03 悪役令嬢、対峙する。
寮の部屋は六階だ。
窓から見下ろすと、騒ぎの全貌が見えた。
寮と校舎の間の道に人だかりができており――その中心で、黒髪の男子生徒が一人倒れている。
男子生徒は、何かの攻撃を受けたのだろう。魔力庫でもある『髪』をバッサリと切られており、あたりに散らばっていた。
そして黒髪の生徒の近くには、オレンジ色の髪をなびかせた男子生徒が立っていた。
魔力を暴走させているのだろう、開かれた目は虚ろだ。しかもあたりには、真っ黒なエフェクトが広がっている。
エフェクトをよく観察すると――バチバチとノイズのようなものが発生している。
それを見た瞬間、ピンと閃いた。
これは――
キャラの表示がおかしくなったり、文字化けしたり、音楽が止まったりする、ゲームに不具合を起こす、あの
ここが『開発途中のクローズドベータ版の世界』なら、バグが発生しやすいのも頷ける。
しかし魔力の暴走は――本当ならストーリー中盤で発生する事象。
今発生するのは、明らかにおかしい。
――主要キャラに影響が出る前に倒さないと、本編にも影響が出るかもしれない!
そう気づいた私の行動は早かった。近くに置いていた杖を引っ掴み、窓枠に足を掛ける。
「あなたはここで待っていなさい」
「え?」
「いいわね。絶対よ!」
斜め後ろからニーナの驚く声が聞こえるが、スルー。私はためらうことなく、窓から飛び降りた。
「クラウディアさま⁉ ここ六階ですけど‼」
上から降ってくる声を無視し、空中に魔方陣を展開した。
それを足場にし、飛び跳ねるように地上へと降りる。地上の野次馬たちが、おおーっと歓声を上げた。
見てるだけなら手伝いなさいよと思いつつ、私は目の前にいる敵を睨んだ。
このオレンジ色のウルフヘア――見覚えがある。
攻略キャラクターのレオ=スレイマンだ。
私やニーナと同学年で、陽気で憎めない。さらにはニーナにとって『初めて声を掛けてくれるキャラクター』でもある。
彼がここで自滅したり下手に被害を出せば、
そうすればストーリーに影響が出て、ハッピーエンドに向かうルートから外れてしまう可能性も。
先制攻撃で、さっさと片付けよう。
杖を振りながら、私は得意な毒属性魔法を唱えた。
「
レオの頭上に、小瓶がポコン! と生まれる。
同時に小瓶の栓が開き、紫の液体がどろりと降り注いだ。
「う、あああああああああ!」
レオはもろに食らったのだろう。うめき声を上げた。
しかも
「じゃあ私のターンね。もう一本食らいなさい。
再び同じ技を繰り出す。次は緑色の液体を降り注がせた。
先ほどの液体と混ざることで、より強毒性を持つ液体だ。化学反応で生まれた白い煙がレオを包んでいく。
「……
レオは煙の中、叫ぶように詠唱をした。
「な、に、……っ⁉」
瞬間、ドゴン! と衝撃波が伝う。煙は吹き飛び、あたりには雷鳴のようなエフェクトが広がった。
「相打ち……ね。じゃあこれはどうかしら、
間髪入れずに杖を振り、詠唱をした。
レオのいる場所の上空に、紫の魔方陣が広がる。そして滝のように、毒の雨が勢いよく降り注いだ。
「縺??√≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺!」
レオは奇妙な咆哮を上げた。
ここまですれば、ほとんどの人間は立つことさえもままならない。
さすがに終わったかと、煙が晴れるのを待った。
「……っ、どうして……⁉」
――晴れた視界に現れたのは、仁王立ちしたままのレオだった。
しかも上級魔法らしきものを発動しかけている。ずいぶんと詠唱が長い。その内容はノイズが掛かって聞き取れず、どんな技が出るか分からない。
でも上空に広がっていく魔法陣の大きさからして、かなりのパワーがありそうだ。
「――仕方ないわね」
私は袖をまくると、杖を構えなおした。
「こんな時も受けて立つ。それでこそ名家の令嬢、クラウディア=キルケよ」
目を閉じ、毒属性の最上位魔法を発動させる。
「さっさと倒れなさい!
