第7話(高瀬side)




 現調とスケジュールの確認を終えて、梶谷の運転で都心の事務所に戻る時の車内の気まずさというか、場の持たなさ加減が半端ないというか、ナニを話せばいいのやら。会話が無いし!

 運転してたら、もっと運転に集中できたのに、そしたら沈黙があっても、運転してますってことで場が持ったのに、梶谷が運転するって言うし。

 女の運転じゃおっかなくて助手席にも座れませんってことですか。そーですか。

 もっとわたしが若かったら「えーいいんですかーありがとうございまーす」とか語尾にハートマーク付きでお愛想でも振りまいただろうが、アラサー女がそれやっても、イタイだけ。わかってる。うん、わかってるよ。


 だから、ずっとFMラジオを聞いてて、車の景色を見て。


 助手席の窓からフロント、バックミラーで後方を走る車の車種とかぼんやり眺めるしかなくて。

 そうしてたら、なんかもう投げやりになってきた。

 いいじゃん別に無理して会話繋げなくても、仕事の話はさっき現場でやったし、確認することはないし、ふわっとした癒し系の声をした女性DJのトークと音楽だけ右から左へ耳に流せばいい。

 そしたら、梶谷が会話を振ってくる。


「今度さ……車で、どこかでかけませんか?」


 えええええ、何それ。アンタこの状況気まずくないの?

 いやーわたしが男だったらこの気まずさ感から逃げ出したいし、こういう状況もう勘弁って思うわ……ああ、社交辞令か。

 気まずさをなんとか打破しようとした発言か。


「どこかって……どこ?」


 アンタは楽しいのか? この状況が。車で一緒にでかけるって。

 そんでどこへ行こうっていうの。場が持たないだろ。

 今、この現状をまたやろうってチャレンジャーすぎるわ。


「お休みの日にドライブ」


「……休日に……」


 えーわざわざー? 休日にー?

 ちょっと、梶谷、あんた気を使いすぎでは?


「高瀬さん、お休みの日ってどうしてるの?」


「そうですね……動く日と動かない日がありますよ」


「え、何それ」


「いろいろ動く日は展示会とか、新しいお店とか、何か仕事に取り込めるようなものがあればいいなと、街をぶらぶらしたり……」


「動かない日は?」


「ひたすら寝てます」


 つーか最近ほぼ寝てますけどね! 

 20代だったらまだ仕事に取り組んでショップ巡りもしましたが、最近は寝てますけどね! 加齢と共に体力落ちてきてますよ、だけど、次の仕事が入るって時はいろいろ見て回るけど! 

 半分義務、半分仕事。だってそうでもしないとこのわたしのような凡才にはいいアイデアが浮かばない。


「梶谷さんは?」


「え?」


「お休みの日、何されてるんですか?」


「ああーだいたい同じかな」


「そうですか……」



 はい、会話終了。

 ごくろうさまでした。

 ああだけど、せっかく気を使って、会話をもたせようとしてくれたのに、ここで何の返しもないのは、「この女コミュスキルが低すぎコイツと仕事できるかどうか」って不安になっちゃうか?

 気を使わせてるなら申し訳ないなと……だからそう思って言ってしまったのよ。


「どこ、いきましょうか」


「え?」


「ドライブ」


 うわあああああぁ失敗した。

 ほらみろ、こう切り返したら、まさかとか思うでしょうよ。

 よく考えなさいよ、自分。

 引いちゃってるよ。


「高瀬さん、行ってくれるの?」


「はい?」


 「社交辞令でしたーなんて、後から言われても取り消さないから」


 イケメンは……例えどんな女からでも快く返すものなのか。

 そして何故、わたしが梶谷に対して社交辞令をいってる立場になっているのか。


「……」


 だからモテるんだな。

 ごめん、わたし、イケメンの思考をすっかり忘れてた。

 例えどんな女性からでもお誘い的な発言があれば、嬉しそうに返すものなのね。

 だから女性が寄ってくる。

 別にキミの貴重な休みを潰そうと思ったわけじゃないんだ。

 そんなに、無理することないのにね。


「楽しみにしてますね」


 多分実現することはない、社交辞令の交換なのに、なぜそんな嬉しそうに……幸せそうに笑ってるんだ。

 また、そういうところが、なんだか可愛い……。

 まあ、怒ってたり、困ってたり、そういうマイナスな感情がでてるわけではないから、いいか。


 とか思ってたんですけど!



