幕間4 魔女様方は呪いを探る。


『どうですか、真の竜姿になられた姫君のご様子は。辛いでしょうに、呪いを自ら受け、示す。王族にふさわしき高貴さです。わたしも初代女王陛下の碑にご挨拶できましたことで、三人組を見守り支えようという気持ちを改めて強くいたしました』 

 ネエネエが氷の邸宅へと戻ったその頃。


 山の魔女様は、氷の邸宅での様子を記録した音声と映像を森の魔女様、雪原の魔女様にお伝えしていた。

 そして、すべての確認が終わり、このように問いかけられたのである。


 魔女様方の特別な水晶を通してうかがえる森の魔女様、雪原の魔女様の表情はたいへんに和やかであった。

『うむ。皆がモフモフと頑張っているな。巻いた布の服もよく似合っている』 

『そのとおりだ。素晴らしい。我ら三人の魔女たちの御使いとしてふさわしい、凛々しきモフモフぶり。服も、三人の色を活かしていてたいへんに好感が持てるぞ。山の魔女よ、ピイピイは、青い布までもが美しい羽のようだな。実に華麗だ』

 森の魔女様が言い、雪原の魔女様が賛成をする。

 どうやら、魔法店の店主が厳選した魔麻の巻布衣かんぷいは魔女様方に大好評のようだ。


『確かに、それにつきましては全面的に同意ですし、三人のモフモフを引き立てつつ、身体と魔力を向上させます素晴らしき魔布の服でございますね。そして、雪原の魔女におかれましては、ピイピイを褒めて頂きまして誠にありがとうございます。ですが、それよりも今は……』


 たしなめるような山の魔女様の声に、森の魔女様は表情をきりりとされた。

『分かっている。あの症状は恐らく、既に存在する呪いがその理由ではないか、と言いたいのだろう。水晶を通じてあの流れを見ていた其方のこと、個で判断をしてあの場で念話にて内々に三人組に伝えることはせずに、この三人の魔女の会話で結論をとしてくれたのだろう? 山の魔女よ、其方のその思いに敬意を表し、森の魔女が答えよう。特定の種族を擬似的に拒否させる呪い。これで合っているかな? いわゆる、だ』


 続く雪原の魔女の言葉も、実にしっかりとしたお声である。

『ああ。同じく雪原の魔女も答えようぞ。そうとうな魔法薬師でも今の世では復元できるものは少ない呪いであるな。獣人族が、人族をその辛い症状で拒否してしまう呪いだ。その逆も然りで、人族が獣人族を拒むために使われたという記録もある。ほかの種族にも応用が可能だが、そうとうに高度な調薬が必要となる呪いで、かつて、友好的な他種族同士に諍いを起こさせるのを目的として用いられたときは魔法薬師とその企みの首謀者が魔法法律家によって断罪されたのだったか。そして、少ない事例だが、この拒否症状はしぜんに発生することもあるのだったな』


 山の魔女は、ようやく安心し、そして感心をしていた。

『さすがでございますね、お二人とも。そうです、姫君のこの呪われし様子からは、かつての花の国の魔法薬師が既存のものと己が作り出したもの、二つの呪いの魔法薬を初代女王陛下、つまりは当時の王女殿下に飲ませたのではという推察ができました。恐縮ながら仮定も加えさせて頂きますと、魔法薬師は花の国の人族に対してだけ擬似拒否の呪いを起こさせる魔法薬としたかったのではないかとも想像されます。そして、雪原の魔女、お見事でございます。症例は少ないですが、しぜんに生じました事例は確かにございます』


 森の魔女様も、山の魔女様への同意を示すために、無言でうなずき、そして話す。

『やはり、山のに確認をしてもらってよかったな。花の国の人族を拒否する呪いの魔法薬か。それならば、その国の人族たる王子に害を及ぼすはずはないから、食事だろうが飲みものであろうが、症状もなにも、出るはずはない。花の国の人族たる毒味役にも、何ごともないわけだ。むしろ、人族ならば体調などは回復したかも知れぬな。呪いの薬。知らぬものは毒薬かなにかを想像するであろうが、そうではないこともあるのだからな』


