


 高瀬さんが呟く。

 高瀬さん……賑やかな感じが好きなのかな……。

 その呟きには呆れている感じより、寂しさみたいのがあった。

 貴女さえよけれは! オレがああいう感じの家庭を貴女と持ちますよ!!

 そんな言葉の代わりに、オレは高瀬さんの手をとる。


「じゃ、デート行きましょうか」


◇◇◇

 

 都内を湾岸沿い高速を使う。

 車の中はFMラジオだけ流して、この間と同じ、でも、彼女と一緒にいる事実が単純に嬉しい。


「髪くるくるしてて、最初誰だか分らなかった 可愛い」

「……日向にいろいろ弄られた」

「仲良し姉妹」

「10も離れてると、喧嘩もそんなにしないんです」


 敬語やめてくれてもいいのに。


「……梶谷さん」

「うん?」

「もしかしてこの道路……」


 そう、長い長い高速、だが景色はない。

 ああ、わかっちゃったかー、車乗らない人だとわからないだろうけど、高瀬さん、車乗る人だもんな。

 それに……前に付き合ってた彼氏とかとでかけたこともあるかもしれないし。


 「うん。天気はいいし、いいロケーションでしょ。きたことある?」


 そう運転してる今現在は、景色も何もあったもんじゃない、長いトンネルのみ。

 だけど、ここを抜けきったら……。 


「初めてですよ、この道路は……知ってるけど使わない」


 マジか! よっしゃ、初めてのデートコース頂きました!

 橋とトンネルどっちにしようかと思ったけど、だって、ここ抜けたパーキングがデートコースのその一だし。

 パーキングで休憩して、そのまま海上の道路にでてアウトレットモールにいく予定。だってショップがたくさんあるところ見たいっていってたし。

 喜んでくれるといいなって思った。

 こういう気持ちは、ほんとなかったなー。

 初めてのデートの時も、些細なことで喜んでた過去の彼女たち。もちろん、オレ自身もそれなりに気を使ったけど。

 高瀬さんの場合は違う。

 オレ自身が、能動的に、動きたいと思わせるものがある。


 ――――わたしの存在って、寂しい時とか忙しくて疲れた時とかのセックス込のペットか何かみたいな……そういう扱いかなって、思えてきてた。


 二年前に言われた言葉が胸に刺さったままだからだろう。

 確かにそういう男だった、最低なオレだけど。彼女にそんな気持ちにさせたくない。

 ずっと気になって、忘れられなくて終わったと思った、相手が高瀬さんなわけで。

 偶然にも再会できて、おまけにフリーで。

 できれば、このデートで距離を縮めたいわけですよ!

 義弟君みたいに、名前呼び捨てされたいんですよ!


◇◇◇


 パーキングに停めて、展望台まで上がる。

 このパーキングは、東京湾ど真ん中の人工島。

 撮影スポット的なオブジェが点在してて、東京湾ぐるりと360°見渡せる。

 いつもクールで、表情とかしぐさとか、表面に出ないタイプの人だけど、瞳の輝きが違う。すごくキラキラしてる。それがまた可愛いー。

 神奈川方面も東京も千葉もぐるっと見える。

 スモッグもかかってないから、絶好のロケーション。


「すごい……空間に遮るものがないだけで、こんなに違う」

「だね」

「ありがとうございます。梶谷さん。連れてきてくれて」

「じゃ。ごほーびちょーだい」

「え……」

「敬語やめて、オレのこと呼び捨てして? 高瀬さんのこと名前で呼んでいい?」

「……あの……」

「うん?」

「それだと、わたし、かなり口悪いですよ?」

「うん、そういう美咲さんも見てみたい」


 美咲さんってどさくさに紛れて呼んじゃったよ。

 これもう取り消さない。

 このまま美咲さん呼びする。


「……」


 美咲さんは右手を口にあてて逡巡している。

 えーそんなに考え混んじゃうの?

 ため息をついて、目を眇めるようにして笑う。


「じゃあ、梶谷、ソフトクリーム食べにいこ?」


 めっちゃ可愛いいいい!


 だけどそれ、呼び捨て間違ってる!


 名前じゃねえええええ。

 それ苗字いいいい。

 距離は縮まる感じはあるものの、それ別コース!!

 恋人とか彼女じゃねえ!

 友達コース!

 年齢的にそっちコースからはどんだけ試練なのかと!

 訂正の言葉よりも早く、彼女がオレの手を引く。


「梶谷、いこうよ」


 彼女からオレの手を引いてくれたことと、その笑顔が嬉しくて、訂正の言葉が消えてしまった。

 ヘタレすぎだろう! オレ!


  


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