第31話 モフモフ三人組、モフモフと行動を起こす。
「王妃様からの紙の蝶ですね。よかった、目覚めた姫君は血色も体調もよく、すぐにでも学問や鍛錬に復帰したいと話されているそうですよ。ネエネエがそのまま御身に巻いて差し上げた敷布のおかげとも書かれております。姫君のばあや殿から、厚い御礼も述べられています。お二人も、どうぞご覧ください」
氷の邸宅の窓から、ひらりと入り込んできた紙の蝶。
ピイピイはそれを青い羽で優しく受け止め、手紙へと戻し、文を読み、二人へと差し出した。
モフモフ三人組は、氷の邸宅に戻り一階の広間でこれからのことを確認しあっていたところである。
この氷の邸宅の一階には個室もたくさんあるので、三人組はそれぞれ一部屋ずつを個々の部屋としていた。ちなみに、もっとも氷の魔石の度合が高い部屋がガウガウの個室だ。
壁と床への氷の魔石の含有量がいちばん多い部屋で、三人組で邸内探検をしていたときに、ネエネエがつるつるモフモフですねえ、と床で楽しそうにくるくると回っていた部屋でもある。
そして、話し合いや魔女様へのご報告のときはこの広間に集合し、寝室や台所、食堂などはなるべく三人一緒に。入浴やモフモフ体操も、もちろんである。
また、あの映像と通信の巨大水晶も、きちんと広間の卓上に台座つきで備えられている。
二階より上についても、それぞれが自由に使用可である。ただし、ほかの二人にきちんとどの部屋を何に、は報告しあうこととなった。規則というほどのこともなく、三人組の仲ゆえに、しぜんとそう決まったことである。
「なるほど、さらに王族としての自覚を得たということか。たいへんによきことであるな。ネエネエ、ばあや殿のこの言葉、ネエネエへの謝意に溢れているよ」
先に読み終えたガウガウが、肉球で手紙をネエネエに差し出す。ネエネエは羊蹄でそれを受け取る。
「ふむふむですねえ、ばあやさんも喜んでますねえ、姫様、よかったですねえ」
笑顔で手紙を読み終えたネエネエは二人にモフモフ三人組のこれからの予定確認をする。
「山の魔女様が姫様の涙などをお調べくださる間、ピイピイとガウガウは初代女王陛下の肖像画をよっこらモフモフですよねえ。ネエネエはご本を読みましょうかねえ。ピイピイの案内してくれたこの氷の邸宅の書棚にも、たくさんご本がありましたですねえ。ご本、皆で一緒でも読みたいですねえ。モフモフ学ぶですねえ。水晶さんも見ていてくださいですねえ」
ネエネエの言葉に賛意を示すかのように、魔女様方と会話が可能な巨大な水晶が一瞬、きらりと光った。
広間の卓の上に台座とともに置かれ、あたかも、モフモフ三人組の会話を聞いているようなその形状。
三人組はあまり気にしてはいないが、水晶が座している台座もまた、魔女様方が用意してくださった品だ。おそらく、本来は台座とすることはないであろう、貴重な魔石や魔木を素材として成形したものである。
ピイピイはネエネエへとにこやかに羽を振り、答える。
「ええ、一部屋がすべて書棚の部屋が二階の奥にございましたね。探検のようでたいへん楽しかったです。そうですね、ネエネエ。皆でたくさんの書物を読みたいものですね。それぞれが持参しましたものに加えまして、図書の館で借りた分もございますし。わたしたちは諸々の許可が出ましたら明日からは初代女王陛下の肖像画に対応したいと存じますが、その際にはネエネエには城下町で情報収集をお願いいたします」
「うむ。そろそろ工房長も王国に戻る。薬の調薬が第一ではあるが、魔石の流出についても我ら三人が協力できることがあろう。その際に、ネエネエが町の人々にいろいろ聞いておいてくれると助かるのだ。それから、初代女王陛下の碑にお供えする品々も探してもらえるだろうか」
「分かりましたですねえ。お供えの品ですねえ。おいしいものや、皆の役に立つ便利なものも買うですねえ。もちろん、城下町の人たちのお話も聞くですねえ!」
「ネエネエ、ぜひお願いいたします。そうでした、買う、といえば。気になっておりましたが、商業街のあのとき、姫君は大金貨以外のお金をお持ちでなかった可能性がございますよね」
そうでした、というピイピイの言葉にガウガウも続いた。
「もしかしたら、万が一のときに持たされたものを使われたのかも知れないな。確かに、ピイピイの推察のとおり、姫君のあの知性と魔力とで貨幣価値を存ぜないとは思えぬ」
「そうですね。それほどまでに、自国の魔石の枯渇が続いたら、と気に病まれていたのでしょう。やはり、貨幣じたいの価値をご存じないとは思えませぬ。魔石と申しましたら、こちらの魔石はいかがいたしましょうか。広義には、ガウガウとネエネエが頂いたものとも言えますが、精霊殿が鉱山から持っていらしたのですと、お返ししたほうがよろしいかも知れませんね」
初代女王陛下の碑に置かれていた、三人組からのお供えのお返し。
二つの魔石は、巨大な水晶からは離れたところではあるものの、きちんと卓上に置かれていた。