 その言葉に、山の魔女様は深い首肯とともに応じられたのだった。

『ええ。そのとおりでございます。森の魔女もまた、素晴らしいです。ある種族には呪いの薬であっても、ほかの種族には逆に体の悪いものを取り除く良薬になることもございますからね。しかも、初代女王陛下と姫君は数少ない竜の獣人。獣人族の中でも特殊な体質。魔法薬師は、そうとうに複雑なものを作り出したことでしょう。そこで、お二人に提案をいたしたいのですが、人族拒否というこの呼称につきましては、わたしたちの間だけに使用をとどめたほうがよろしいかと存じます。凛々しいモフモフ三人組にも、まだ伝えずにおくのです。黒幕と言えばよいのでしょうか、獣人王国に存在いたしますよろしくない連中に伝わると面倒ですから。まだまだ得体が知れない存在ですし』


 雪原の魔女様は腕組みをして、うむ、と呟く。

『山の魔女の言うとおりだ。人族拒否。呪いへの呼び名は、まだ我らだけが用いたほうがよかろう。先ほども申したが、初代女王陛下在位中にあらわれた獣人王国の王族の症状はくしゃみや鼻水など、しぜんに起きた拒否症状の可能性もあるな。獣人王国内の人族に対してであろうか。初代女王陛下の症状がなければ、呪いとして記録されなかったかも知れないほどの症状であったのかも知れぬな』


 その言葉を受け、森の魔女様が森の住まいの書棚から、古い書物を取り出してきた。『病・魔病事典』。

 病だけではなく、魔力酔いや呪いに似た魔力にかかわる病も網羅された事典である。

『拒否症状。これは呪いによってではなく、しぜんに起きてしまう症状を指しているのだが。己の種族と異なるものに反応が出てしまうというものだな。鱗屑りんせつや爪などは獣人族と人族では異なるから、ごくごくまれには拒否反応として出てしまうということらしい。ほかの種族であれば、毛や羽などがそれに該当するかも知れないな。わたしたちがもしも三人組に対してこれを発症してしまったら……恐ろしい!』


 山の魔女様も、卓上から魔紙の束を取り出して確認をしていた。

 魔紙の紐で綴じた魔紙の束。異世界について山の魔女様がまとめられた貴重なものである。

『……ございました。どうやら、異世界では、と呼ぶ症状のようですね。ほんとうに恐ろしいことです。魔法薬師の呪いには新たな薬が必要と確認がされましたら、全力で取り組みましょう。姫君は獣人王国の人族の宮中騎士にも症状が起きておりました。猿の人型獣人に変化できましても、人族ではありますから参考になります。宮中騎士も宮中医師も男性ですから、花の束を渡した人族は男女どちらであったかの記録も確認したいですね。人族であるだけでなく、国、そして性別。そこまで限定するならば、命を賭けた呪いというのも想像はできます。もちろん、卑劣な魔法薬師の心情など、理解はできませんし、したくもございませぬが』


 雪原の魔女様は、二人の博識を森も山もたいへん素晴らしいな、と褒めた上でこう言われた。

『穿った見方をするならば、性別までも指定したかった、ということか。それにしても、男女までもを選別となるとまたさらに高度な呪いとなるな。だが、魔法薬師は獣人差別が甚だしい人族であるならば、なぜそこまでしたのだろうな。人族への拒否を生じさせる呪いの魔法薬は存在するであろう? 作成じたいは罪にはならないはずだぞ。やむを得ず使用することは場合によっては認められていたはずだ』

 山の魔女様は魔紙の束を卓上に戻し、うなずいた。

『ええ。魔法法律の条項にございますね。横暴な人族から自由になりたいと望んだ獣人の使用人が魔法薬師に依頼をして使用した件では無罪とされています。美麗な獣人使用人にこの呪いの魔法薬を調合したところ、無体な雇い主から自由になれた件です。いくら美しくても、嚔、鼻水を連発されては……となったのでしょう。後日、雇い主が魔法薬の使用を知り、それに怒って魔法法律家に裁定を求めたものの、使用人への人権を侵害した雇い主のほうが罪人となりました』


