ホのアツカヒ

 都内で開かれた遠縁にあたる凡道おおみち家のパーティーに出席した銀嶺は心の中で溜息をついていた。

 一度かなり傾いて立て直しの途中だが元々がそれなりに大きい家なのでここぞの時には見栄を張るそんな華やかな会場である。

 出席する人間も銀嶺はよく知らないが財政界の凄い人なども混じっている。

 正直息が詰まりそうな集まりなので出席したくはないものの、実妹の依香に片手で攫われて勝手に用意された値が張りそうなスーツ一式を着せられ強制的に出席させられているのだ。

 元々山奥で修行していた銀嶺は都会に出る際には礼儀作法という修行が始まった。

 シンプルでスラッとしたラインのドレスを着た背の高くスレンダーなクールビューティの中性的な美女が銀嶺に近づいて来ていた。


「御婚約おめでとうございます、銀嶺義兄様おにいさま

「おや、ありがとう、貴子さん。君も来ていたのか。君も君で忙しいんじゃないかい?」


 従姉妹であり銀嶺の弟である青嵐の婚約者の政理まつり貴子が話しかけて来た。

 弟が婿入りする家も銀嶺の地元では御三家と呼ばれる家であり、財力や利権を持ち地方を牛耳るとまで言われる地方財閥の家である。

 そこの一人娘を従姉妹とするだけあって政理家は銀嶺の母親の実家である。そして貴子の母親とは姉妹であり仲はともかく銀嶺は弟との婚約に関わらず貴子とは近しい血縁である。

 その為、医学部に合格して医師への道に邁進していることも知っていた。


「今回のパーティーにはわたくしと言うか政理家も関わっていましてよ。私は息抜きも兼ねて主催関係者として出席しておりますわ。結構別の地方の有力者や業界やツテで色々な方をお招きしたのでどうぞお楽しみ下さいまし」

「なるほど、だから社交だと妹に連行されたのか……あぁ、しかも誘拐現場で止める人が何人なんびとたりとも居なかったのは周りは僕が連れてかれるのを知ってた訳だなコレは」


 貴子は頑張って色々招待したから是非関わりを作ってね、と銀嶺に声がけに来たようだ。

 それに対して銀嶺は、嵌められたか、と真実を悟りゲンナリとするが顔には一切出さずに小さめの声で毒づいた。


「しかし相変わらずこういう場所は苦手そうですわね、地元で招待した時もそうでしたけど」


 気配りに対して毒づく銀嶺に怒ることなく苦笑混じりに貴子は銀嶺に言った。


「ソレを顔に出したら依香に後でピンヒールで容赦なく踏まれるから気を付けなければならなくてね……後が怖い」

「……その顔色本当に大丈夫ですの?」


 銀嶺はにこやかに貴公子の笑顔を振る舞うが顔色が圧倒的に悪く元が色白なのもあって下手な化粧した女性より色が白くなっていた。

 そして貴子は自分よりも色が白くなっている銀嶺に嫉妬する事なくギョッとしていた。

 

「えぇと、地元文化保護や地域振興などの支援をなさっている方はあちらの紺色のスーツの年配の方ですので、義兄様自身の為になる繋がりが出来るかと」

「おぉ、そうかい。ありがとう今から向かってみるよ」 

「でしたら主催関係者の私から紹介しますから――」


 慌てて貴子が銀嶺の食い付きそうな出席者を考え紹介すると元気づけたのであった。

 銀嶺が一人で突撃しないように貴子も銀嶺を追いかけていった。


 




「ありがとう、貴子さんのお蔭で今度の調査先が決まったよ」

「……それは何よりですわ」


 銀嶺は別の地方の有力者と社交辞令のやり取りをしてまた後日と名刺交換をして結果的には地方文化保護をしている団体を紹介して貰えることになった。

 それも貴子のお蔭な所がある、銀嶺は野生の勘はあっても腹芸は得意ではないのだ。

 

「後は正直帰りたいのだがな」

「もう少し我慢していただければ終わりますから……でしたら神の火についてどうお考えかお答え下さいませんこと?」

「神の火?」


 帰りたがる銀嶺に貴子はふと質問を投げかけた。

 そして銀嶺は訊き返す。


「義兄様が御婚約なさった相手である恭子さんの事ですわ。アツカヒを間違えたらどうなるか分かっておいでですわよね?」

「……その事か」

「別に私は恭子さんの婚約に反対だとは一欠片も思っていませんわ。ただあの不安定な過去を知っていて此方を見透かしたように振る舞う彼女を見て義兄様はどう思ってらっしゃるのか、そして歳が離れてようが家の結婚は別に普通でしてよ。義兄様は若く見えますけど」


 銀嶺と婚約相手である恭子は一回り近く歳が離れている。

 貴子の説明に対し理解したと銀嶺は不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「身を灼かれるのも夫婦めおとの仲なのかもしれないな。だがはて、という僕を灼くことは出来るのかね?凍り付いたその山に春は来るのかね?」

「あっ……」


 思わず貴子は声を少し上げて目を見開いた。

 銀嶺の婚約相手の恭子と貴子は高校のクラスメイトだった為、恭子が同い年の従姉妹の実子みのりこに仕えていた事情もあって家庭が複雑とかそれどころでない事も、実の父親から呪われた事も知っていたがゆえに言葉を失った。

 そして銀嶺は自身の名前で揶揄したのだ、美しく残酷な凍てついた場所と、そして嗤っていた。


「まぁ、誂うのは程々にしておこう。正直に言うと僕は火傷をするのも仕方ないと思っているよ。実子が調整して誂えた形だ、家の為でもあり僕の為に用意してくれたのは事実だから僕は喜んで受け入れるよ。例え全身を炭にされたとしてもね」


 そして暑気中たりも火傷も凍傷にもならないのだ。


「……そうでしたか」


 クツクツと銀嶺は笑い貴子は息を呑む。

 そして、では帰らせてもらうよ、と去っていった銀嶺をご機嫌よう、と貴子は見送った。

 貴子の婚約も家から齎された物であるが、相手に別に不満もなかった。婿養子なので此方が一応優位なのと相手の青嵐が中性的な穏やかなな人間で良い関係も作れたからである。

 相手の青嵐は頼りになり穏やかな男性だと思っていたが、家庭内の事情でその婚約解消を打診したら拒絶し撤回の説得をされ心の内はコレほど情熱的な人だと思い知ったのも何年も前のことだった。

 貴子は銀嶺は従兄妹達の仲で割と常識的な人間だと思っていたが、恋愛観に於いてはたがの外れたロマンチストでもあったようだと思い知ったのだった。


「扱いは熱かひ、下手を打てば火傷を追ってしまいます。熱病なのか熱傷なのか私には穏やかなソレで十分ですわね……」


 貴子は伏し目がちに胸に手を当てて呟いたのだった。






「――青嵐も大概扱い難いがな、貴子さんは御せているようだが」 


 スーツに着る前の上着の下がカジュアル寄りなデザインの服に着替えた銀嶺は建物から誰に聞かせる訳でもなく銀嶺は呟き大都会近辺のベッドタウンにあるマンションの自室に帰っていった。


 


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