第34話 魔羊ネエネエ、姫君と城下町を楽しむ。

「おいしいもの、買えましたねえ! 次は、魔布や布がたくさんのお店がいいですねえ」

「畏まりました。次は縫製関連のお店でございますね」

「よろしくですねえ!」

 獣人王国の城下町で、まずは魔蜂蜜と蜂蜜の菓子やパンなどを扱う店で大いに楽しんだネエネエと王女の二人連れ。


 次は、と、やはりネエネエの希望の店である布や糸などを取り扱う店に向かっていた。

「この店も、宮中のものたちから評価の高い店にございます」

 王女が案内してくれたのは、赤い屋根に大きく掲げられた針と布、それから糸が描かれた看板が遠目からもよく見える、煉瓦で囲まれたお店だった。

 居心地のよさそうな雰囲気である。


「雰囲気がいいですねえ。扉を開けますねえ」

 気分よく店の板扉を開けようとしたネエネエ。

『板扉が糸巻きさんなのですねえ』

 丁寧に彫られた糸巻きの形の板扉に感心しながら、店内へと入っていく。


『これは素晴らしいですねえ!』 

『ありがとうございます。どうぞごゆっくりと』

 ネエネエは、もふん、と膨れそうなくらいの喜びの表情になっていた。


 棚には分かりやすく整理された魔布、布など様々な品が小さく切られた見本とともにきれいに置かれている。

「魔布と魔絹と魔絹糸、布と絹と絹糸、たくさん、素敵ですねえ。この布切りばさみも素晴らしいですねえ」

 魔布と布をともに扱える店は貴重だ。

 それはつまり、材料が異なる多数の仕入れ先と懇意になるような、丁寧な商売ができている店という証なのである。


『先ほどのお店も素晴らしかったですが、こちらもまた、素敵なお店ですねえ』

 ネエネエは、るんるんモフモフである。

「魔羊毛はたいへんなモフモフ具合ですねえ。羊毛もよいモフモフなのですねえ……」

 もちろん、店の品々を丁寧に扱いながらの買い物である。

 そして、これとあれとそれと……で、会計は小銀貨ではなく銀貨何枚という金額になった。


「素敵な品々ですから当然ですねえ」

 ネエネエは当たり前、と、巾着袋の中から小銭をじゃらりと取り出そうとする。

「お城の会計の方に金額請求の紙をお出ししますから、お代は必要ございませんよ」

 店主夫妻は針鼠はりねずみの獣人だった。人柄の良さそうな、似合いの夫妻。

 揃いの前掛けにも糸巻きが刺繍されている。

 夫妻はネエネエのことを王宮のお針子と考えていたのである。

 『お城から必ずお金が入ると商売の方が確信しているのですねえ。信頼関係が素敵ですねえ』


「よろしくない国だと、上流階級が利益を独占して、民から上質な品を搾取したりすることもあるのだよ」

 そういう国におしおきをなされたことがある森の魔女様は、こう仰っていた。

 ネエネエはそれを思い出しながら、王女に念話で伝える。


『ありがとうございます』

 王女は柔らかな笑顔を見せた。


「姫様、本日はお召しもののご用でございますか。お呼び立て頂けましたら、こちらからお伺いいたしますので、次回はどうぞ、お申し付けくださいませ」

「お針子殿も、お品はお城にお運びいたしますので、すぐにお使いになるもの以外はこちらに置いていってくださいね」

 店主夫妻は、王女とネエネエに丁寧に対応している。

 王女自らが店にお出でになったことは、もちろんありがたいことである。さらに、黒い魔羊、つまりはネエネエが身に着けている上質な黒い前掛けと、選んだ品々の質のよさ。

 店主夫妻は、お連れの方は、さぞかし技量のある魔羊のお針子さんなのだろうと想像していたのだ。


 それに対して、王女はネエネエをこう紹介したのだった。

「店主さんたち、こちらの魔羊殿は、商業街の魔法店の職場体験者さんなのです。お代はきちんと頂いてくださいね」


 想像とは異なる王女の言葉が聞こえたため、店主夫妻は目を丸くした。

「あの商業街の魔法店さんの! うちの店も取り引きをさせて頂いたことがございますよ。いやあ、腕利きのお針子さんかと思っておりましたが、やはり、すごいお子さんでした!」


 針鼠の獣人店主夫妻はにこにこ顔である。

 考えていたこととは違っていたが、素晴らしいことに変わりはないからだ。

 それならば、と奥の小棚から主人が何かを取り出してきた。


「魔針鼠の裁縫針です、おまけでございます。どうぞ、ご活用くださいませ」

 灰色の魔布に包まれた箱に入れられていたそれは、美しい魔針鼠の裁縫針だった。


 店主夫妻のような獣人の針鼠の針は、本人が魔力を込めなければ他者を傷付けたりはしない。だから、背中に穴が開いていない服を身に着けるものも少なくはない。

 それとは逆に、魔針鼠の針は常に戦闘態勢。

 冒険者ギルドに納品されたものの中でも美しい、傷のない魔針鼠の針。それを加工して裁縫針にした魔針鼠の裁縫針は、魔糸にも魔布にもすいすいと針が通る高級品である。


 王女のお召しもののためか、はたまた魔法店の店主の代わりの商業用かというくらいの買い物ぶりではあったが、この裁縫針をおまけに、とは、ネエネエの目利きを気に入ったのだろう。

 奥方もうんうん、とうなずいている。


 ネエネエは羊蹄をぱたぱたとさせていた。

 お子さん扱いは、王女も黙認である。

「素敵な魔針鼠の裁縫針さんですねえ! ちくちく縫い縫いがはかどりますねえ、ありがとうございますですねえ!」

「よかったですね、体験者さ……さん」

『姫様、はいですねえ。次は一緒においしいものを食べましょうねえ!』

『そうですね。我が国の美味をたくさん召し上がってください』


「ぜひ、またいらしてください」

「お待ちしております。姫様も、ぜひに」

 糸巻きの刺繍がされた魔布の袋に詰められたたくさんの品々。

 店主夫妻の言葉は商売気からとは思えない、気持ちのこもったものである。


「はいですねえ、また来たいですねえ! ありがとうございますですねえ!」

 羊蹄で袋を受け取り、うきうきモフモフなネエネエ。

「素敵な時間を過ごせました」

 店主夫妻に言葉を送り、板扉を開けた王女。

 夫妻は王女とネエネエに、きれいなおじぎをしていた。


「姫様、ありがとうですねえ」

 板扉を出て、背中から背嚢をおろし、品々を収納したネエネエはにこにこである。

「我が国の国民とその店たちをお褒め頂きまして、誠にありがとうございます」

 王女もまた、にこやかな表情であった。


 そして、ネエネエは背嚢を背負い、前掛けを整えて、王女に声をかけた。

「おいしいものが姫様とネエネエを待っていますですねえ!」

「はい、ご案内申し上げます」


 今度は、王女がネエネエの羊蹄を取る。


 二人の楽しい買いものは、まだ続くようだ。



※糸巻き……糸を巻くこと。または、糸を巻き付けておく道具のこと。今話では糸を巻き付けておく道具のことを指しております。

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