「そうですねえ。その前に、ガウガウ、魔石を両方借りてもいいですかねえ」
「もちろんだ。何か考えがあるのだろう?」
「はいですねえ。……ですねえ。……ですねえ。……ですかねえ!」
ネエネエは左右の羊蹄で二つの魔石に触れている。魔石に込められた魔力を把握しているのだ。
「どうでしょうか、ネエネエ」
「魔石の中に、精霊さんが言葉を残しておいてくれましたですねえ。まだ鉱山として王国内で認識されていないお山があるそうですねえ。たくさん魔石が埋まっていますけれど小さなお山で丘みたいなのですねえ。ですから、獣人族も人族も、王族さんもどなたも知らない気にしない、で、初代女王陛下しか存在をご存じなかったそうですねえ。だから、精霊さん、おいしいものや素敵なものをくれたモフモフさんたちにあげる! だそうですねえ。それでですねえ、ピイピイがもらいました魔果実は魔力と体力のしぜんな回復にとてもよいそうですねえ。この世界にはまだ知られていない秘密の魔果実だそうですねえ。精霊さんたちには大人気なのですねえ」
このネエネエの言葉に、ガウガウが珍しく驚いた表情を見せる。
「精霊殿に……つまりは、この世界ではいまだに魔果実として認定されていない果実ということか?」
「ですねえ。精霊さんたちは元気の実と呼んでいるそうですねえ」
やはり驚きの表情のピイピイは、それでも平静を保とうとしていた。
二人ともネエネエの言葉はすべて真実であると確信しているので、そこは問われることはないのだ。
「……ネエネエ、それでは、とりあえず、魔果実はわたしが、魔石はガウガウが二つともお預かりしてもよいですか? 精霊殿の言われるとおり、獣人王国の国内とはいえ、魔石鉱山として認識されていないのであれば採掘権はまだ存在いたしません。ですから、所有権は発見をされました精霊殿にございますし、精霊殿から譲渡されましたお二人に所有権が移ることになります。ただ、このことはまだわたしたち三人と精霊殿の秘密にいたしましょうね。初代女王陛下もお心にしまっておられましたし」
ピイピイの提案で、ガウガウもいつもの表情に戻り、肉球で魔石を指し示す。
「そうさせてもらえるだろうか、ネエネエ」
「はいですねえ、ピイピイ、預かってなのですねえ。ガウガウには魔石二つとも、どうぞですねえ。ネエネエ、新しい魔石鉱山があるから魔石不足は解決! ではないこと、分かりますねえ。でも、思っていたよりもすごいお返しでしたねえ。次は何をお供えしたらいいですかねえ? 素敵で大丈夫なお買いもの、できるといいですねえ」
そう。国内使用分の魔石が不足しかねないという獣人王国の問題の一つを御使い様がすぱっと解決、ではいけないことはネエネエはよく理解している。
あくまでも最優先するべきことは、姫君の呪いへの対応なのだ。
そして、そのあとで陰謀や暗躍を調べ、解決への手助けをするのがモフモフ三人組。
ガウガウもピイピイも、このように大局を読むネエネエのことを深く尊敬しているのである。
「さすがはネエネエです。そもそも、わたしたちには精霊殿からのお言葉は読むことができませんでした」
ピイピイは羽を合わせて考え出す。
「ネエネエでしたら……。そうです、ネエネエ。ネエネエが、よきものを城下町で購入していらしてください。ネエネエが初代女王陛下と精霊殿を思って選ばれるものでしたら」
「なるほど。精霊殿に過分なお礼を頂かなくてもよいもの、そして、精霊殿のご不満にはならない品。ネエネエならば、きっと」
ネエネエであれば、ネエネエならば。
ガウガウとピイピイの強い気持ちは、ネエネエにはしっかりと届いている。
「分かりましたですねえ!」
「それではまたネエネエに文を書いてもらおうか。おそらくはいずれ国宝指定となるであろうことが必須である肖像画の精製。御使いとはいえ勝手には進められぬ」
「ですねえ。書きますねえ。あと、姫様をお買いものに誘いたいですねえ。すぐではなくてもいいですねえ」
「まことに……」
「素晴らしいですね、ネエネエ」
ネエネエの意図は、二人にはすぐに理解された。やはり、の呼吸もぴったり、の三人組だ。
魔羊毛から鉛の筆と魔紙を取り出し、羊蹄で美しい文を綴るネエネエの声も、朗らかである。
「姫様は、きっと銅貨も小銀貨もご存じですねえ。お買いもの、楽しみですねえ。さらさら、書けましたねえ」
「うむ、変わらず素晴らしい文だ」
「ええ、素晴らしいですね」
ネエネエが書いた文を見る三人組の表情と声は、たいへんに晴れやかである。
姫君の真の竜姿と呪いを確認したという大事の一つを終えたからこそ、これからさらに気を引き締めて行動をしていかねばならない。それでも、この三人ならば、と思い合うモフモフ三人組の絆はそう、たいへんに強いのだ。
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