第6話(梶谷side)


 好きな人と会社が別でも一緒に仕事ができるので、就業中に堂々と電話連絡とれるのがいい。

 現調行くなら案内しようと思ったのに、電話したら高瀬さんはすでに外出、別案件のあと、ウチの現調に直行すると会社の人に言われてしまった。

 営業のヤツに便乗して、オレも現場にいったら、タイミングよく高瀬さん到着で、施工担当に紹介したりスケジュール打ち合わせ。

 打ち合わせ終了したら「社まで送ります」って言ってくれた。


「オレが運転するからキーかして」


「え、でも……」


「安全運転します」



 高瀬さんは車のキーを見つめて逡巡してたが、「お願いします」とオレに渡してくれた。

 こういう申し出を固辞しそうな印象が強いのにそれがない。

 こうやって自然に申し出を受け入れてくれるのって嬉しい。

 オレの傍にいたのって、オレから申し出る前に、べたべたした甘えモードで「送ってってぇ」なんていうのばっかりだった。別にそれはそれでもいいのだが、高瀬さんは絶対そんなこと言いそうにないので、こっちから甘やかしたい。

 彼女が乗ってきたのは軽ワゴン、多分資料や資材も積んでるっぽいから、これは社用車だろうけど、この人車もってるのかな?

 あー仕事じゃなくてちゃんとしたドライブデートがしたいよ。

 助手席のドアをあけて、彼女を載せる。 

 助手席に座った彼女はカーナビをオレの会社に設定しようとしていたが、それを止めさせた。


「いいよ、車このまま高瀬さんの会社にもってこう。都内だから電車でオレは戻れるし地下鉄一本乗り換えなしだから」


「そんな、それじゃ、送る意味がないじゃないですか……」


「いいから、いいから」


 そんな困ったような表情しないでほしいのにな……。

 これが結構意固地な子だと、譲らないんだろうけど、高瀬さんは大人だよな。

 諦めたように苦笑して「すみません、お言葉に甘えます」って言ってくれた。

 でも……なんか切ないなー。

 一緒にいるんだよ、二人っきりだよ? ちなみに車だよ? 動く密室だよ? なのに、全然これっぽっちもビジネスモード解かないんですけどこの人。

 この間の夜なんか、すっごく距離が縮んだように感じたんだけどなー。

 ベッドの中ではすっごく優しかったし素直だったし、それに意外と情熱的だし?

 なのになにこれ、また離れてるー的な……。

 あの日の夜の事は幻だったのか、それとも片想いを激しく拗らせたオレの妄想!?

 いやいや、あれは事実だったはず!


「今度さ……車で、どこかでかけませんか?」


 なんだよ、もう、デートの申し込みしてるだけなのに、なんでこんな緊張するのオレ。

 これが結婚申し込みだったらどんだけなの? 口から心臓吐くんじゃね? ああでも結婚したい。

 ていうか、もう結婚してって言いたい! 口から心臓吐いてもいいから!


「どこかって……どこ?」


「お休みの日にドライブ」


「……休日に……」


 え……。だめ?

 ビジネス延長線上のアレだったの? いわゆる枕営業的な? プライベートにお前が踏み込むのは10年早いとかって、そういうことですか? 

 いやいや、この人そういうことをするような人じゃないでしょ。

 どっちかっていったら、傷心の彼女に付け込んで、オレが一気に畳みかけましたって感じだよな。

 ということは?

 コレ以上お前みたいな男の同情なんざ受け入れるかって話ですか!?

