第36話 魔熊ガウガウと魔鳥ピイピイ、肖像画の復元を始める。
魔羊ネエネエが、城下町で王女と共に
獣人王国宮中の大広間、その中心部には、それぞれが肉球と羽とに魔力を蓄えた魔熊ガウガウと魔鳥ピイピイの二人がいた。
『初代女王陛下、どうぞよろしくお願い申し上げます』
『こちらにはおりませぬ三人の魔女の御使いにして従魔がうちの一人、魔羊ネエネエは当代の竜の王女殿とともに城下町に出てございまする』
初代女王陛下の肖像画に向けた作業開始の挨拶を申し上げる。別の役によって不在ではあるが、ネエネエは三人目なのである。
『ピイピイ、して、どのようにするつもりかな』
『はい、やはり、風魔法を使わせて頂くことを考えております』
魔熊ガウガウと魔鳥ピイピイは作業に伴う魔法の手順を確認していく。
あくまでも、主導をするのはピイピイであり、我は補助の立場。出過ぎるつもりはないという姿勢のガウガウと、それを知るピイピイ。そうであるからこそ、の確認である。
『ガウガウ、いかがでしょうか。わたしの想定しておりますこちらの魔法を用いることでよろしいでしょうか。わずかでも疑念がございますときには、どうぞご教示をなさってください』
ピイピイが施そうとしている魔法は、絵画の隙間に微細な調整を施した風魔法をさし込もうというものだった。
事前に肖像画を細かに確認、点検していた宮中絵師の言葉によると、少なくとも初代女王陛下の御代、何百年前の絵画とするならば驚異的な保存状態であるという。絵具や絵画用の高級魔紙は御代当時のものであると想定されるそうだ。つまりは、初代女王陛下の保存魔法と、精霊殿のお力かと二人は考えている。
『ピイピイ、その考えでよいと思われる。ならば、我はこちらの絵画の保存のために協力をすればよいだろうか』
『はい、お願いします』
「……それでは、ガウガウ」
「うむ」
「初代女王陛下、どうぞよろしくお願い申し上げます」
「御身を描きし絵画のあらわれを、どうか我らにお任せ頂きますように」
初代女王陛下の肖像画にもう一度、礼するを二人。
精神集中の時は、充分であった。
『……どうか、御身のいま一つのお姿をお出まし頂けますように』
ピイピイが美しい青い羽を広げ、小さな魔力の渦を作り出す。渦は、集まり、重なり合う。それをさらに小さく、小さくしていき、精巧に編まれた細い鎖のようにしていくのだ。
『まいります』
『うむ』
ピイピイは、注意深く自画像の隙間にその渦を入れていく。丁寧に、そして、慎重に。
ガウガウは、何らかの反応に備えて待機している。汗が羽毛を覆いすぎないようにと、冷気を抑えた氷魔法を飛ばすことで、ピイピイの集中の妨げにならない程度に空間を整えるのは忘れない。
『それでは……』
風魔法が、もう一枚の肖像画に行き渡るのを感じた。
すると、ピイピイが一枚目を動かそうとするよりも早く、動きが生じた。
なんと。
肖像画が、自ら、剥がれていくかのように動いたのである。ゆっくり、ゆっくりと。
この様子を、国王と宮中絵師は、むしろ、御使い様方の細かな魔法によって少しずつ肖像画がめくれているのだと考えていた。
国王は、記録用の貴重な水晶を握る手に力を入れている。その深い敬いの気持ちが感じられる視線を、ピイピイたちは強く感じていた。
『ガウガウ、この魔力の気配はおそらくは……この場は御使いとしての姿を保ちましょう』
『承知した』
二人は、初代女王陛下が掛けられた何らかの術式が発動したのではと考えていたのだ。
その上で、あえて魔法の無詠唱を進める御使いとその補佐役らしくあることを続けようとしていた。初代女王陛下の術式の作動。獣人王国においては二枚目の肖像画に匹敵する大事となってしまうであろう。
この場は肖像画の再現を優先するべき。それが初代女王陛下のご希望であろうと二人は短い時間で推察をしたのだ。
実は、ピイピイの風魔法は、肖像画を守る壁となっており、ガウガウはピイピイを起点として円を描くように防御魔法を展開しており、肖像画じたいも守護していた。
そう。二人は、初代女王陛下の肖像画の復元作業という大役を存分に果たしているのである。そのようなことを考えもせず、ただひたすらに肖像画に込められた初代女王陛下のお心遣いを無にしてはならない、と励んでいるのだ。
『青いモフモフさんと、白いモフモフさん、いいね。けんきょだね』
『ね。かわいいね。魔力もいいね』
そして、その高潔さが。
たとえ二人からは感じられず、聞こえずでも。その姿勢は精霊たちには、しかと届いていたのである。
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