第32話 魔羊ネエネエ、姫君と城下町を行く。

「お買いもの、楽しみですねえ。姫様、手をつなぎましょうねえ。ネエネエは手ではなくて羊蹄なのですねえ」

 ネエネエから出された羊蹄に、簡易騎士服姿の竜の人型となった王女は一礼をし、それから丁重に手を合わせた。

 王女の服が簡易騎士服にしては赤い色が濃いのは、やはりこれも王族仕様であるからだ。


 魔羊ネエネエの今日の用事は、城下町への買い出しである。

 二人の近い位置に控える護衛はなく、ネエネエと王女のみだ。宮中騎士らしき気配は感じるが、あくまでも王女が商業街魔法店の職業訓練の魔羊を城下町に案内するという形にしてくれている。

 この辺りは、国王と王妃からの配慮であろう。


「御使い様、ほんとうによろしいのですか。御使い様が初代女王陛下の碑に供えられます品々を我が国でご購入頂きます場にわたくしが帯同をさせて頂くのは、不相応ではございませんか。宮中にて宮中画家とともに御使い様方の初代女王陛下の肖像画の修復作業に立ち会わせて頂いております父、国王はともかくとしましても、王妃たる母でございましたら、今からでも」

 このやり取りは、既に氷の邸宅に王女が見えたときから何度も繰り返されていた。

 ガウガウとピイピイは三人での朝のモフモフ体操と朝食や初代女王陛下の碑への挨拶などを終え、既に王宮に向かって疾走と飛翔とをしていた。

 そこで、王女が碑へと挨拶をしたのちに、ネエネエと王女はこの城下町へとやってきたのである。

 それは、王女が持参した転移陣にネエネエの魔力を込めて転移したので、あっという間の移動だった。二人と共に駆け出したくてうずうずとしているのを我慢して王女の到着を待っていたので、ネエネエの魔力は有り余っていたのである。


「大丈夫ですねえ。ガウガウとピイピイは宮中絵師さんと一緒に初代女王陛下の肖像画をもう一枚増やすのですねえ。だから、ネエネエは姫様とお買いものなのですねえ」

 そう。今日は、モフモフ二人組とモフモフとに別れての行動日なのである。


 ちなみに、王女の真の姿を確認してから三日が過ぎていた。

 モフモフ二人組は宮中の大講堂で初代女王陛下の肖像画の修繕中である。

 御使い様たちが精霊のお声らしきものを聞かれたという形で国王千波から人型の初代女王陛下の肖像画の存在を聞かされた宮中画家はあまりの喜びと衝撃に震えていたらしい。

 しかも、御使い様たちの肖像画の復元作業にも立ち会えるのであるから、その喜びは計り知れないものであったろう。


 先日のこと。ネエネエが文を書き、ピイピイが飛ばした紙の鳥を受け取った国王と王妃はすぐさま号令をかけるかのように指示を出し、宮中画家とともに大講堂の設営を行い、並行して三人組への返信も行っていた。

 大役を果たしたばかりの王女は、目覚ましい回復とともに父たる国王からの指示で御使い様の城下町での買い物の供をすることとなったのだ。


「そうでしたねえ。一度、羊蹄を離しますですねえ。よっこらモフモフ、防音魔法ですねえ。認識阻害もできてますねえ」

 ネエネエは無詠唱で獣人族の大人の歩幅ほどの範囲で防音と認識阻害の相乗空間を展開した。当然ながら、相当に高度な魔法である。

 本来ならば、よっこらモフモフで簡単に行使できる魔法ではない。


「宮中医師さんにはお許ししたですねえが、姫様にも、御使い様の名前を呼ぶ権利、どうぞですねえ。偉大なる森の魔女様にお仕えせり魔羊ネエネエ、そして同等たる魔熊ガウガウ、魔鳥ピイピイの許可の声もここに、ですねえ」

 ネエネエが魔羊毛から取り出したのは、美しい黒水晶。山の魔女様からピイピイを通じて頂戴した、伝音水晶である。

『魔羊ネエネエの許しとともに、魔熊ガウガウ、そして』 

『魔鳥ピイピイともに、獣人王国王女深緋にわたしたち御使いの名呼びを許可いたします』

 王女は驚いていた。だが、御使い様方からこのような栄誉を賜ったというのに憮然とした態度でいてはならない。獣人王国王女としての矜持で、すぐさま王女は美しい礼の姿勢を取った。

