くものまにまに

「銀嶺さん、お久しぶりです」


 講義が終わり師匠である教授が不在の研究室に向かおうとしていた所、突然銀嶺は後方から話しかけられた。

 その声は聞き覚えがありつつもどこか違っていて振り返って見れば、ショートヘアで赤みが強い薄茶の意志を宿した眼の絶世の美少女が手を振って居た。

 黒いゆったりとした白の蜘蛛の巣刺繍のワンポイントが付いた不思議な雰囲気を醸し出す上着に袖に白いフリルの飾りが付いたTシャツにデニム生地のボトムといったカジュアルなファッションを身に纏っていて着こなしていた。まぁ、美人なので何着ても大抵なら似合うだろうが。


「あぁ、隠守こもりさんか、久しぶりだ。髪型変えたんだな、驚いたよ。息災のようだな、学業も順調だと聞いたが。あぁ、推薦入試は終わったんだったな。タイミング合わなくてオープンキャンパスも会えなかったな」


 銀嶺と話す彼女は隠守依織こもりいおり、銀嶺の実家である社のある山を二つ隔てた羽取村の出身の美少女である。

 その村は霊峰の一部地域であり、彼女は山の怪異ものであり土地神でもある織姫の依代としての才能を持つ女子高生である。

 銀嶺の出身高校だった常盤の庭学園に通学していてそこの高校生徒会副会長を現在務めている才媛と銀嶺は聞き及んでいた。

 気が強そうな吊り上がった眼とは裏腹に控えめな動きで依織は銀嶺に近づいてきた。


「はい、なので大都会の大学を試験結果を見に来ました。私は村興しの模索と、まだ現実的に婿を探すという意味でも大都会で色々見て行かないといけないのもありますね、婿の基準も織姫様に認められた方でないといけないので」

「……あぁ、村一番の機織の家で村長の一人娘だからか。地元だと人と会う機会も少ないし難しいのが現状か……そうだな。隠守さんはこれから少しばかり時間の余裕あるかい?」


 他人事とは思えぬ事情で銀嶺は言葉を臆しかけたが、ふと友人でもある手の焼ける男を思い出し依織に話をする。

 すると依織が訝しげな顔をすると同時に纏う雰囲気すら変わり粘着質な重圧が銀嶺に纏わりついてくる。

 意思の強い瞳は赤みを更に帯びて彼女の魅力を強め何人たりとも従わせるような支配的な美貌に変わっていた。

 銀嶺の愛し児としての色の一部しか見られない瞳が彼女の中に視えたのは依織とずっと一緒に在って彼女の中で眠っていた土地神おりひめの分霊だった。


「はぁ、喫緊の用事は抱えてはおりませんが何用で」


 依織は更に大人びたような話し方をして、長身のそれなりの威圧感がある銀嶺を見上げて逆に威圧した。

 土地神は依織の故郷である嘗て機織の里として栄えた羽取村の信仰された山の怪異モノ、蜘蛛の大妖でもある織姫様である。

 織姫様の真名は別にあるのだが口にするのが烏滸がましいと禁忌にされた挙句忘れられてしまい村も衰退してしまった。

 因みに土地神の分け身と言っても彼女とともに外を見たい織姫様が賛同してくっついているので文字通り実体の本体の一部を引きちぎって作り上げた分霊である。

 

「おや、織姫様ですか。別に変な事ではなく、僕の友人もとい考古学の先生を紹介しようかと思いまして」


 涼しい顔で纏わりついてくる粘着質な重圧も意に介せず先程より多少の丁寧な物言いに変えて銀嶺はそう言った。

 すると土地神に操られているような状態の依織は銀嶺の証の瞳を覗き込むように顔を見上げた。 

 そしてその後重圧を消した。


 「まぁ、でしたら………以前の余所者みたいな塵芥ゴミじゃなければ宜しいですよ」

「まぁ、そうですね。女性に無体を働くような真似はしないが、底抜けの駄目な天才とでも言うような男でして。一応大都会での彼自身の人の繋がりは悪くないかと。それと、織姫様としては中々魅力的なかと」


