第23話 モフモフ三人組、図書の館で本を借りる。

「こちらが獣人王国、図書のやかたでございます」

 宮中医師専用の秘密通路を抜けると、その先は手すりのついた長い螺旋構造の階段と、本棚たちに収められた本、そして本、さらに本という光景が視界に入ってきた。

 波紋の模様が美しい天井は、たいへん高い位置に存在していて、そこに届こうとするかのように、壁一面に書棚がずらりと並ぶ。

 螺旋構造の階段の手すりは、厚く太い。

 書棚も階段も重厚で、屈強な獣人が手にしてもひびが入ることはなさそうである。

 階段の段と踏面ふみづらには数段おきに魔石が埋め込まれている。

 恐らくは、闖入者ちんにゅうしゃを排除するためのものであろう。


『あの手すりさんをするすると降りたら楽しそうですねえ。やらないですけどねえ』

『ネエネエ、なさらないことは分かってはおりますが……』

 楽しそうなネエネエと、信じておりますよ、という表情のピイピイ。

 ネエネエはそんなピイピイに分かってますですねえ、と微笑む。

『大丈夫ですねえ。やらないですねえ。やらないといけないときはやりますけどですねえ。あとは、ぐるぐるの階段さんと、本棚さん。本がたくさんですねえ。天井、遠いですねえ。ずーっと本棚さんですねえ。どこかに精霊さん、いますかですねえ』

 このネエネエの言葉には、ピイピイも心からうなずく。

『ネエネエ、また新たな出会いがあるとよいですね』


『うむ。やはり、設備一つ一つが外敵には強い国であるのだな。そして、この魔法。通路を出た我らがいきなり現れたと感じているものはいないようだ。商業街の市に向かったときと似ているな』

 ガウガウは、実直な感想を述べている。

 確かに、図書の館の周囲の獣人族たちはにこやかに三人を見ている。

 突然モフモフ三人組が宮中医師とともに登場したという印象はまったく生じてはいないようだった。

 ガウガウの言うとおり、魔法店の特別宿泊室の浴室に存在した魔力にて発生する扉から出たときと似た雰囲気である。

 これは印象操作系の魔法なのか、それとも、害のない魔力や気配ならば気にならないという獣人族の特性に寄せた魔法なのか。

 もしかしたら、新しい魔法なのかも知れない。魔法店の店主殿に詳しく聞いておくべきであっただろうか、とガウガウは思った。


『どのような傑物けつぶつが開発された魔法術式なのであろうか。興味深い』

『商業街の周囲の地域で新しく作られた魔法なのかも知れませんね』

『便利ですねえ。ネエネエも使いたいですねえ。えいえいモフモフですねえ』

 ネエネエが羊蹄を振る。ほんとうに空間に新たな通路を生じそうな勢いだ。


『……ネエネエでしたら、すぐにこの魔法も独自に習得できそうですね。ですが、習得されましたときにはくれぐれも周囲に気を付けて発動をなさってくださいね』

『確かにな』

 えいえいモフモフですねえ、とさらに羊蹄を振るネエネエ。それを笑う二人。


 やはり、周囲の視線は和やかだ。

 獣人王国が誇る図書の館に来た魔獣の子どもたちが魔法を学ぼうとしているかのように見えているのだろうか。


「皆様、お待たせいたしました」

 その声に、三人組は宮中医師のほうを見る。


「王宮とその周辺を空中からご覧になられますと、このようになってございます。どうぞこちらを。また、氷の邸宅、氷壁の館。どちらの名称でお呼び頂きましてもかまいませぬ」

 宮中医師が示すのは、図書の館の壁に飾られた大きな図であった。

 そこには、三人組が犀の獣人騎士と出会った門、そして王宮が中心に描かれ、端にはこの図書の館があり、そのまた奥の奥、長い道を経たその終点には、氷壁ひょうへきの館と記された邸宅の姿がある。

 氷の邸宅とは、宮中内での呼び方のようだ。

 きらきらと光る壁に囲まれた邸宅。

 恐らくは氷魔法を込めた魔石で作られているのだろう、とガウガウは思う。

 雪原の魔女様と過ごす氷の家は意外に暖かく、ネエネエやピイピイが泊まりに来たときも快適だと言われていた。それを思い出すような輝きである。


『雪原の魔女様とガウガウのおうちみたいなのですかねえ』

『楽しみですね』 

 二人も同じことを回想していたのか。     

 ガウガウは、喜びを感じた。

『二人にそう言われると、我もますます楽しみだよ』


「この図書の館の裏が邸宅になるのだな」

「多少の距離はありそうですが、むしろ我々にはちょうどよいくらいですね。邸宅の周囲には、なるほど、大きな庭が。これはよいですね。おや、庭には初代女王陛下の碑がございますね」

「初代女王陛下竜角の碑。なるほどですねえ。だから、お姫様は邸宅によく行かれるのですねえ」

「はい、この館を出ますと魔木の道がありまして、魔馬車で向かうことも可能でございます。初代女王陛下の碑につきましては、生え替わられた女王陛下の竜角のうち、一組が収められましてございます。最後の竜角は御身とともに代々の国王ご一家の王族墓に。そして、この図にはございませんが、この邸宅のそのまた奥には魔石の鉱山がありまして、その中にも碑が置かれてございます」

「なるほど、獣人王国において重要な場所には初代女王陛下のお姿がある、ということか」

「はい。氷壁の館、つまりは氷の邸宅にございます碑には、先般、魔法薬師の生国から贈られました花を束にしましたものを供えております。こちらは姫君が人型になられまして来訪の上、度々、状態保存の魔法をかけてございます。この花の束につきましては、皆様にお調べ頂くことができますならばどうぞご随意に、と国王陛下から言付かってございます」

