06 悪役令嬢、誘われる。
次の日。
教室に入ると、ニーナが多くのクラスメイトに囲まれていた。
「「「すみませんでしたっ!」」」
クラスメイトたちは九十度の綺麗なお辞儀を見せていた。
この世界――特に強い魔法を持つ『魔法士の世界』は、実力主義だ。
実力が高いものは、上に立つことが多い。
だから学校内で「上に立つ者」とのいざこざを起こせば、そのまま政府や社会でのトラブルに発展することも多い。
だからこうやって大げさに謝ることで、将来上に立つであろうニーナとの軋轢をなくす狙いだろう。
頭の良いクラスらしい、なんとも打算的な動きだ。
――なら最初からしなければいいのに。
ムッとしながらその様子を見ていると、ニーナは周りを取り囲むクラスメイトたちをよそに、こちらに手を振ってきた。
「クラウディアさま!」
「……なによ」
「お詫びに、皆さんが何か一つ叶えてくれるそうです」
「それはあなたに向けてでしょう。私は関係な――」
「関係ありますよ! たとえば例のケーキ屋……アステルでしたっけ? そこのペアチケットを取ってもらうとか」
「アステルのペアチケット⁉」
思わず大きな声が出てしまった。それはちょっと、話が変わってくる。
アステルは、学園から少し歩いた場所にある、ケーキの超有名店だ。
店舗が小さく、イートインの予約は徹夜しないとほぼ困難。平日にチケット争奪戦があるときは、仮病で学校を休む人すら出る始末だ。
私もこの学園に入学してから約十年、ずっと行きたいと思っていた。しかし結局ずっと取れずじまいだった、あのアステルのチケットが手に入るチャンス――。
私は一度咳払いをし、ニーナを見つめた。
「分かったわ。アステルのペアチケットであれば、私も参加させていただこうかしら」
「では皆さん、お詫びにチケットをお願いできますか? もちろんクラウディアさまの分を合わせて二枚。できれば明日……土曜のチケットを」
すると人混みに加わっていなかった、オレンジ色のウルフヘアをした男子生徒が、すっと立ち上がった。
昨日暴走していた、レオ=スレイマンだ。
攻略キャラクターらしく、他の生徒たちよりも目を引く顔をしている。
「オレの家、あの店のオーナーなんだ。悪口言ったりはしてねぇけどさ……止めなかったから、同罪だよな! これでチャラにしろとは言わねえけど、親に掛け合ってみるよ」
レオは私のほうにやって来て、くしゃりと笑った。
「それにクラウディア――アンタには大きな借りがあるしな」
「え、クラウディアさま、なんのことですか? とにかくクラウディアさまに触らないでください」
「い、いつの間に来たのよ……」
瞬間移動でもしたかと思うほどの速さで、私とレオの間にニーナが立っていた。
ニーナは私以外のクラスメイトに本当に興味がないらしい。
このオレンジ髪を見ても思い出せないなんて……と少し頭が痛くなった。
「ニーナ、だっけか? そう怒るなって。じゃあ改めて自己紹介な! オレはレオ=スレイマン。入学式の後、暴走してた先輩に襲われた。アンタらに助けてもらってなかったら、今頃天国だぜ」
レオは丁寧に説明したあと、にこりと愛嬌のある笑みを浮かべた。
なんて完璧なキャラ紹介イベントなんだろう。
一方、ニーナは「嫌い」と言わんばかりの表情でレオを睨みつけている。
私は慌ててニーナとレオの間に身体を滑り込ませ、レオに頭を下げた。
「キルケ家の者がすまないわね。チケットの件、私からもぜひお願いしたいわ」
するとニーナも「キルケ家の名を汚す」と察したのか、ぺこりと頭を下げた。
「……クラウディアさまがそう言うのなら、私からもお願いします」
「おー、任せろ!」
レオは白い歯を見せて、ほがらかに笑った。
☨ ☨ ☨
それからの授業は何だか上の空だった。
アステルに行けることも嬉しいけれど――それよりも《バグ》の発生で頭を悩ませていた。
「――さま、クラウディアさま。当てられていますよ」
「へ? ……あ、はい!」
ニーナの声で、私は慌てて立ち上がった。