 銀嶺は最後に意味深な事を言って不敵な笑みを浮かべ依織を見遣る。

 依織もとい織姫はそれを見て肉食動物の如く嗜虐的な笑みを返した。

 

「そう……ならその人を紹介してもらおうかしらね」

「ではこのまま一緒に付いてきて下さい」


 そう言って銀嶺と依織は史学科の研究室に向かった。


「すいません、奇魂おりひめさまがさっき出てたようです」


 控えめな声で依織が突然話し出した。

 織姫が引っ込んだのだろう声色も雰囲気もいつもの依織に戻っていた。


「いや別に、しかし、織姫様、土地神の割に本当に活動的で外にも精力的に現れて関わろうとするんだな。此処で会うとは思わなかったが」


 織姫様の土地から大都会は地方を跨ぐ為かなりの遠距離である。


「織姫様は元々山の怪異だったので土地神としての権能が外で使えず弱体化する事をそこまで恐れていない事と人が犇めく大都会に興味津々だったので躊躇いもなく私にこの上着を渡して堂々と一緒に付いてきました。私の事が心配で付いてきたのもあると思います、因みに分霊の性格は奇魂としての面が強いです。この黒い上着に普段眠っているようで、何かあると出てくるようです」

「ほぉ、なるほど……」


 黒の上着は織姫様御手製の品らしい。

 蜘蛛の巣のワンポイント刺繍と不思議な気配を漂わせてた謎が解けたと同時に黒い上着は本来カジュアルな衣服でない代物であることが発覚した。

 美男美女が共に歩く絵になるような場面なのだが、周りには謎の空間が広がっている。

 織姫様は何よりも頼もしいボディーガードであることには間違いないが、実体が無く見えないモノでもこの大学では無駄に目立ってしまうようで視界に入るの人間が此方を必ず凝視した後別の方向へ顔を背けていたり、比較的近い距離に居た人は遠くへ逃げて行った。


「この大学は元々それなりに視える人が多いのと、視えない人でも視る為の術を教わったりする所もあるから、遠い地の土地神様の実態すらも一部持つ濃い分け身は物凄く目立つな」

「実は織姫様に気付いてから露骨に逃げて行く人が多くて居心地悪かったんですよね。オープンキャンパスの時も試験の時も大学の先生もびっくりしてその後怯えてて本当に……銀嶺先生にお逢いできてホッとしました」

「気軽に挨拶で絡んだら蜘蛛の大妖おりひめさまに一睨みされるのは怖いよ、僕も以前もっとヤバいものと戦って生き延びてきたけど気軽に美少女に声をかけたらこんなの出てきたら、美少女は囮の罠にしか見えなくなる……」


 以前の銀嶺が関わった事件、依織との邂逅を思い出し苦渋の面となり愚痴をこぼす。ただし彼自身は大都会でも中々居ない美貌なので絵になっていた。


「あらぁ、斯様な美しき手弱女たおやめを質の悪い囮罠と言うのは酷くないかしらぁ?」


 銀嶺の言葉に反応して赤みの強い眼で織姫が話しかけてきた。


「でしたら、もう少し重圧を抑えて頂けると……僕は割と平気ですが、小心者は気絶してしまいますし、無害な者でも警戒してしまいますよ」

 

