3 礼子

 扉の開く音が聞こえて、礼子は寝室を出た。キッチンの奥にある裏口の鍵が開いている。時計を見ると、午前三時を示していた。礼子はパジャマのうえに一枚だけ羽織って、裏口を出た。秋らしい肌寒さを感じる、静かな夜だった。

 等間隔に置かれた外灯が照らす夜道に影が歩いている。息子と同じくらいの背丈で、パーカーを着ている。礼子はすぐにでも走り寄っていって事情を聞きたい気持ちだったが、ぐっと堪え、足音を殺してその後ろに続いた。走っているわけでもないのに、自分の呼吸が荒くなっていることに気がついた。

 人影は自然公園へと入っていった。礼子は公園の外周を囲むようにして作られた生け垣に身を潜め、人影の様子を窺った。辺りが暗いせいで、電灯の切れかかった外灯の下では顔も見えなかった。話し声だけ聞こえた。男と女の声だ。男は息子の声だろうが、女の方は分からなかった。

 話し声が止むと、あたりは深夜の静寂に包囲された。すぐそこにいる二人に、自分の心臓の音や呼吸が聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。

 月明かりが出てきて、夜目も利くようになった。礼子は細く息を吐くと、体を屈めながら話し声のしていた方を窺った。

 そして絶句した。

 そこには見慣れた顔の男女が二人立っていた。それが誰なのかを認識するなり、礼子はその場を走り去った。鉛のように重たい体を動かし、息を切らしながら夜道を駆け抜ける。

 ようやく自宅が見えてきたところで足を縺れさせ転んだ。掌を擦りむいた痛みなど気にならなかった。誰も後をついてきていないことを確認し、這うように家の中にたどり着くと震える手で鍵を掛けた。

 何度思い返しても間違いない。あの場に立っていた男は、息子だった。しかし、怪しいと思っていた下の息子ではなく、引きこもりの上の息子だった。そして話していた相手の女は志奥だった。

 なぜ志奥が私の息子と会っているのだ……そもそも、どこで接点が……

 礼子は汚れた上着を脱ぐのも忘れて寝室に戻った。今見たものは悪い夢だと言い聞かせながら、頭から布団を被る。だが、擦りむいた掌の痛みだけは鮮明だった。

 ベッドの中で悶々と自問自答を繰り返しているうちに朝を迎えた。

 このあと警察が訪ねてくることを礼子はまだ知らなかった。

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