糧となる。

 祝銀嶺は都会のチェーン店の喫茶店にて、すぐ下の妹である依香よすがと話していた。

 妹の依香は上着の下が無頓着な方向にラフな兄とは違いボタニカルな模様のワンピースにシンプルで上質な上着を羽織り上品な出で立ちでエキゾチックな印象を大人しめに纏めていた。


「――この前実子が着物の行く末について教えてくれたんだが、何か……凄く怖かったんだ」


 目線を自分が注文した珈琲に下ろして兄の銀嶺は依香に言った。


「それは……実子さんがお兄様に仰ったのですの?」


 注文した温かい紅茶を優雅な仕草で嗜みながら依香は銀嶺に返した。

 大学で講義をしている学者とは思えないふわふわした事を言ってきた兄に困惑しながらも顔には出さずに兄の顔を見る。

 依香から見た兄の顔は冗談を言っている顔ではなく真面目でより深刻そうな顔にも見えた。


「『ボロボロになった後も使い倒されて酷使されてるのは私も同じだな。モノは形を変えて利用されて巡っていく――これが世の中の真理なのかもな』と言ってきてな、何処か遠い場所を見つめていたんだ……依香はこれをどう思う?」


 具体的に銀嶺は依香に話し、依香はぴくっとした後口元に右手を当てる。

 そして口元から右手を離した後、両手で音をほとんど立てずに一拍手を叩く。

 すると依香の目付きが変わり少し姿勢を変えて前かがみになり口を開いた。

  中に居る別人格のトイコがメインになって動き出したようだ。


「済まないが若様、依香は答えに詰まっている。なので私から訊きたいことがある」

「そうか、なんだ?トイコ」


 先程より少し低くなった依香の声とラフな口調に対して銀嶺は全く気にせず質問を促した。

 器としての才能があった依香が壊れた時に欠けた部分を埋めるのに使った悪霊が話し出した。悪霊と言えど寺や土地神達に調整されて悪霊となった霊は大人しくさせられて居る。

 依香を支える悪霊がトイコの正体である。


「まず、着物の行く末についての話だ。アタシ自身が依香の体に押し込まれる前の知識は基本アタシが知らない話だ、若様が教えてくれないか?」

「なるほど、そうか。端的に言えば着物が着られなくなるほど着古されたら形を変えて布製品として使われる。そしてボロ雑巾にされてそのボロ雑巾を焚き付けに使ったりと竈の燃料にされる。そして残った灰を洗濯に使ったり、作物の肥料として使われるらしい」


 銀嶺の説明を受けてトイコは依香の体を借りて目をパチクリさせる。


「ふーん、なるほどねぇ……ところで、若様は実子の中身は山のモノの半月だと知ってるわよね?」

「?そう聞いているが詳しくは知らない」


 トイコからの突然の別の問いに目をパチクリさせながらも答えた。


「以前、貴子が見つけた半月に関する事が書かれた先祖の日記を読んだんだが……アタシは古文書読めないから依香に読んでもらったけど」

「そうか」

「恐らくミコ様が産まれた時点がボロ雑巾扱いでそのうち灰になるという暗喩だと思う。その灰が掃除洗濯に使われたり作物を育てる肥料、つまり同世代や次世代を育てる有効活用だと踏んでいる」

「…………そうか」

「ミコ様は元々あまり長く生きられないからら、次世代の神の愛し児達を引っ張っていく人材を作り上げる事だと思う。側には自分が居なくなったら発狂しかねない愛し児が居るからこのままだと死ぬに死ねないだろうしね」

「……そうか」


 心当たりが多すぎる人材と兄妹の中で一番体の小さい妹に現状伸し掛かっているモノの多さを知らされて銀嶺は兄として言葉に窮する。


「アタシはただの悪霊で有象無象の山のモノだから、自分が消えたときのことなんて考えなくても良いけど、愛し児をまとめ上げるミコ様は自身が死んだ時のことを考えなければならないのよね……」


 今の場に居ない実子に対し憐れみを込めてトイコは言った。

 

「恐らく依香は壊れているときにしか中身の半月に会った事なくて、碌な面識ないから半月だったミコ様がどういう理念で動いているのかとかも恐らく答えられなかっただろうね」

「そうだったか」


 銀嶺の受け答えを聞いた後トイコはしかしまあ、と更に続けた。


「惹きつけるカリスマも半月由来なのかも知れないけど人を狂わせかねない危険なものでもある……半月が仕えてたご先祖様のあの日記にも片鱗は見えてたけど」

「父と同じだな……」

「少し違うけど、まぁ……得られる結果はあまり変わらないかもね。半月と違ってお父様は当主として権力を手に入れたから結末は違うけどさ」


 そう言ってトイコは雑に残った紅茶をガバっと全て飲み干した。


「そうか……実子はまだ高校生なのにそんな事を考えてるんだな……」


 兄の銀嶺は残ったコーヒーを黒を覗き込む。そして実家に居る長生きが出来そうにない体の弱い妹に苦い想いを馳せたのだった。


「精神年齢というか精神構造がアタシ達はヒトとは違うから無闇に物差しで測るのは危険だけど、若様が妹を思いやるのは実子としては喜ばしいと思ってるだろうね」


 苦々しい顔をする憑坐にしているヒトの兄に対してトイコは言った。

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