『なるほど、氷の邸宅は我ら三人が花の束を調べられるようにというご配慮から選ばれた居住先でもあったのだな』

『ですねえ』

『ぜひ、活用させて頂きましょう』


「それでは、ガウガウ様、こちらに必要な図書の分野をお書き頂けますか」

 説明を終えた宮中医師は、図書の館の貸出申込書と鉛の筆をガウガウに手渡した。

「僭越ながら、私の既読のもので皆様のご参考となりそうなものにつきましてはすべて宮中医師権限で借りて参りますので、図書の館の外部利用者枠よりも多くお借り頂けます。お一人様十冊まで、合計三十冊にございます。魔法法律家であられます魔法店ご店主のご関係者ということで、外部利用者枠の最大枠にございます。もちろん、さらにご入り用というときには国王が枠の拡充をと申しておりましたので、取り急ぎ、本日はこのような形でとのご理解を頂けましたら、幸いにございます」

『ネエネエ、ピイピイ、いかがかな』

『ガウガウにお任せいたします。わたしは確認いたしたいことは先ほど確認できましたので。ですが、せっかくでございますから、魔石の鉱山史をお願いいたしましょうか』

『ネエネエは、獣人王国の王配さんについて、それからお花の国について、あとは獣人王国のお花さんについて、の本さんたちが読みたいですねえ』

『了解した』

 ガウガウは肉球でさらさらと希望分野を記し、宮中医師に手渡す。

 三人組で一番の達筆なモフモフはネエネエなのだが、なかなかどうして、ガウガウとピイピイも美しい字を書くのだ。


「お綺麗な文字でいらっしゃいますね。では、これを図書の館の受付に提出して参ります。宮中司書たちが揃えましたのち、すぐにお届けにあがりますので」


 少しだけ待つと、すぐに宮中医師は戻ってきた。


「国王陛下より宮中司書宛に、商業街の魔法店の職業体験の面々には格別の便宜を、という通達がなされていました」

「うむ、さすがのご対応だな。それでは、斑雪殿。氷の邸宅への案内をお願いできるだろうか」


「はい、あちらでございます」

 案内をされたのは、少しだけ歩いた先の小さな扉の前だった。

 宮中医師は、通路の扉を見張る宮中騎士とは顔見知りのようである。


「氷壁の館の見学のお子さんたちですか。ようこそ、獣人王国へ。宮中医師殿のご案内とは、よかったですね」

 精悍な顔つきの短毛種の犬の獣人騎士が扉を開けてくれる。その表情は優しい。 

 出入口は魔木の小さな扉だが、魔法付与などが丁寧になされている。

「はいですねえ」

「ええ、ありがたいです」

「そうですね、興味深く拝見しています」

 三人組は、にこにことして答えている。


「皆様、よろしいでしょうか。失礼ではございますが……」

 宮中医師は、小声である。

 お子さんたちという犬の獣人騎士の言葉が、偉大なる魔女様方の御使い様に対して失礼な呼びかけではないかと緊張しているようだ。


『我らは商業街の職業体験のものたち。お子さん扱いも三人ともに気に入っているのでな。気にめさるな』

『ええ』『ですねえ』


「ありがとうございます。それでは、参りましょう」

 からりという音をさせて魔木の扉が開く。

 小さな扉は、三人組には通り抜けがしやすいものであった。


 宮中医師が扉を閉ざす。

 すると、また、からり、という音がした。


「長いですねえ」

 そこには、魔木が敷かれた木道が開けていた。

「獣人の宮中騎士の足でも三十分ほどかかりますので、魔馬車で向かうことが多いのです。ただ今、宮中におります魔馬車を呼びます。少々お待ちくださいませ」


 宮中医師が腕に付けているのは、時を刻む魔道具。その中には、通信用の小型の水晶が組み込まれているらしい。それを用いて魔馬車を呼ぶつもりなのだ。


 すると、ネエネエが羊蹄を振ってその動作を静止した。

「いえいえですねえ、ネエネエたちは自分たちの足と羽で向かいたいですねえ」

「うむ、これはいい長さだ」

「ええ、羽ならしに飛ぶのにもよい距離です」

 二人もネエネエに賛成して、モフモフ三人組は似合いの藁沓わらぐつをいそいそと脱ぎ始める。

 そして、ガウガウが二人の分の藁沓を受け取る。


「すまないが斑雪殿、これを我の背嚢に入れてほしい」

「……畏まりました」

 

 そのままの姿勢で、ガウガウは肉球で背嚢を示し、宮中医師に三人分の藁沓を入れてもらう。

 

『では、斑雪殿』

『また明日の朝に』 

『ですねえ!』

 言うなり、三人組は飛び出した。

 ネエネエとガウガウは四つ足。

 ピイピイは青い羽。

 速い、速い。


「皆様、ご昼食とご夕食は邸宅の玄関に魔法陣にてお届けにあがりますので!」

 慌てて、宮中医師は叫ぶ。


『了解した、それでは、明日の朝食は遠慮をいたす!』

『そのようにお願い申し上げます』

『ですねえ!』


 あまりの速さに皆様のお耳には届かないかと思った自分の言葉を、あのお方達はお聞きくださった。


 そうだ、皆様ならば。すべてをご覧になり、そして、お聞きくださるのだろう。

 宮中医師は、改めてそう感じたのだった。


「……皆様、どうかよろしくお願い申し上げます」

 既に、豆粒よりも小さくなった影が三人分。


 宮中医師斑雪は、我知らず、深く頭を下げていたのである。



※踏面……階段で、足の乗るところのことです。

※闖入者……他人の領域に断りなしに突然入り込む者のことです。

※傑物……普通の人にはまねができないようなことをやってのける、優れた人物のことです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る