第38話 魔羊ネエネエ、お買いものをふり返る。
「姫様、素敵な茶葉でしたねえ。青いお花がぱあっと開くのですねえ。冷えたお水でも、あたたかなお湯でもお花は開いて、しかも、それぞれ開きかたが違うそうなのですねえ、楽しみですねえ! 最初の茶葉も、おすすめも、お店も、みんなよかったのですねえ、姫様、ありがとうですねえ」
茶葉の店での買いものを終えたネエネエは、城下町を歩きながら、にこにこモフモフで王女に話しかけていた。
「お背中のお荷物は、重くはございませんか?」
同じく笑顔の王女は、それでも、ネエネエを気遣う。
茶葉の店だけでなく、今までにもそうとうな量の買いものの量である。それをすべて収納した背中の黒い背嚢は魔布がはち切れそうなほどに膨れていそうなのだが、ぺたんとしたままの、何もいれていないかのような形状である。
『大丈夫ですねえ。この背嚢は、たくさん入る魔道具なのですねえ。これは秘密ですが、たくさん入れても軽々なのですねえ。もしものときは姫様も入れますからねえ。危機に及んでも危なくはないのですねえ。安心なさってなのですねえ』
『畏まりました』
えっへんモフモフなネエネエにこのように念話で教えられた王女は、安心をした。
さすがに、最後の王女たる自分を入れてもという点だけは、御使い様の高尚なご冗談であられるのだろうと受け止めていた。
実際は、ネエネエが『こちらはネエネエたちが大切に思っております姫様なのですねえ。背嚢さん、よろしくですねえ』と念じて背嚢に入れてしまえば、あら不思議、王女は背嚢が開くまでは一切何ごともなく安全に守られてしまうのである。
その上で背嚢を背負って四つ足でネエネエが本気で疾走すれば、城下町も国境もすぐに越えてしまうことであろう。少なくとも、ネエネエが言うとおり、王女の身は安心だ。そして、国王と王妃のそばには、ガウガウとピイピイがいる。
もちろん、王女や国王、王妃は他国のいわゆる人族の王族とは比べものにはならない強さの持ち主ではあるのだが、三人組はそのようなことも想定しながら動いているのだった。だからこそ、王女には冗談と思ってもらえるくらいのほうがネエネエには安心なのである。
全身に偉大なる魔女様方から頂いた品々を身に着け、実情はともかく、黒の前掛けを身に着けた黒い魔羊ネエネエのふかふかな魔羊毛とも相まって、黒い塊の付属物のようになっている。
モフモフフカフカゆらゆら。
一緒に揺れ出しそうな、高級な調度品のような雰囲気だ。
ネエネエと背嚢と前掛け、これらはすべての黒色が微妙に異なっていて、深い赤の騎士服を着こなした竜の人型姿の獣人の王女とは絶妙な、黒と赤の組み合わせとなっていた。
もちろん、王女が楽しそうにフカフカの魔羊を案内する様子は城下町の民からたいへんにあたたかい視線を受けているのだが、なおのこと、だ。
『獣人王国の人たち、もしものときには、目に見える範囲の皆さんを背嚢にいれてあげたいくらい、よい皆さんなのですねえ』
そう思いながら歩くネエネエに、王女は微笑む。
「わたくしにも花の形の砂糖を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます」
その言葉に、ネエネエは、心の中とは別のことをにこやかモフモフと王女に伝える。
「姫様、差し上げたお砂糖は、ちゃんとお茶を飲むときに楽しんでくださいですねえ。なくなっても大丈夫ですからねえ。ネエネエたちと姫様はまたいつか必ず一緒にお買いものに行くのですからねえ」
「はい、ありがたきお言葉に存じます」
取り寄せで、ではなく共に、というところが王女の心にさらに沁みていく。
ほんとうは、御使い様からの頂きものとして飾っておきたいところではあるが。
それでも、一つだけは残させていただこう、と王女は考えていたのだが、ネエネエはそれには気付いていないふりをした。
茶葉たちは冷水や温水に反応して、開き方を変えるのだ。
