第37話 魔羊ネエネエ、茶葉選びを楽しむ。

 王女に勧めてもらった茶葉を扱う店には、ふくろうの獣人の女性店員がいた。

 のりのきいた襟付きの制服を着用し、主役の茶葉たちは種類ごとに籠に入れて分けられていた。籠にはさらに小さな籠と匙が付いていて、自由に香りを試せるようになっている。木でできた容器もきちんと端に置かれていた。魔木の柱には様々な大きさの紐付きの麻袋が掛けられていて、箱と袋とで、小分けでの販売に細かく対応できるようになっていた。

 整然としていて雰囲気のよいこちらの店には、隅の方に砂糖や茶葉用の匙なども置かれているようである。

 店内での飲食には対応していないが、奥には試飲のお客のためらしい卓と椅子がきちんと用意されているようだ。


 ネエネエは、この店を気に入った。

 馴染みがあるような気がする茶葉が用意されていたことも、その理由である。

 もっとも、気に入ったと言うならば今までの店もそうであったし、入店していない見かけただけの店もたいへんによい雰囲気であった。


『素敵にもっふりですねえ。お茶の看板さん、こんにちはですねえ』

 茶葉が描かれた小さな魔木の看板にもしっかりと挨拶をしたネエネエは、にこにこモフモフである。

 この獣人王国の城下町では、心地よい魔力以外を感じない。もちろん、まれには不快な魔力も混じってはいるが、ネエネエがすぱこーん! をしにいかなくても、獣人王国の警備の兵や町の民たちがきちんと対応をしてくれていて、平和な国である、と断言できる穏やかさだ。


 歩きやすい歩道、朗らかな民、品々に誇りをもち、お客を大切にする店員たち。

 国境の近くからずっとモフモフ三人組が感じていたもの、獣人王国の心地よさ。

 それは、今も変わらない。

 黒い前掛けの中の魔羊毛を整えるついでにネエネエが時々作動させている山の魔女様から頂いた同じく黒の伝音水晶も、よい意味ではりあいがないと感じているのかも知れないくらいだ。


『ガウガウとピイピイは、きっと頑張っているのですねえ。おみやげをたくさんにしたいのですねえ。この茶葉さんたちでしたら、ガウガウは喜んで自分でお茶を入れてくれそうですねえ、でも、ネエネエもお茶をどうぞしてあげたいですねえ。あ、ピイピイもかも知れませんねえ』

 ネエネエはそう思いながら、ふくふくモフモフとなっていた。

 もちろん、まだ匙には触れてもいない。

 だが、真剣に悩むその様子は、店員からはそうとうな好印象であったようだ。


「これはこれは、姫様、ようこそお出でくださいました。そして、そちらにいらっしゃいますのは、王宮の新しい侍女殿でございましょうか。たいへんご丁寧に茶葉の吟味をして頂きまして、誠にありがとうございます」

「本店さんには、いつも王宮に素晴らしい茶葉を届けてもらっていますね。ありがとうございます。こちらは商業街の魔法店の職業体験のおか……子さんです」

 お方、と言いかけた王女に、ネエネエはにこにこモフモフである。


「よろしくお願いしますですねえ」

 小さく、ぺこりんモフモフ。

「それはそれは。魔法店様の。たいへんにお世話になっております。あちら様には当店の本店が茶葉を納品させて頂いてございます。当店は、本店の規格からいたしますと茶葉の大小が多少揃わない品などを置いてございますが、質は責任をもって保証申し上げます」

 王女様と、それからあの魔法店の職業体験者殿。梟の店員は気合が入ったのであろう。王女とネエネエに丁寧に礼をしたあと、丁寧な説明を開始した。


『なんだかお馴染み、な気がしましたのは、お宿で三人で頂いたお茶だったからですねえ』

 ネエネエは、なるほどと感じた。

 三人組が好んだお茶は、魔法店の店長たちが缶入りのを何種類も持たせてくれていた。おそらく、最高級の茶葉たちである。

 氷の邸宅でゆっくりと荷物を確認したガウガウがにこにこモフモフだったのをネエネエとピイピイは嬉しく楽しく眺めていたものだ。

 この店舗が麻の袋に形が少々揃わない茶葉を入れて売る販売方法を取っているのは、多くの民が良質な茶葉を安価とは言わないがよい値段で楽しめるようにという高級店の主の考えに拠るのだろう。

 おそらく、高級茶葉店のほうでは、魔法店が預けてくれた茶葉たちのようなとりどりの缶が用意されているはずだ。


 ネエネエは、改めて獣人王国の商業に感心していた。その上で、魔法店で楽しんだ茶葉以外の茶葉を選びたいですねえ、と考えた。

「できましたら、本店さんか、またはこちらでしか購入できない茶葉がほしいですねえ。希望は、二種類ですねえ。冷やして頂くのがお勧めの茶葉と、喉の潤いにとくに効果があります茶葉を頂きたいのですねえ」

 ガウガウとピイピイのためにですねえ、と聞こえてきそうなネエネエの希望である。


「畏まりました。それでは、我が国で採取されました二種類の茶葉をお試しくださいませ。魔法店様にもまだお納めしておりませぬ品でございます。まずは、あたたかいものからお出しいたしますので、どうぞ、こちらに」