「魔羊ネエネエ様、魔熊ガウガウ様、魔鳥ピイピイ様。このお許しを頂きました栄誉に、深く御礼を申し上げます」


「はいですねえ、えいっとモフモフですねえ」

 魔法を解除して、背中の背嚢をよっこらモフモフと背負い直し、ネエネエは王女に話しかける。

 ネエネエの今日の衣装は、黒の前掛けである。ガウガウは白、ピイピイは青。絵画の復元作業に携わる二人に合わせたのだ。

 もちろん、高級な魔布が全身を包む、しっかりとした作りの上等な前掛けである。


「では、案内してくださいねえ。おいしい魔蜂蜜と蜂蜜のお店からお願いしますですねえ」

 まずは、ネエネエの大好物、魔蜂蜜と蜂蜜のお店だ。

「承りました。それでは、あちらのお店に」

 王女が案内してくれたのは、城下町の中でも目立つ配色の、蜂蜜色の屋根が印象的な店だった。


 ネエネエはカラン、と鳴る扉の鈴にもこんにちはですねえ、と話かけてから、ゆっくりと店内に進む。

 まずは、両方の羊蹄に浄化魔法。王女の手にも、はいですねえ、と浄化魔法をかけた。

「両の手が、最高級の保護油で整えたようです。ありがとうございます」

「……どういたしましてですねえ。それにしましても、むむむですねえ。よい品揃えですねえ」

 静かにモフモフと悩むネエネエ。その表情はとても真剣だ。

「御使……ネエネエ様、お悩みですか」

『悩むのも楽しいですねえ。あと、ネエネエ殿、にしましょうねえ。念話のお話も大丈夫ですねえ。ネエネエ、聞きますねえ』

『畏まり……分かりました、ネエネエ殿、あちらの硝子の商品棚にございます魔蜂蜜のケーキはこの店の一番の人気の品です。王宮でも他国の使者に出しますことが。少しお値段が高価ではありますが、たいへんにおいしいです。蜂蜜の飴も好評ですね。こちらは一袋、小銀貨一枚でございます』


『ケーキは丸ごとで銀貨一枚、一切れは小銀貨一枚ですかねえ。確かにお高めですねえ。そうでしたねえ、魔蜂蜜のケーキ、氷のおうちに届けてくれていましたですねえ。確かにおいしいでしたねえ。そして、姫様はやっぱり大金貨以外のお金も知ってるですねえ、よかったですねえ』

『大金貨……。面目次第もございません。あのときはとにかく魔石の流出を止めたいと……。宮中騎士たちが調査に出たと聞きまして、たまらずに小竜の姿で飛び立ちましたために、持ち合わせもなく……』

『なるほどですねえ。姫様のご病気のお話は、ご不在をないしょにしていたからなのですねえ』

『はい、まさか、王女が国を出て、商業街で現地調査をとは報じることはできませんので。しかも、魔石の採掘量の減少は王の指示により、国民には周知してはございません。それならば、ある程度は知られておりますわたくしの体調不良を理由にしたほうがということになりました』

『なるほどですねえ。次は特別なお金ではなく普通のお財布を持ち歩きましょうねえ。持ち飛ぶですかねえ』

『ご指導誠にありがとうございます』


「姫様、そちらの魔羊のお子さんも。焼きたての魔蜂蜜たっぷりのパンですよ。ご試食、いかがですか。蜂蜜や魔蜂蜜をつけても召し上がれますよ」

 快活なおかみがにこにことして試食を勧めてくれた。割烹着がたいへんに似合っている。

「おかみさん、こちらの方は……」

 王女がさすがに、と慌てるのをネエネエは羊蹄で静かにとめる。

『いいのですねえ』


 そう言い、ネエネエは聡明な魔羊のお子さんのふりをする。

「ありがとうございますですねえ、魔蜂蜜とお砂糖と魔牛乳がたくさん、そして魔牛酪もいれてありますのですねえ!」

「香りだけで! すごいですね。さすがは姫様が直々にご案内のお子さんだ」

「もぐもぐモフモフ。甘さと柔らかさが素敵ですねえ! 焼きたてのパン、たくさんの人に食べてもらいたいですねえ、だから、三人分、くださいねえ。あとは蜂蜜の飴を一袋と魔蜂蜜の瓶の一番大きいのを頂きますねえ!」

「そんなに嬉しそうにしてくれるのなら、遠慮しないで! もっとたくさん買っていっておくれよ。パンはまた焼くから、大丈夫だよ、ほら、姫様も!」

「そうだそうだ、母ちゃん、少しおまけしてやれよ!」

 奥からは、店主の声がする。

 店頭の奥方は人族で、店主はかわうその人型の獣人族であった。


「ありがとうございます、やはり、こちらの品はたいへんにおいしいですね」

「ですねえ、それに、お二人がなかよしですねえ」

「そうだよ、この国は人も獣人もなかよしなんだよ。はいはい、じゃあ、こっちの蜂蜜の飴はおまけだよ!」

「ありがとうですねえ、でしたら、パンは六人分くださいねえ!」

「まいどあり! また来てくださいよ!」

「また来ますですねえ!」

 ネエネエは背嚢をおろして買い物を中に入れる。


『まだまだ入りますねえ。次はどこに行きますかねえ。獣人王国は素敵な国ですねえ。お供えでしたら、お花屋さんもいいですねえ』

『誠にありがとうございます。まだまだよき場所にご案内申し上げたく存じます』

「参りましょう」


 ネエネエのために店の扉を開ける王女の表情は、御使い様に獣人王国自国をお褒め頂けた喜びに溢れ、実に誇らしげであった。



※前掛け……エプロンのことです。

 








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