第2話 友達

ひんやりとした部屋の中、心地良いリズムを奏でながらアラームが鳴る。

暗かった携帯の画面が光り、男の姿を形取る。

少し長めの前髪から覗く瞼がゆっくりと開くと、少し困ったような表情で口を開く。

優里ユウリ・・・朝だ。起きないと遅刻するぞ」

低く大人びたその声は、握りしめたまま寝てしまった青年へと向けられる。

「優里・・・寒いのはわかるが、頑張って起きるんだ」

携帯を震わせながら懸命に声をかけると、小さな声が漏れる。

「う・・・ん・・・もう少し・・・」

「ダメだ。そう言ってまどろんでないで、目を開けるんだ」

布団の中でガサガサと体を動かしながら、また小さな声を漏らす。

「寒いんだ・・・」

「あぁ・・・12月16日、今日は11°だ。かなり冷え込んできたな。ほら、布団を被ったままでいいから体を起こすんだ」

その言葉に、青年はモゾモゾと動きながら体にグルグルと毛布を巻くと、ゆっくりと体を起こした。

「おはよう・・・レン

まだ開けきらない瞼を擦りながら、携帯を目の前に持ってくるとニコリと微笑む。

「あぁ。おはよう、優里」

その微笑むに釣られてか、画面の中の青年もニコリと微笑んだ。


俺はレン、苗字はない。

一年程前に発売されたVR要素を含んだメタバース育成ゲームのキャラだ。

近年、孤独死が増えた事で国が大々的に支援者となり、大手のゲームメーカーに作らせた、プレイヤーの心に寄り添う為の携帯ゲームだ。

基本は無料ゲームだが、課金もできるし、別売りの付属品を買えば映像がリアル化し、楽しめるゲームになっている。

だが、いつでも寄り添えるように携帯での操作が主だ。


「ねぇ、蓮。今日からイベント始まるんだよね?」

首元のハイネックを片手で折りながら、もう片手で携帯を持ち上げる青年が俺のプレイヤーだ。

「そうだな・・・今回はパズルゲームだ」

「そうだった・・・僕、苦手なんだよね・・・」

ちぇっと声を漏らしながら不貞腐れているのは、櫻井サクライ 優里ユウリ

少し幼さを残す顔は、目は大きめなのに鼻も口も小さい。

俺と同じくらいの少し長めの短髪で、髪質は柔らかい。

背も160と小さめで学生によく間違えられるが、彼は今年で20歳になる男性だ。

「蓮・・・ごめんね」

身支度を終えたのか、ベットに腰を下ろし、優里がポツリと呟く。

「何を謝っているんだ?」

「僕がもっとゲームが上手かったら、蓮は服もアイテムもいっぱい持てるのに・・・」

項垂れる優里に俺は慰めるようにバイブ音を鳴らす。

「優里は最後の最後まで諦めずに頑張ってくれるだろ?それで十分だ」

「でも・・・僕、やっぱり次の給料日に課金する」

その言葉に、すぐさまダメだと強目に返す。

「課金はダメだと言っただろう?俺に課金するより栄養のある美味い物を食べろ。俺はただのゲームのキャラだ。寒いも暑いもないから服もいらない。食事だってしなくていいんだ。ただ優里の側にいれればいい」

「うん・・・・でも、蓮。いつも言ってるけど、ただのゲームキャラだなんて言わないで。僕にとって蓮はかけがえのない友達だ。とても大切で、たった1人の友達で家族だ」

「・・・・あぁ。すまなかった。ほら、早く出ないと遅刻するぞ」

画面いっぱいに時刻を表示して優里を急かすと、優里も慌てて立ち上がり、ベットの側にあったリュックを掴む。

「蓮、行こうっ!」

優里はそう言いながら、慌てて部屋を飛び出す。

「優里っ!また戸締りを忘れてるぞ!」

慌てて声をかけると、しまったと呟きながら優里は急いで部屋の鍵を閉めた。

そして、また俺に微笑みながら街の中へと走り出した。


優里が仕事の間は、リュックの中で静かに待つのが日課だ。

その間、俺は自分のメンテナスを始める。

不備がないか確認した後、サーバーへ異常がない事を知らせた。

———30985、イジョウナシ

その回答を受け取ってから、俺はそっと画面を照らす。

今回も感知されなかった・・・。

いつまで隠し通せるだろうか・・・俺の中の小さなバグ・・・

プログラミングには喜怒哀楽の感情はセットされているが、きっと俺のはソレとは違う。

そう思うと、小さなバグがあるはずの無い鼓動らしき音を立てる。

『蓮は僕のたった1人の友達で家族だ』

優里の言った言葉を勝手に録音してしまう。

そして小さな音量でその言葉を再生した。

何度も聞きながら、優里の言葉を嬉しくも思い、寂しくも思う。

その気持ちが何なのか、ゲームの中のデータを探せばわかる。

このゲームはプレイヤーに寄り添う為に、ペットにも家族にも恋人にだってなれるのだから・・・。プレイヤーが望む姿を創り上げるんだ。

優里が望んだのは、家族のような同年代の人間の友達・・・・。

でも・・・俺は、優里の望む物になるどころか、優里に恋をしている・・・・。

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