花の束のごとき茶葉は喉に優しいという効能を持つ高級魔茶の茶葉であり、こちらも冷やしてもあたためても効能は高く、しかも美味という申し分ない品であった。もちろん、青い花じたいにも効能は存在する。こちらは魔力回復の効果だという。
試飲させてもらった冷茶のそれは、爽やかで、喉がすうっと整えられていくものであった。
「お値段はこちらになりますが……」
控えめに店員が差し出した店名の透かしがが入れられた魔紙に書かれた金額は、確かに茶葉としてはかなりの値段であった。
「どんとこいですねえ!」
もちろん、ネエネエはニコニコであった。
よいものには適正な対価を。三人組への魔女様の教えのうちの一つである。
それよりも、「お試しで頂いてしまって大丈夫でしたかねえ」と心配モフモフとなってしまったくらいであった。
「お気遣いをありがとうございます」
お試しのものは茶葉のみの使用なので、高級品とはいえ通常の試飲とあまり変わらないらしく、高額な値段の多くは花の束のようにして花を包み込む技術に対するものであるそうだった。さすがは王宮へも納品を行う茶葉店を本店に持つ店と言うべきか。
「よかったのですねえ」
ネエネエはほっとして、安心モフモフとなったのである。
「誠にありがとうございます。それでは、会計をして参ります。青き花が開きます様子は、ぜひその目でお確かめくださいませ」
これはきっとピイピイに喜んでもらえますですねえ、早く、三人でお花が開くところを見たいですねえ、とネエネエが期待し、得心もした素敵な茶葉。
もちろん、先のガウガウが喜ぶであろう茶葉も、たいへんに素晴らしいものであった。
先に購入したガウガウの好みの茶葉、青い花の束のような茶葉。それから、お任せでお薦めの茶葉も何種類か揃えてもらった。
さらには、王女の分も含めて購入した様々な形の砂糖と、焼き菓子をたくさん。またまたそうとうな量である。
「またどうぞお越しくださいませ。王女様と商業街の魔法店様の職業体験のお方にお越し頂けましたことは伝えておきますので、よろしければご都合のよろしい日の夕刻以降に本店にもお出でいただけましたら幸いにございます」
どうぞご活用くださいませ、と種類ごとに分けた購入品入りの麻袋のほかに茶葉用の匙も何本か渡してくれた雀梟の店員の挨拶は、
とことこモフモフ。
回想するのもまた楽しい、充実した買いものである。
「みんなでまた来たいお店、たくさんでしたねえ。お供えのお花を買えたら、今日のお買いものはおしまいですねえ。最後は、宮中医師さんのところですねえ。それにしても、姫様の国の城下町は素敵でしたですねえ。また来ましょうねえ。次は、ガウガウとピイピイも一緒にですねえ!」
「はい、誠にありがたきお言葉にございます。花につきましては、宮中医師兼宮中薬師代理が開いてございます相談所の会場の道すがらにございまして、屋台ではありますが、これもまた宮中に花を納品してくれております店の出店にございますので」
「屋台さんですかねえ。ネエネエ、屋台さんも好きなのですねえ」
最後のお店にも期待がいっぱい、なのですねえ。
王女と羊蹄と手とをつないだままで、くるくるくる、と踊り出しそうなネエネエ。
しかし、突然、モフモフの魔羊毛の中の異変が生じたのを感じたのである。
『あれれ、ですねえ』
ネエネエは、王女に気付かれないように、片方の羊蹄で魔羊毛を探った。
異変のもとは、ネエネエの魔羊毛の中の黒い伝音水晶ではなく、魔法店の店主から渡された三人組揃いの鍵の魔道具であった。
『ネエネエ、たいへんに申し訳ないのだが……』
そこからは、たいへんに聞き慣れた念話が伝わってきていた。
『続けてなのですねえ、大丈夫ですねえ』
ネエネエはその念話へと、魔力を操作しながらこっそりと念話を返した。
王女は真っすぐ前を見ている。気付いた様子はない。
『姫様には聞こえていないですからねえ』
ネエネエは、そっと念話での会話を続けた。
羊蹄は、王女の手に添えたままで。
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