 溜め息混じりに銀嶺は返した。


「ふむ……確かに良い餌を捕まえる時は舌舐めずりを隠さないと気取られてしまう恐れもあるからそうね……わかったわ」


 そう言って銀嶺の言葉を聞き入れ織姫は威圧的な気配を抑えた。すると暫く歩き目的地付近まで歩くと露骨に逃げられることも無くなったようだ。

 銀嶺自身は蜘蛛が舌舐めずりってどう言うことだろうか等とどうでも良い事を考えていたようだが。


「さて、着きましたよ。どちらで対応するかはお任せします」


 そう言って、人文学系研究棟の歴史学部考古学科の教授の研究室のドアをノックしすみませんとドアの向こうに向けて声をかけた。

 するとゼミ生であろう男子学生がドアを開けて対応した。


「はい、此方は考古学貝塚教授のゼミの部屋です。あ、祝先生」


 学生は標準的中肉中背な体型なので少し見上げて驚いていた。

 割と銀嶺は考古学の研究室には訪問してるのでゼミ生とは顔見知りである。

 向こうの学生も民俗学の履修者であり、銀嶺も名前を知っているので顔見知りを越えて普通の知り合いである。


「やぁ、山中君。すいません、民俗学の祝銀嶺です。塚森先生は此方にいますか?貝塚教授にも紹介したい者がおりまして、その者と入室よろしいでしょうか?」

「あ、はぁ、すいません少々お待――」


 銀嶺が改まって入室許可を取ろうとしたら山中君の後ろから渋く威厳のある大きめな声がした。


「許可する。入って良いぞ」

「だそうです」


 顔を出していた山中君はそう言ってドアを開けて文字通り室内に引っ込んだ。


「失礼します」


 そう言って銀嶺と依織が考古学の研究室に入室した。

 まず目に入るのは棚に置かれてたりする謎の火焔土器や謎の埴輪である。

 因みに貝塚教授と銀嶺の同期の塚森とそれなり数のゼミ生が居た、全員男子であり院生も居たようだ。


「祝先生か今日はどうしたんだ?珍しく紹介者とは」

「銀が人の紹介するのは珍しいな、同郷のか?」

「まぁ、地域的には結構離れてますが」


 そして依織の美貌を見たゼミ生から声が上がった。

 すると銀嶺は軽く柏手を打ってから話を始める。


「改めまして、貝塚教授と塚森先生に紹介したい者がおりまして連れてきました、隠守さんです」

「羽取の村出身の隠守依織です。来年から此方の大学に進学する者です。推薦入試だったので既に合格しました。学部は経済学部です」


 すると考古学ゼミの中で変な空気が流れる。わざわざ試験は合格したがまだ入学してない経済学部のを連れてきたからだ。


「僕から隠守さんに付いて申し上げておくと、僕の出身高校で生徒会副会長をしている娘で紛れもない才媛です。彼女出身場所は近世の神社の遺跡とかがあったりする場所ですね。何よりあの七夕事件の被害者おりひめです」