◇◇◇



 なんで休みに、しかも今度の休み、一番近い休日に、一緒にドライブ行くことになっちゃってんの!?

 あの場は「じゃ、また、都合のいい日にお誘いしますね?」でフェードアウトのパターンでしょ!?

 ナニ食いついてんの梶谷!?

 アンタ、会社に戻れば「今度のお休み、どこかでかけませんか?」とか、年下の可愛い女子から逆に誘われる立場じゃね?


「どう思う? 日向。ガチでデートってことですかね?」


「当然、ガチでデートじゃん!! やっぱ見る目ある人はいるのよ!! お姉ちゃん!!」


 日向は人のクローゼットを勝手に開け始めた。


「何してんの、日向」


「デートの服、選んでる」


「は?」


「やだもー、ちょっとー会ってみたーい。そしたら、もっと具体的なイメージがつかめるのにぃ」


「なんのイメージ。そしてなぜキミがいまからコーディネート」


「失恋の特効薬には新しい恋だよ! お姉ちゃん!」


「ああ、やめろ、それ、もう若くないから日向に譲ろうとしてた服なんですけど」


 日向はけっこう可愛らしい服を引っ張り出す。


 「ダメ! いつもパンツスーツなんだから、たまには、その梶谷さんだって、スカートはいてブーツはいて、可愛いトップス着たお姉ちゃんを見て、お姉ちゃんのことちゃんと見直してもらわないと!」


 「見直すって……」


 ダメだろ、もう、今更だろ。

 ていうかさ、ここでそんな気合いれてたら、痛いアラサー女の印象がさらに強くなるだけでは? 「ちょっとでかけるだけで、気合はいってんなーこれだから振られた直後のアラサー女って必死だな」とか思うかもしれないでしょうが。


「インナーも上下揃えて! なんで上下そろってるのないの? ひどい!」


 人妻といえ、20代女子、目の付け所がシャープすぎ。

 いや、買った時は上下でも、片方だけがダメになるのはよくあることでしょ。

 お前……人のクローゼットナニひっくり返してんの。


「よっしゃ、次の土曜ね。測るまでもなくお姉ちゃんのサイズはわかってる」


 人のクローゼットをさんざんひっかきまわしておいて、今度は仁王立ちの状態でスマホをタップし始める。

 表情めっちゃ、真剣なんですけど?


「ひ、日向ちゃん?」


「超ラブリーでセクシーなインナーをネット通販する即日配達……は、この時間無理か……大丈夫、落ち着け、まだ時間はある」


 あんたが落ち着け……何をそこまで……。

 わたしの冷め切った表情とは違い、日向はまるで自分の事のように熱くなってる。


「だいたい、いい歳した男女が、デートで飯食って終わりの訳ないでしょ! もちろん朝まで一緒でしょ!?」


「え……」


「だって、お姉ちゃん、梶谷さんとはヤッちゃってんでしょ?」


 日向ああぁ! お姉ちゃん、そんな言葉をいう娘に育てた覚えはないよ!!


「そうなら、そこまで、考えてコーディネートすべし!」


「……」


「メイクも! くーなんでビューラーないのにくるんって長いの? ロングマスカラだけでOKなまつ毛とか信じられない! どうしてこのパーツがあたしにないのか! 髪も巻いちゃえ、ちょー可愛くしちゃうぞ」


「……」


 日向……お前……若いうちに結婚しちゃうから……そういうストレス溜まってるのか……? 生活主体になっちゃって、お洒落してないのか? いや、お姉ちゃんから見ても日向は十分お洒落女子だけど。


「この日はあたしもおうちにもどる。たっちゃん一時帰宅っていってたし! ついでに拝んでやるわ。どんな人なのか!!」



 たっちゃん……拓海君よ……義姉からのお願いです。

 若い日向のために、お洒落して一緒にデートする時間を作ってあげてください。

 奏多ならいつでもよろこんで預かるから。

 わたしは伊豆出張中の義弟に心の中で懇願した。










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