再び巨大な魔方陣が、次はレオの立つ地面に生まれる。間髪入れずに地面がひび割れ、その間から紫色の無数の手が生えた。
レオは
「最後の仕上げよ」
私は急いでレオに駆け寄ると、彼の持っていた杖を足で蹴り飛ばした。
そのまま勢いを殺さず、オレンジ色の頭にかかと落としを食らわせた。
さすがに物理攻撃が来ると思っていなかったのだろう。レオは目を回し、地面に倒れ込んだ。
少し遠くから歓声や拍手が聞こえる。
「……ふん。私の勝ちね」
レオ目を回している。毒状態だから、しばらくは立ち上がれないだろう。私は手をはたくと、後ろで倒れている生徒を見下ろした。
「――やっぱりそうだわ」
攻略キャラクターは、暴走していたオレンジ髪のレオだけじゃない。
少し遠くで倒れていた黒髪の生徒。
彼も、ゲーム『薄明のギムナジウム』の攻略キャラクター、ユリウス=ファウストだ。
ユリウスは私やニーナより二つ上の、高等科三年生。
そのミステリアスかつクールな見た目と、どこか天然さのある性格、そして大き目に編まれた美しい黒髪の三つ編みで大人気だった。キャラの人気投票ではいつも一位を取っていた記憶もある。
しかし今、特徴的な三つ編みは切り取られている。後ろ姿だけではユリウスと判別できなさそうだ。
「でも……こっちのほうがかっこいいかもね」
二次創作で短髪のユリウスを描いてる人もいたし。
これくらいならまだ、ストーリーに大きな影響は出ないだろう。
そう思い込み、一人頷いた。
「たしか霊魂を操る術の名家だったかしらね。そんなあなたが無様に負けるなんて。まあ……本編前からこんな強さを見せつけられたら、負けるのも無理はないか」
とにかく彼らを医務室に連れて行かなければ。
まずはレオを、と思い、ユリウスに背を向けた時だった。
「……縺ェ繧√k縺ェ……
「うそ、でしょ」
後ろから、低い声の詠唱が聞こえてくる。技名だけがかろうじて聞き取れた。
急いで振り返ると、さっきまで倒れていた黒髪の男子生徒――ユリウスが、杖を持って立っていた。彼の目は真っ黒で、焦点も定まっていない。
――もしかして。
先に倒したレオは、バグったユリウスの術に操られていた?
「こっちが本命だったの⁉」
私は慌てて防御魔法を連続で展開する。五枚の魔方陣が盾のように広がっていく。
しかしその間にも、彼の杖から黒い閃光のようなものが向かってくる。
ユリウスは死や魂を操る技を操る家系。
当たったら何が起こるか分からない。
怖くなり、急いで追加で防御魔法を重ね掛けするが――
「か、はっ⁉」
慌てて脇腹を押さえると、ぬるりとした感触があった。
「う、そ…………ど、んな威力、してるのよ……」
目線を落とすと、十枚ほど重ねた魔方陣の盾を突き破り、黒い閃光が脇腹を抉っていた。
取り落としかけた杖を握り直し、なんとかユリウスのほうへ向けた。
「……
なんとか、毒属性の中級魔法を発動した。紫色の閃光がユリウス目掛けて飛んでいく。
しかしユリウスは小さく杖を振り、その魔法をかき消した。
「……
それから連続で魔法を発動するが、次々とかき消されていく。
その間も、見えないはずの自分のHPバーがぐんぐんと減っていくような感覚が襲う。
視界が揺らぎ、全身が脱力していく。
踏ん張ろうとするが、徐々に重力に引きずられていく。
だめ。
ここで、死んじゃだめ!
私は
そうしないと、この世界はハッピーエンドにならない、のに――!
次第に襲ってきた眠気に抗えなくなり、私の意識は遠のいていった。
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