 銀嶺の言葉によって塚森と教授がその言葉で胡乱気な顔をそれぞれ違う意味でギョッとさせて話し出した。


「あぁ、あの時の黒髪ロングヘアーの美少女の子か!更に美人になったね!」

「ほう……経済学部の娘を此処に紹介で疑問だったが、そういう事か。得心が行った」


 塚森は喜んで話しだしたが、教授はあぁ、あの娘か、と納得はしたが顔を引き攣らせていた。


「とりあえず今日は突発的だったので顔と名前だけは通して置こうかと。それに詳しい話はまたの機会に」


 依織の顔を窺い織姫がどう出るか見ながら銀嶺はそう言った。


「待ってくれ、そう言わずに二人も暇ならお菓子食べて行ってくれよ。野郎共の暫くのやる気充電の為にも」


 銀嶺の両肩をがっちり掴んで塚森は本気で引き止める。そして片手外して野郎共を親指で指して少しばかり付き合ってくれと言い出す。

 銀嶺の服の生地が薄ければ何気に銀嶺の肩に指が食い込んでいただろうというレベルで力が入っていた。


「うーむ、彼奴等はダレてるから後で引き締めるにしてもそうだな」


 教授も先程の態度とは裏腹に全く塚森の言葉を否定しなかった上に新しいお菓子を出してきた。

 お菓子を差し入れしたのは塚森だったのだろう。


「しかしな……」


 呆気にとられつつも、依織の顔をちらりと見るとお菓子にを奪われてたのを確認した。


「……少しばかり頂くか」


 そう言って銀嶺は依織もとい織姫様を見遣ると首をぶんぶん上下に振っていた。


「はい、是非」


 依織の言葉に野郎共の歓喜の声が上がった。


「おう、じゃあテーブルの書類片付けるぞー、ミニハニワもしまっとけー」

「おー」

「布巾何処だっけー」

「俺は飲み物買ってくるからセッティングしとけよー」


 塚森の言葉に野郎共は瞬く間に部屋を軽く掃除してテーブルを綺麗に前準備を終わらせた。

 買い出しに言った塚森があっという間に帰ってきたのには銀嶺にも驚いていた。

 教授はこれ程までに彼等が高度な連携プレーを見たことが無かったので呆気にとられ美少女が相当な劇薬だと悟る。

 銀嶺は美少女への下心で彼等がここまで動けるのかと感心していた。

 依織はただただ変わっていく様子に目を輝かせていた。


「此処の学生の方は凄いですね、銀嶺さん」

「……此方の学生はとても優秀のようですね」

「ポテンシャルはあるんだがな、ポテンシャルは」


 依織は素直に感心していた。

 それに対して銀嶺は苦笑いをして教授に言葉を掛ける。

 教授は依織達が来てここまで露骨に動きが良くなったゼミ生を見て微妙な顔をしていた。


「じゃあ、教授始めましょう」

「そうだな、塚森君が差し入れたお菓子を皆で頂こう」


 全員が座りお菓子と飲み物の配置が完了したとの塚森の声掛けに教授は気を取り直した。

 そして教授が音頭を取り紅一点のお茶会が始まった。


「頂きまーす」

「召し上がれー」


 結果的にお菓子と飲み物どちらも差し入れた塚森の声の後、皆が依織を凝視していた。

 銀嶺や教授は野郎しか居ない空間で不安になってないか心配そうに伺って見下ろしており、塚森達は気を利かせるために依織を覗き込んでいた。


「とても美味しいです、こういう焼菓子は初めて食べました」


 大都会で有名な銘菓で中々に美味しい代物である。

 大都会に来たばかりの依織は初めてこのお菓子を口にし、女慣れしてない男子には劇物な純真無垢で凶悪な笑顔を見せた。

 多くの男子には抜群だったようで、依織に目が釘付けになり今回のお茶会の間に飲み物しか飲まなかった男子が続出する結果となった。


「あ、お腹一杯の男子は自分の分持ち帰っていいからなー」


 依織を凝視してて全く食べてない学生があまりにも多かったので差し入れたお菓子を食べつつ塚森は一応男子に声を掛けた。


「ご馳走様でした、あまりにも美味で御座いました」


 お菓子を食べ終わった依織は手を合わせて塚森に感謝の意を述べた。

 純真な美少女というよりは洗練された何処か妖艶な美女の振る舞いの雰囲気を纏う別の凶悪差を持つ魅力的な何かであった。

 女性に免疫の無い腑抜けにされたゼミ生は少しの違和感で終わったが、それ以外の銀嶺、教授、塚森はギョッとして依織を見た。

 

