第24話 モフモフ三人組、氷の邸宅で初代女王陛下の碑にご挨拶をする。

 魔木まぼくが敷き詰められた木道を最初に駆け抜けたのは、黒い魔弾のような速さのネエネエだった。


「いちばんですねえ!」

「さすがです、ネエネエ。二番手でした」

「二人は速い。我は三番手だよ」

「いえいえなのですねえ。距離が短かったですからねえ。色々えいっ! とできましたら、そのときは獣人王国の広ーいところで競争をしたいですねえ。雪原の魔女様が作られた素敵な飛行箒さんとも競争したいですからねえ」

「それは、わたしもぜひにと存じます」

「うむ、ぜひとも善処いたしたい」


 しかし、やはり、と言うべきかという僅かな差であった。

 ピイピイも、ガウガウも、実に速い。

 モフモフ三人組の足、そして羽。

 獣人王国の宮中魔馬車を引く選ばれし魔馬たちの自尊心のためにも、内々にしておきたい速さである。


 広い庭には芝が広がり、豊かな緑の色が映えている。

 「こんにちはですねえ」

 「お初にお目にかかります」  

 「どうぞよろしくお願い申し上げます」

 遠くに見える碑に向かい、まずは三人組で一礼。


「ご挨拶にうかがう前に、昼のモフモフ体操をしておきましょうですねえ」

「いいですね」「うむ」 


「いち、にい、さん」「モフ」

「にい、にい、さん」「モフ」


 疾走の仕上げに、三人並んで、モフモフ体操。

 それから、ゆっくりと呼吸と魔力を整える。


「……よし、皆も我も、たいへんに良い体調だ。それでは、水分補給をしておこうか」

「はいですねえ」「ありがとうございます」


 背嚢をおろしたガウガウが二人に渡したものは、ネエネエが商業街の屋台で魔蜂蜜と蜂蜜を大量購入した際におまけとして屋台の店主からもらった竹筒である。

 底部を回転すると蓋が開き、氷の魔石を入れておくと水を長時間冷やしてくれるという道具と魔道具との合わせ技のような品だ。

 背嚢の中に入れていたので、水も魔石も新鮮そのもの。

 二人はごくごくと、ピイピイは少しずつ、しとやかに喉をうるおす。


「これもまた獣人王国道具作成ギルドの傑作。ギルドの高位者、工房長殿も獣人王国に向かっているとのことで安心ではあるが、こちらの詳細もまたいずれ、様々な調査の対象となるやも知れぬな」

「そうでしたねえ、確か、工房長さんは王配さんの候補みたいな感じでしたねえ。お姫様がいつか女王様になったときのお婿さん候補さんなのですかねえ」

「そのとおりです、ネエネエ。初代女王陛下が王女殿下でいらした頃は、花の国……ネエネエが言われたこの呼び方は素晴らしいですね。わたしもこう呼ばせて頂きましょう。花の国の当時の王子殿下も獣人王国に婿入りをされ、いずれは王配となられるおつもりでしたね。人族でしたら、寿命の関係からもお一人ではなく数人の王配となるかも知れませんが」

「まずは、姫君の呪いの確認と薬の調薬であることは間違いないが。それにしても、だ。我ら三人、お役に立てることは少なくなさそうだ。ネエネエが精霊殿にご教示頂いた初代女王陛下のご肖像を復元いたすことも大事であるし」

「ですねえ。まずは、明日の朝ですねえ。そのために、氷の邸宅さんで色々お話ですねえ。魔女様にご報告もしたいですしねえ。それでは、初代女王陛下の碑さんにきちんとご挨拶をしましょうですねえ」