「な、なんて問題?」
「薬草学における魔法士にとって大切なことはなにか、です」
ニーナがいてくれて助かった。私は前を向くと、ハッキリと回答を述べた。
「薬草学で大切なことは、薬草は毒にも薬にもなるため、毒を作らないように徹底することです。特に高価な薬草は毒になりやすいものが多い。そのため取り扱うための免許制度を整備することで、社会的にも倫理を徹底しています。以上でよろしいでしょうか?」
「ええ、復習がきちんとできているようね。座りなさい」
ペンドル先生は満足そうに頷くと、授業を再開した。
ニーナの助け舟がなかったら危うく答えられず、明日補習になるところだった。明日はアステルに行く大事な用があるってのに。
だから素直に、ニーナに礼を伝えた。
「……助かったわ、ありがとう」
「いえ、流石の回答でした。それにしてもクラウディアさまが授業中に上の空になるなんて珍しいですね。アステルに行けることが嬉しいのですか?」
「そ、それもあるけれど……バグについて考えてしまったの」
授業を邪魔しない声量で、私はニーナに仮説について伝えた。
誰かが
裏付けもない机上の空論だが、ニーナは大きく頷いてくれた。
「ありえない話ではないですね。最近、色んな黒い噂が飛び交ってるんですよ」
「黒い噂?」
「魔法士の上層部の中に、国家転覆を目論む
国家転覆。そんなことをして何になるのだろう。
せっかく魔法士の世界にも、魔法を使わない者との間にも、平和が保たれているのに。わざわざ乱して何になる?
私は首を傾げていると、ニーナは見透かしたように笑みを深めた。
「色んな人がいるんですよ、この世界には」
「……暗に、私が世間知らずって言いたいの? あなたも言うようになってきたじゃない」
「裏を読みすぎですよ」
ニーナは困ったように眉を下げる。
「とにかく、クラウディアさまが思っているほど、魔法士の世界は綺麗ではない……それを覚えておいてください」
「忠告ありがとう。胸に刻んでおくわ」
そう話しているうちに、いつの間にか授業は終盤にさしかかっていたらしい。
ペンドル先生は、分厚い薬草辞書をパタンと閉じた。
「それでは今日の授業はここまでです。週明けは《宝探し》などで変則的ですから、他の先生方の指示を聞くように。以上」
「「「ありがとうございました」」」
ペンドル先生が講義室から去ると、クラスメイトたちは一気に騒がしくなった。今週の全授業が終わったことで、浮き足立っているようだ。
するとその喧騒の中でも通る、元気な声が聞こえてきた。
「ニーナ、明日の話したいんだけどいいか!」
その声に振り向くと、レオがニーナに向けて手を振っていた。
「ではクラウディアさま、明日はよろしくお願いしますね」
「分かったわ」
ニーナは貼り付けたような笑みのまま、レオの元へ向かう。仲良くなったのかと一瞬思ったが、チケットを得るための一時協定みたいなものらしい。
やっぱりニーナは主人公らしくない。
そう思いつつ、私は一人で寮に戻った。
部屋に入ると、なんだかずいぶんと広く感じる。今までずっと一人だったというのに、やけに静かに感じた。
しかも自分の部屋なのになんだか居心地が悪い。気を紛らわせようと、気付けばクローゼットの前で服をひっくり返していた。
「どれにしよう……これはちょっとフリルが多いかしら……でもこれだとカジュアルすぎるし……」
そうして出来上がった数種類のコーディネートを眺めて、ハッとなる。
なんだか初デートに浮かれる高校生みたいだ、と。
「違う、そういうんじゃないわ、悪役令嬢クラウディア=キルケ。そうよ、これはただ憧れのアステルに行けるからよ。ニーナと遊びに行くから選んでるわけじゃないんだから!」
大きなひとりごとを呟くと、私は再び服を選びはじめた。
――それを美しい笑みで覗いている人がいて、あとからからかわれるのは別の話。
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