05 悪役令嬢、吐かされる。

 寮の自室に帰ってきた私は、結局――ニーナに洗いざらい吐かされた。


 私が転生者ということ。

 この世界がゲームということ。

 そして予言――もといシナリオのことまで、すべて吐かされてしまった。


 しかしニーナは混乱することもなく、すべてを理解していた。普通は混乱するだろうに、やっぱり頭の回転が早い。


「じゃあ、魔力の暴走も想定通りってことですか?」

「いいえ。本当のシナリオではあんなことは発生しない。あれは《バグ》によって引き起こされたトラブルよ」

「バグ――ですか?」


 バグとはゲームの中で、エラーを引き起こすものだと説明した。


「じゃあ僕が女装しているのもバグなんですか?」

「それは……シナリオ通りのはずよ。あなたが女装男子だったから、この世界がクローズドベータ版だって気付けたわ」

「ふふ、不思議なところでお役に立てたんですね」


 ニーナは深く頷くと、興味津々といった目でこちらを見てきた。


「ちなみに、本当なら今日――入学式の後はどんなシナリオだったんです?」

「……えっと」


 私がニーナをこき下ろし、攻略対象の一人がニーナを助けに来た――はず。

 言葉を濁して伝えると、ニーナはくつくつと笑った。


「今のクラウディアさまには考えられませんね」


 思わずムッと口を尖らせてしまった。


「……なによ。これでも十年、悪役令嬢を演じてきたのよ」

「すっかり形無しですけどね」

「悪かったわね、悪役令嬢っぽくなくて!」


 するとニーナはソファに座りながら、不満げに足を組み替えた。


「それにしても……正直、この世界が作り物ゲームなのは納得がいきませんね。僕のクラウディアさまへの思いは、作り物ではありませんから」


 そう言いながら、ニーナは目をぎらつかせた。


「でも、バグに関してはこの目で見た。それだけで十分です。クラウディアさまに危害が及ぶのなら、なんだって倒しますよ」

「……さすが、主人公らしい勇気ね。心強いわ」


 私は不安で震える拳に、ぐっと力を入れた。


「ねぇ、ニーナ……バグは放置していれば、この世界が進行不能になるほろびる可能性もある。怖いのならすぐに逃げ出して。私は一人でも立ち向かえるから」

「ふふ、誰が一人にするとお思いで? 僕は常にクラウディアさまのお傍にいますよ」

「……そう」


 やっぱりニーナの愛は、ちょっと歪んでいる。重い、が正しいだろうか。

 それに乙女ゲームのヒロインであるはずの彼女(彼)に、感情を向けられることに慣れず、そわそわしてしまう。

 雰囲気に耐え切れなくなり、私はふいと顔を反らした。


「クラウディアさま、そう照れないでください」

「照れてないわ! 私はもう寝る!」


 なんだか自分だけがそわそわしているのが恥ずかしくなり、私は急いで自分のベッドにもぐりこんだ。


「ふふ、おやすみなさい、クラウディアさま」


 その声で目を閉じると、明日からのシナリオがぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 明日から本格的な授業が開始する。