 同情じゃないんですよ、ガチなんですよ。


「高瀬さん、お休みの日ってどうしてるの?」


「そうですね……動く日と動かない日がありますよ」


「え、何それ」


「いろいろ動く日は展示会とか、新しいお店とか、何か仕事に取り込めるようなものがあればいいなと、街をぶらぶらしたり……」


「動かない日は?」


「ひたすら寝てます」



 猫のような行動パターンですね。

きっとお休みのところにお邪魔してぎゅーなんてしたら、毛を逆立ててバリっとツメたてられそう。

 切ないなー、こんなこといままでなかった……。

 ああ…いままでの彼女たちは、何も言わなくても勝手に話してくれて、盛り上げようとしてた。

 それがわかってるから、そういうところも可愛いなって思ったけど。

 この人は、オレに全然その気がないのがわかる。

 気まずい沈黙をものともしないで、車のFMラジオに耳を傾けて、流れる車からの景色を見てる。

 それが、長いイメージフィルムみたいで綺麗で、ずっと傍でみていたい。

 なんていうのこれ、今までオレの歴代彼女たちって、こんな気持ちだったのかと。

 彼女たちにしてきたことが、今わが身に返されてるみたいな?



「梶谷さんは?」


「え?」


「お休みの日、何されてるんですか?」


「ああーだいたい同じかな」


「そうですか……」


 はい会話終了。

 なんだよ、会話すら繋げられないってダメダメだろオレ。

 ガックリしてたら声がかかる。


「どこ、いきましょうか」


「え?」


「ドライブ」


 マジで!?


「高瀬さん、行ってくれるの?」


「はい?」


「社交辞令でしたーなんて、後から言われても取り消さないから」


「……」


 え、社交辞令かよ!?

 いやいや、取り消しなしで!

 こんな様子を友人たちが見たら、すげー必死だなとか呟かれそう。

 高瀬さんはそんなオレに対して、ふんわりと笑う。


「楽しみにしてますね」


 よっし!

 もーいろいろ企画しちゃうぞ。

 高瀬さんは、休日はいろいろ街を出歩いたりーの人だからな、車でいけるアウトレットなんてどうだろう。

 道中の景色もよくて、ショップもたくさんあるところがいいよな。

 ごはんも美味しいところ! あとでPCで検索せな!

 やだもー超嬉しいんですけど!

 なにこれ、さっきの切なさとか相殺されてんですけど、てか、それ上回る嬉しさなんですけど?

 しみじみ思う。


 オレって、ほんと、恋を知らなかったんだな……。



◇◇◇



 高瀬さんの会社について、指定パーキングに車を止める。



「ありがとうございました。すみません、結局お送りできなくて」


「いや、都内に戻っただけでも十分です、地下鉄で一本って言ったでしょ」


 ああ、ぎゅーってハグしてチューしたいのに、できない。

 やることやってるのに、手が出せないってどうなっちゃってんのこれ。

 だって、いまこれやったら、引かれるかもって思うんだよ。そしたら、そんなことできないじゃん。


「高瀬さんの休み、いつ?」


「ええと……調布のアフタフォローが今日終わって、鎌倉の方が来週に什器搬入だから、梶谷さんのところは日曜日はお休みになってますよね」



 スマホをいじりながら訪ねてくる。

 うわー個人宅請負だと土日つぶれることあるのか。

 そりゃ普通のサラリーマンだと時間軸あわねーわ。

 理解ないと付き合えないだろ。


「うちは、まだモデルハウスが地ならし入るか……だからね」


「ええ……めずらしく、土日で休めそうです。大きい会社のところがクライアントだとカレンダー通りに休日入れるから……」


「じゃあ、土曜日でいい? 空けておいて、ドライブいこう」


 やめてくれよ、「ここで社交辞令じゃなかったの?」なんて聞かないで。お願いだから。


「はい」


「じゃ、迎えにいく」


 高瀬さんは自宅近くの最寄り駅で待ってますと、行ってくれた。

 家まで迎えにいきたいのにな。

 彼女のガードの固さがここに現れる。

 でも、デートだ。

30になるまで、ちゃんとした恋なんて、したことなかったと自覚した二年前……。

 思い出すと、どこかずっと記憶に残ってたのはこの人だった。



 10年前のあの夜が、終わったはずの恋だった……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る