「ええ」「参ろうか」


 呼吸や魔力も整い、モフモフ具合も完璧。

 ネエネエとピイピイも背から背嚢をおろし、三人組はそれぞれの羊蹄と肉球と羽とに背嚢を持ち替える。

 そして、初代女王陛下の竜角が収められた碑のそばに向かった。


「初代女王陛下、こんにちはですねえ。森、雪原、山。当代最高の魔女に仕えし三人の従魔、ネエネエ、ガウガウ、ピイピイですねえ。ネエネエでございますですねえ」

「我は、ガウガウと申します」

「わたしは、ピイピイにございます」

 改めて、きちんと礼をする三人組。


 大きくはない碑ではあるが、初代女王陛下への敬意の表れであろう、たいへんに純度の高い魔石の碑である。

 その前には、大きな花の束が供えられていた。


「ガウガウ、背嚢から赤い葡萄酒をお願いしますですねえ」

「うむ。女王陛下、御身にお供え申し上げます」

 まずは、初代女王陛下の碑にお供えを。

 さすがはネエネエ、と二人は深く感心をしていた。


 ガウガウは背嚢から赤葡萄酒の瓶を取り出す。

 ピイピイも羽で支えていた背嚢から、保存魔法がかけられた赤い花を取り出した。

「では、女王陛下、こちらを。遠き山の魔花にございます」


 そして、ネエネエも、背嚢から焼き目と切断面が美しい焼き菓子を取り出した。

「どうぞですねえ、林檎の焼き菓子でございますですねえ。ネエネエが作りましたですねえ」

「それならば、この木の皿を」

「ありがとうございますですねえ」

 ガウガウから渡された皿を羊蹄で受け取り、ネエネエがそこに林檎の焼き菓子をのせる。


 三人組は、初代女王陛下に捧げられた花の束を使わせて頂くのだからと、きちんとお礼の言葉と品々をお渡ししたのである。


 初代女王陛下のお姿にあわせた、赤の品々である。

 背嚢の力で保存魔法の加工は完璧であるが、念のためにピイピイがいま一度、と状態保存の魔法をかけておく。


「初代女王陛下、こちらの花の束にも保存魔法をかけさせて頂きます。そして、あなた様の子孫、王女殿下であられます深緋こきひ殿のご体調を改善申し上げますために、こちらをお借り申し上げ、活用をさせて頂きますことを、ご容赦くださいませ」

 ピイピイは、花の束にも美しい所作で保存魔法をかける。


「貴女様の末裔殿の御為に。どうか、よろしくお願いいたします」

「姫君の呪いの薬の調薬につきましては、この三人と、そして当代一と言われます魔女三名が補助をいたしますですねえ。どうか、お見守りくださいますようにお願い申し上げますですねえ」

 ガウガウとネエネエもきちんとした言葉でお伝えをした。


 そして、三人組は、丁寧に言葉を述べたあともしばらくの間は無言で礼をしていた。


 すると、いつの間にか、ひやりとしながらも滑らかな、清廉な魔力が込められた風が吹き、モフモフ三人組を包んでいた。


「これは……氷の邸宅を包む氷の魔石からであろうか」

「ご覧ください、碑に供えられました花の束を。百合、薔薇、日車の花……ほかにも多くの花が、さらに生き生きとしております。これは、わたしの保存魔法の効果ではございません」

「お花さんたちが初めて見たときよりも瑞々しいですねえ。女王陛下、そして、女王陛下となかよしさんだった精霊さんからかも知れませんねえ。ネエネエたちに、頑張れ、とありがとう、をしてくださったのかもですねえ」


「ネエネエがそう言うのならば」

「おそらくそのとおりなのでしょう。では、ネエネエ」

「はいですねえ。女王陛下、精霊さん、お花をお借りしますですねえ」


 ネエネエが花の束をそっと羊蹄に取り、ガウガウがネエネエの背嚢を肉球に預かる。


「初代女王陛下、ネエネエたちは頑張りますですねえ、ネエ!」

「ガウであります」

「ピイ、でございます」

 合言葉は、ネエ、ガウ、ピイ。


 そんな三人組の外套に覆われたモフモフな背中に、もう一度、風が吹く。


 それはまるで、三人組の後押しをしてくれるかのような、爽やかな風であった。





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