 そして明後日には合同授業があり、クラス対抗の《宝探し》イベントがある。


 しっかりしなくちゃ。


 ニーナに秘密を共有したところで、私がハッピーエンドを目指すのは変わらない。またバグがあるなら、すべて消す。それが私のこれからの使命だ。


 それにしても、これからまたバグが発生したらどうなるのだろう。

 万が一、ニーナが狙われるようなことがあったら――。


 嫌な考えが頭をよぎる。

 思考をさえぎるように、私は寝返りを打った。

 学園生活への不安を抑え込み、私は目を閉じるのだった。




 ☨    ☨    ☨




 次の日。

 ニーナは先に登校していたので、私は貼り出されたクラス分けをもとに教室に入った。

 半円形で階段状になっている席には、すでに生徒がちらほらと座っている。

 すると、すでに席に座っていたニーナが手を振ってきた。


「え……ここは最上位エアスタークラス、よね」


 クラス分けは成績順だ。

 まさか外部からの転入生のニーナが、私と同じクラスに入れるとは思っていなかった。

 驚きつつ、彼女――もとい彼の隣に座った。


「どうして、ここにいるの?」

「入試成績が良かったからじゃないでしょうか?」

「ミスじゃないわよね?」

「ミスでも不正でもありませんよ。たしかに私は最上位エアスタークラスでした」

「本当に? クラス分けの紙、間違ってたりしない?」

「本当ですってば!」


 ニーナの口調は軽いが、さすがに背中に黒いオーラが出始めていた。

 申し訳ない。

 だって本編だと、ニーナは最下位ドリトクラスだったから……。


 実際、あたりを見回すと、クラスメイトで外部から転入したのはニーナだけだった。後は全員初等科、中等科とともに学んできた内部進学者だけ。


 だからニーナの存在が鼻につくのだろう。

 クラスメイトたちはニーナに関してヒソヒソと噂話をしていた。




 ――その『悪意』が表れたのは、一限目の魔法史の授業だった。




「では、ニーナ=アンブローズ。魔法士狩りの歴史について解説してみなさい」


 魔法史を担当するアンドーヴァー先生は、ニーナをみてニヤリと笑った。

 生徒たちからもクスクスと笑い声が上がる。

 ニーナに出された問題は、通常の中等科ではまだ範囲外のもの。授業スピードの速い内部進学生だけが答えが分かる問題をわざと当てる。なんて地味な嫌がらせだ。


「ちょっと、先生……」

「大丈夫ですよ」


 ニーナはにやりと口元を歪め、頬杖をつきながら答えた。


「魔法士狩りは、今から五百年前に起きた迫害です。魔法士の力を恐れた権力者が、魔法士を陥れるために行われたのがきっかけ、と言われています。そして魔法士の地位は下がっていき、異端審問により無実の罪で殺される魔法士が後を絶ちませんでした。結果、表立って魔法を使う者が激減し、動力源や産業までもが衰退。そこに危機感を持った首相と学園長が手を組み、魔法士狩りを全面的に禁じた。それから魔法士の地位向上に向けた運動が始まった……ですよね?」


 ざわざわ、と教室がさわがしくなった。

 教科書の内容よりも、下手をすればアンドーヴァー先生よりも分かりやすい解説だ。

 転入生でありながら、内部進学生を押しのけてトップのクラスに入った実力を見せつけていた。


「……ふん、よいだろう。それでは次のページだが」


 ニーナをさらし者にできずに興ざめしたのか、アンドーヴァー先生は何事もなかったかのように授業を続ける。


 私は一人、机の下でガッツポーズをした。


 それからもニーナの快進撃は止まらなかった。

 薬草学の授業では、圧倒的な知識を見せつけ。

 飛行の授業では、速度競争で学内新記録を打ち立て。

 とどめに魔法の実戦授業では、去年まで学年一位だったガキ大将、ヴォルフを一撃で打ち負かした。


 その圧倒的な実力に、クラスメイトたちは黙り込むしかなくなってしまった。

 笑いものにする人はおらず、皆よそよそしくニーナを遠巻きに見るだけだった。


 なんだか私まで誇らしくなり、笑顔になってしまった。


 ――そして放課後。

 私は、帰り支度をしているニーナに思わず話しかけてしまった。


「あなた、すごいわね……」

「ありがとうございます。クラウディアさまの背中を追いかけた結果です!」

「とうに追い越された気がするけれど……」

「そんなことありませんよ。クラウディアさまが薬草学で作られる毒は、すべて高度で正確なものです。飛行術もスピードは私のほうが早いですが、コントロール精度はクラウディアさまのほうが上です! 魔法の実戦授業でも、クラウディアさまが本気になれば私を打ち負かせるでしょう? 他にもクラウディアさまの優秀なところは――」


 早口でまくしたてられ、私は慌てて言葉を遮るように口を開いた。


「も、もう分かったから! その……あ、ありがとう……」


 思わぬ褒め言葉に、じんわりと胸が温まった。


 ――とここで、悪役令嬢としての仮面がはがれかけているのに気づき、私は慌てて首を横に振った。

 少なくとも、クラスメイトたちには悪役令嬢としての私を見せてきた。突然性格が変わったら、なにか怪しまれて面倒なことになるかもしれない。

 ごほん、と咳払いすると、ニーナを睨みつけた。


「ふ、ふん! いい気にならないことね。私は帰るわ――」

「分かりました! クラウディアさま、ぜひ一緒に寮に戻りましょう!」


 グッと腕を掴まれる。

 その力はたしかに男性のような強さがあり、思わず鼓動が跳ねる。


 思わず顔を上げると、中性的な造形をしたニーナの顔が視界いっぱいに映った。

 そして紫色の瞳が、まっすぐに私をとらえた。


「どうされましたか? 顔が少し赤いような……」

「なんでもない! ほら、帰るんでしょう⁉ さっさと歩きなさいよ!」


 私は慌てて顔を反らし、ニーナの背中を押した。 

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