 狭そうに見えたが、実は店は奥に向かって広めの造りになっていた。

 案内された試飲用の卓と椅子。椅子は、背もたれもしっかりしているものだった。

 店員が引いてくれた椅子をネエネエが王女に勧めて、ネエネエは自分で椅子に着席する。

 王女はその椅子を遠慮することで逆に御使い様のお立場を晒すことになりかねないと即座に判断し、しぜんな、洗練された所作で着席をした。


「お待たせをいたしました」

 梟の店員は、茶葉と茶器、茶菓子などを盆にのせてきてくれた。


「まずは、申し上げましたように、あたたかいお茶をご用意いたします。こちらは、獣人王国の森の魔木でいぶしました茶葉で、喉にたいへんによきものにございます。もちろん、魔木はきちんと許可を頂いて使用しております。こちらのお勧めでございます、簡単でたいへんにおいしい方法でお入れ申し上げます」

 店員が、匙を羽にのせる。もう片方の羽には、薄い魔紙を小さな袋状にしたものがある。

「こちらは、偉大なる三人の魔女様がお一人、山の魔女様が異世界での茶葉の活用術をお伝えくださいましたものにございます。我々の本店もお勧めさせて頂いております品にございます」

 それは、魔紙の中に一回分の茶葉を入れられる魔紙の袋に、魔糸を垂らしたものだった。

 もちろん、ネエネエはよく知っている。雪原の魔女様がガウガウのために開発された品だ。

 こだわりの強いガウガウは自分で入れることを好むが、実は、手軽なこちらも楽しんでいること、そして、それを編み出してくださった雪原の魔女様への深い謝意をネエネエとピイピイは理解していた。


「こちらは茶紙袋ちゃしぶくろと申しまして、魔紙の袋はごく軽い魔力で封ができます。この魔紙も魔糸も再利用できますので、もしもお買い求め頂きましたのちには、ご利用後に再利用箱に入れて頂ければと存じます」

 再利用箱は、ちり入れのことだ。氷の邸宅にもいくつか置かれている。魔方陣が備えられていて、再利用のための分別、回収を箱の中で行ってくれる便利な箱である。

 ちなみに茶葉は掃除や堆肥たいひなどに使うことができることをガウガウから教えてもらってネエネエと、ピイピイも森と山とで実践していた。


「どうぞ、お召し上がりください」

 茶紙袋のおかげで、あたたかな茶はすぐに提供された。豊かな香りのお茶はもちろん、茶器も美しい文様が描かれたなかなかのものである。

 あたたかな茶をお楽しみ頂けますようにと、店員は、保温の魔道具の中に予備のお湯も用意してくれていた。


「このままでももちろんでございますが、お好みで甘みを足して頂きます際には、魔蜂蜜、または蜂蜜をお勧めいたします。香りが変化していきます様子もお楽しみ頂けましたらと存じます」

「ありがとう、このまま頂きます」

「そうですねえ、このまま頂きたいですねえ。清涼な香りですねえ」    

「どうぞ、ごゆっくりとお楽しみください」

「ありがとうございますですねえ。店員さんは梟さんの獣人さんですねえ」

「はい、そうでございます。本店の店長もそうなのでございます」

 丁寧な接客の店員に、ネエネエが梟の獣人についても聞いてみると、梟の獣人は夜に動くことを好むものも多いが、彼女は雀梟すずめふくろうという昼間も活動的な種族なのだそうだ。

「店長のほかにも、梟の獣人や夜を好む店員がおりまして、そのために本店はかなり遅くまで開いてございます。この城下町のかなり端のほうにございます」

「なるほどですねえ、眠気を覚まして、ではなく、楽しくお仕事をされているのですねえ。いつか、行ってみたいですねえ。そして、お茶、おいしいですねえ。涼やかな魔木の香りが、まるで木の精霊さ、殿とお話をしているかのようですねえ。お菓子もですねえ。白胡麻が効いてますねえ」

「ありがとうございます、菓子は本店にて毎日焼いてございます」

『姫様、獣人さんや魔獣人さんは獣や魔獣ほどは夜行性とか、そういった性質ではないのですよねえ。ですが、夜が得意な獣人さんが夜に、朝が得意な獣人さんが朝に、という配置なのは夜も朝もお仕事をする方々がいてくれるということですねえ』

『ご明察にございます。かえすがえすも、ありがとうございます、ネエネエ殿』


 精霊のことをお呼びするときに精霊さんと言いかけていた御使い様たるネエネエの姿を恐縮ながら、と思いながらも王女は微笑ましく感じていた。


「こちらのお茶のお店の砂糖は花の形にございます。よろしければ、そちらもお二方へのお土産になさってはいかがでしょうか」

 王女の声かけに、ネエネエは砂糖の置かれているところをじっと見つめた。

「ほんとうですねえ、素敵なお砂糖さんですねえ。ありがとうですねえ、じゃあ、姫様には、あの赤い薔薇のお砂糖をどうぞですねえ! 本店さんにも皆で一緒に行ってみたいですねえ。いつか必ずなのですねえ」

『誠に嬉しきお言葉にございます』

『お約束なのですねえ』 


 姫様、素敵な笑顔ですねえ、よかったですねえ。そう思いながら、ネエネエは羊蹄で包んだ茶器のお茶を飲む。

 そう、王女にとって、御使い様方とのいつか、は大きな心の支えになっているのである。


 にこにこモフモフなネエネエはそれに気付いているのかいないのか、どちらにも見える穏やかな表情をしていた。



※塵入れ……ごみ箱、ごみ入れの籠をご想像ください。

※堆肥……肥料のことです。

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