「お、お粗末様でした。お、美味しく召し上がって貰えて俺も嬉しいよ。こ、今度はお話ししましょう。で、ですよね教授」

「う、うむ」


 銀嶺が例の事件の織姫だと言ったことで察しが付いた塚森と教授はゼミ生がいる中では彼等に気取られない様にそれを口にしないように取り繕おうと必死になっていた。


「僕もご馳走様でした。突然の来訪でまさかもてなして貰えるとは思わず、今度何か差入れますね」


 銀嶺もこんなに長くゼミ室に滞在すると思わず動揺する塚森達のフォローと撤収を始めようとする。

 すると塚森は引き千切れんばかりに左右に首を降り出した。


「いや、こんな超絶綺麗な娘を連れてくるなんてもてなしてもお釣り来るし――」

「今日はあまり綺麗なおもてなしが出来なかったから今度またおいで」


 塚森の言葉を遮るように教授がそう言ってゼミ室でのお茶会は終了した。


「本日はありがとうございました、では失礼します」

「今日はありがとうございました。失礼しました」

「あっ、隠守さん。これだけ持ってってー」

「え、そんな。良いんですか!?」


 塚森が2つほど残った個包装の菓子を小さな袋に入れて渡してきた。 

 依織は純粋無垢な顔で驚きと嬉しさを帯びた魅力的な表情を見せて塚森とゼミ生を沸かせる。

 それとは対照的に銀嶺と教授は彼等を呆れた顔で見ていた。

 こうして銀嶺と依織の二人は考古学のゼミ室を後にしたのだった。







「それでいかがでしたか?織姫様的には、悪い奴では無かったでしょう?」


 ゼミ室を後にして依織の次の予定である大学の門での人との待ち合わせ時間まであと少しだったのでそれまで話しながらそこまで移動していた。

 赤みの強い目で優雅に歩く依織に憑依した織姫に話しかけた。


「そうねぇ、塚森とやらはまぁリーダーシップもあって人を使うのも上手かったし、教授の顔も立てて居るように感じた。まぁ駄目な天才の意味も分かった気はしたわね、そして何より美味しそうだったわ」


 美貌を嗜虐的な笑みで舌舐めずりでもしそうな顔に歪ませて依織と共にいる織姫が発言した。

 その顔を見て銀嶺は苦笑いをする。


「僕も本物の天才を大学入学した初日で見つけてしまい唖然としましたが、あまりにも危なっかしくて目の離せない奴でした。変なモノばかりくっつけて来るので僕が追い払ってたんですよ」


 以前の事を思い出しげんなりとした顔で銀嶺は織姫にこぼした。


「あぁ、今日柏手を打ってたのはソレね」

「えぇ、まぁゼミ生を黙らせるのもありましたが、直接肩を叩いて祓う程でもなかったので」


 銀嶺でなければ他の手段を取らないといけない様な面倒なモノが付いていたのは織姫にも察しは付いていた。


「まぁ、これからはその頻度は減ると思うわよ。眷属けんぞくを置いてきたから」


 蜘蛛の大妖の眷属は当たり前だが蜘蛛である。


「そうでしたか。いつの間に、と言いたいところですが、まぁ隙だらけではありましたね。しかしまぁ、うっかり虫だから殺されたりしませんかね?」

「普通の蜘蛛じゃないし、隠れるのは蜘蛛だけに十八番おはこよ。それに人の生気をつまみ食いするだけで存在保てるし、ちょっとした変なモノならそれこそ眷属のエサになるわ」


 虫だからうっかり殺されないかと憂う銀嶺に心配無用と織姫は返した。普通の蜘蛛じゃないというのは蜘蛛の妖怪だという事を表している。

 それはそれで問題なのだが、銀嶺はその指摘をせず、忠告を口にする。


「妖怪の持ち込みそのものは考古学の彼等には気取られないとは思いますが、ここいらでは珍しく唯物史観もとい唯物論の例みたいな集団なので。ただ、うっかり彼等を衰弱させないようにして下さいね……そしたら流石にバレると思うので。僕はその件についてはこれ以上特には言うつもりは無いですが」

「そんなヘマはしないわよ、そして塚森は私自身が味わうわ」


 そう言って織姫はついに舌舐めずりをした。

 すると、銀嶺は躊躇いもなく友人を裏で蜘蛛に差し出すような発言をする。


「まぁ、神隠しにあったこともあったり天才として突出する部分もあるのを見るにとしての価値も高いのは察してましたが」

「しかも彼は婿の条件的にもあっているようね、確か三男坊だったかしら」


 先程のお茶会の時に依織は食べながら塚森と多少プライベートな話をしていたらしい、織姫が多少は出てたのかもしれないが。因みに銀嶺は教授と依織について遠回しな表現でコソコソ話していた。