『山の魔女よ、ネエネエのお手柄、涙などを吸収した布を其方が分析したら、人族への拒否の呪いなのか、花の国の人族へと限定されたものなのか、ということも分かるのだろうか』

『はい。人族への拒否の部分を確認できましたら、そちらへの対処はすぐにでも可能です。薬もございます。魔法薬師の末裔を花の国の民とするのは早計ではありますが、花の国の花の束で症状が出ましたのは、花の国の民の鱗屑などが付着していたからという可能性もございますからね。もしかしましたら、花を育てておりました花の国魔力も』

『ああ、なるほど。種族ごとの魔力の質の違い。それはあるらしいな』


 森、山、雪原。

 魔女様方の話し合いは、たいへんに充実したものとなった。

 そろそろこの話し合いも終盤かというこのとき。

 森の魔女様は、ふと、呟いた。

『呪い、か。確かにそう伝えられているし、そのように見える。だが、これが呪いではないとしたら、どうなのだろうな?』

 その呟きには、雪原の魔女様も山の魔女様も、目を丸くしていた。


 さすがに思いつきがすぎたか、と森の魔女様は二人にお詫びをする。

『ああ、ふと、な。ネエネエならば、これ、呪いだけなのですかねえ、と言いそうな気がしたものでな。すまなかった。話し合いに戻ろう』


『いえ、森の魔女よ、むしろ、感心いたしました。そのお言葉で、さらなる可能性が広がりましたよ。魔法薬師が女王陛下、当時の王女殿下に与えたものは、呪いであるのか。そもそも、呪いであるとしましても、その行いの理由は? 魔法薬師がほんとうに獣人族への差別意識から行ったことであるのか。これについて考えることは必要かも知れません』

『当時の花の国の王子の落胆と怒りは凄まじかったらしいからな。獣人族への差別意識からではないのでは? などと考えたものはいなかっただろうからな』

『……仮にいたといても、黙殺されたか。そうか、獣人差別、呪い。逆の意味も考えてみてもよいのかもな』

 山、雪原の魔女様の同意を、森の魔女様がまとめる。

 そこに、山の魔女様がさらなる発言をされた。

『もちろん、まずは人族への呪いを、でございますが。人族への呪いの薬、こちらは三人組でしたらすぐに調薬ができます。まずは布を調べまして確認をいたしまして、ピイピイに連絡をいたしますね』


『そうか、さすがは我らのモフモフ三人組!』 

 雪原の魔女様は、満面の笑みである。


『山の魔女もさすがだな。さて、雪原の魔女よ。私たちはどうしたらよいか』

『森の魔女には、花の国への照会をお願いしてもよろしいでしょうか。もちろん正式な国名ではございませんが、わたしたち当代の三人の魔女がそう述べることは国にとりましても名誉なはずです。花については、特に百合の花についてをお願い申し上げます』

『了解した。では、そうだな雪原の。其方には獣人王国の魔道具ギルドと道具ギルドのことを頼む。魔法店の店長のことだ、あの獣人王国の工房長のことがあったのだから、諸々を確認していないはずはない』

『分かった。我の水晶が活躍することだろう。あくまでも、獣人王国の任務を解決するのは、モフモフ三人組であるが』

『そうです、わたしたちは三人が無事に任務を完遂できますように』

『邪魔をするものは影ながら排除、だな』


 魔女様方の結束もまた、さらに深まったようである。


 ネエ、ガウ、ピイ! とはならないが。

 森、雪原、山。

 その思いは常に、モフモフ三人組へ。

 とにもかくにも、大切な従魔たちを最優先に。


 それは皆様、一緒なのだ。



鱗屑りんせつ……皮膚の表面の角質細胞が、薄い紙きれのように剥がれ落ちたもの。ふけ、は頭部の鱗屑のことです。

 本作ではこちらを人族や獣人族のふけや皮膚、鱗などから剥がれ落ちたものとして用いておりますことをご了承ください。

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