第35話 魔羊ネエネエ、姫君とのお買いものの途中で。

「お買いものを始めたときから思っていましたですねえが、この道は、歩きやすい付与がされている素晴らしい歩行用の道ですねえ。魔石の破片を混入して、魔力を補充したもので補強をしているのですかねえ。きっと、四足歩行もしやすいですねえ」

 ネエネエと王女のお買いもの。次に購入したいとネエネエが望んだのは、茶葉だった。

 お茶を入れることとふるまうことが大得意で大好きなガウガウにはもちろん、ピイピイにも喜ばれる素敵な土産になるですねえ、とネエネエは考えていたのである。


「ありがとうございます、ネエネエさ……殿。もともと、こちらの歩道はかつての王の指示で施設されてはおりましたが、現王と王妃が、成長段階で人型への変化をして人族の二足歩行に不慣れな獣人族の民、人族も含めました小さき民、それから様々な理由で歩行が困難な民。そんなすべての民に城下町を自由に歩いてもらいたいと国が道具ギルド、魔道具ギルドに依頼をいたしましてございます。鉱山の責任者と鉱山関係者も、魔石のために尽力してくれました。もちろん、実際の作業を行ったものたちもです」


 茶葉の店に向かうネエネエは、城下町の歩道の心地よさに、深い感心をしていた。


 ネエネエが王女と待ち合わせて買いものを始めたときから感じていたことだが、獣人王国の城下町の歩道は、たいへんに歩きやすく、そして、広いのだ。

 馬車や魔馬車、魔動車用の道は別に用意されているので、歩行を妨げる存在は商品の売買のための荷車や背中に荷物を積んだ馬たちくらいである。

 道幅の広さはネエネエと王女が並んで歩いてもほかとはぶつからないくらいに広い。そして、日よけを掲げた椅子や卓、花壇なども適切な間隔で道沿いに置かれていて、それらは獣人王国の民と馴染み、実にしぜんな風景となっていた。


「素晴らしいですねえ。王様と王妃様が中心になって進めた事業なのですねえ」

「はい。わたくしは、民の尽力と、そして、父と母が誇らしいです。魔道具や道具に使用いたしましたものの破片、経年により魔力充填ができなくなったものを粉砕するなど、有効に活用しております。もちろん、かつての王族より敷かれました広い歩道もあってこそにございます。先の民と今の民の努力。王族としましても、ありがたきことにございます」

 王女の心からの笑顔に、ネエネエもにこにこモフモフである。


 そのまま、さらりとネエネエは会話を念話に切り換えた。もちろん、王女に伝えるために三人組の念話のときよりも遥かに多い魔力を込めて。

『有効活用、節約、生活の充実ですねえ。よいことですねえ。獣人王国の魔石は質が高いから破片とかでもお役立ちなのですねえ。そうですねえ、鉱山の責任者さんにもそのうちお話、聞きたいですねえ』

『はい、ネエネエ殿に我が国の民の技術と設備、そして魔石をお褒め頂けましたこと、誠にありがとうございます。鉱山にも、いずれ必ず。はたいへんに鉱山関係者からの信頼厚きものにございますので』


 王女は、ネエネエの配慮に感激をしていた。

 おそらく、御使い様の今後のご予定にかかわる事項であるので、秘密裏に、かつ、自分に伝わりやすいようにと念話でお話をして頂いたのだと考えたのだ。


 そこで、御使い様のために、と目的地への案内もさらに熱が入る王女であった。

「茶葉は、ぜひ、あちらの店にお立ち寄りください。簡略化されました店舗ではございますが、高級茶葉の店の店主が、民の日常のお茶のためにと容器などを簡略化いたしましたものを選りすぐりの店員に扱わせてございますので」

 簡略化とはいいながらも、柱はきちんとした魔木で、屋根にも魔法が付与されている店である。小さいながらも、茶葉を描いた魔木の看板もきちんとしている。

「分かりますねえ、素敵な茶葉の気配ですねえ!」

 王女の心遣いに、ネエネエは、わざと明るめに返事をした。


『鉱山責任者さん。現在の、なのですねえ。ガウガウとピイピイに、伝えないとですねえ』

 先ほどの念話。それは、このように考えていたことを王女に悟られないようにと、細心の注意を払いながらの言葉だったのである。

 この問いだけは念話で行ったネエネエの真の意図に、王女は気づいてはいないようなので、ネエネエはほっとしていた。


 ネエネエの問いへの、王女の答え。

 今の鉱山責任者には、民も王女も信頼と安心を寄せている。それは、国王と王妃も同様なのだろう。

『……跡継ぎさんが、いまいちさんなのですかねえ』

 万が一にも王女には届かないように配慮を怠らず、念話でのひとり言を続けるネエネエ。

 もちろん、しっかりとした足取りで茶葉の店に向かっている。


 そこに、ある音が聞こえてきた。


 ごおおお……ん。

 そう、あの、城下町の朝を知らせる銅鑼の音である。

 ちょうどいいですねえ、とネエネエは思考を切り換えた。


「朝ではなくて、昼間にも鳴るですかねえ。お昼は過ぎましたねえ」

 そうでございますね、と王女も首から掛けた時を示す魔道具を確認する。

「これは……そうでした、本日は宮中医師殿の休暇の日にございました。相談所が開設されますので、それを知らせております。銅鑼の置かれております広場が会場なのです」

「獣人王国は、怪我や病気で医師さんや魔法医師さんにかかれない人はほとんどいない、良い国ですねえ。ご本で読みましたねえ」

「ありがとうございます。ただ、頑健さを誇る獣人族も多いため、病に気付かない、などがございまして」

「なるほどですねえ」

『ガウガウでしたら「確かに、己の肉体や体力、もしくは魔力を過信して、病に気付かないなどはあり得ることと言えようぞ。宮中医師斑雪殿の考えは素晴らしい。許可を出した王の裁量もであるな」と言いますですかねえ』

 答えながら、ネエネエはガウガウの弁を想像している。そのまま、ふむふむですねえ、とネエネエは考えていた。


「姫様、相談所の場所は分かりますかねえ。もしよければですが、お買いものが終わりましたら、解散の前に、行ってみましょうかねえ」

「ネエネエ殿のお時間がよろしければ、謹んでご案内をさせて頂きます。まずは、あちらで茶葉をお選びくださいませ。茶葉用の匙などもございますよ」

「それは素敵ですねえ。ありがとうですねえ」


 そして、感謝の気持ちを込めて、ネエネエは自分の羊蹄で、確認のように王女の手を優しく握るのだった。

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