「依織自身も塚森に対しては悪くない反応をしていたわね。ある意味に馬鹿なのは依織自身あまり気にしないしあの娘自身は表裏の無い忠実な人が好きだろうしね」

「まぁ、僕と同い年なので年齢はそれなりに離れてますが」

「斯様な事は昔じゃ日常茶飯事だし、貴方の両親も大概でしょう、それにあの娘の初恋は貴方だと言うことを忘れないで」

「ゔぅ、はい……」


 織姫に例の事件に関して釘を刺され、軽くやり込められていた。

 

「とは言え貴方は跡取りだから婿にはなれないし、血筋的にも大変だろうしねぇ。認めるにしても、と言う所だけど」


 呪いみたいねぇ、と織姫は銀嶺に言い放つ。

 言わば祝の家が積み重ねてきた呪いである。


「そう、ですね……と、着きました」

「えーと、すいません。案内ありがとうございました」


 突然、控えめな声で依織が感謝の意を述べ始めた。どうやら織姫は銀嶺に対し気儘に言葉の毒を刺してから引っ込んだらしい。


「また、織姫様が出てたんですね。私自身も実質織姫の眷属みたいなモノで……生まれてからずっと織姫様と一緒に居たからどちらがどっちという感覚もあまり無いんですよね。私のことは織姫様は全て知っていて、でも私は織姫様の事を知らないんですよね。表に出てる時大抵私の意識をシャットアウトして私の記憶に残さないようにしてるしで、さっきまでの織姫様のやり取りも考古学の研究室の時は覚えてますけど、お菓子に目を奪われてましたね」


 お菓子美味しかったですね、と依織はほっぺたを押さえながら言った。


「アレ、それなりの値段がする有名なパティスリーの焼き菓子ギフトだからな」

「そうだったんですかぁ……なるほど、だから美味しいんですね」


 凄いものを頂いてしまいましたね、と依織は言った。


「今回は遠慮なく貰って良いぞ、気になるなら織姫様への奉納品だと思えば良い」

「はい」

「しかし織姫様が出たり入ったりしても負担そんなに無さそうなんだな……」


 依坐よりましは例外を除いて憑依させるのに負担があるのを銀嶺は身を以て知っていた。

 すると、依織がそれについて説明を始めた。


「それに関しては元々織姫様は私が産まれて依織と名付けられた時に、一部にくっついてしまったようでずっと違和感なく一緒に居るんですよね。だから負担も少ないのだと思います。そして私は織姫様に不敬で烏滸がましいと言う形でも殺されもせず乗っ取られもせずずっと守られてあの事件まで生きてきました。そしてその後は烏滸がましい言い方ですが私を導き見守って下さる生まれてすぐの時から共にあった半身でした。だからこそ、私は織姫様の為に村をどうにかしたくて大都会まで来て村興しを模索しようと大学に進学する事を決めたんです」


 そう言った彼女の顔は控えめな声の中には確かな芯があり瞳は色素の薄い茶色の眼で前を向いていた。

 嘗ての抑圧され壊れかけた何処か妹達に似た黒髪長髪のお人形の様な美少女は居ない事を銀嶺は悟ったのだった。


「そうか、僕は君のこれからを応援しているよ。織姫様は君の事を死ぬまで見守るだろうさ」

「はい、ありがとうございます!」


 銀嶺は依織と別れて元の用事の為に大学の校舎に戻っていく。


 それを見つめる彼女をデカい蜘蛛の巣を張った蜘蛛が見つめていた。

 そして眷属達は静かに縄張りを広げていく。

 

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