第22話 モフモフ三人組、宮中医師と話す。

「では、国王陛下、皆様、ご退出をお願いいたします。ああ、宮中医師殿にはお残り頂きたいのだが、よろしいかな」

「明朝までになにかがございましたときには、邸宅宛に紙の蝶をお願い申し上げます」

「何かのときには、こちらからも紙の鳥さんを送りますですねえ!」

 ガウガウ、ピイピイ、ネエネエ。

 ここは、獣人王国の王族の密談用の小部屋。

 モフモフ三人組は、それぞれがそれぞれらしい言葉で国王陛下、王妃、姫君を見送っている。


「はい、この度は誠にありがとうございました」

「どうぞよろしくお願い申し上げます」

「明日の朝は必ずや皆様をお待たせしませぬときにうかがわせて頂きます」

 国王たちの姿は、御使い様方への謝意に満ちていた。


 国王へ先に退出を促し、受け入れられる。

 通常であれば高位が先に下がり、あとから下位が、が当然の図式であるのだが、魔女様方の御使い様である三人組は依頼という形で国王一家に先に退出をしてもらったのである。


「はい、こちらに控えさせて頂きます。後片付けなどは私が……」


 なぜ、自分にはこの小部屋に残るようにとのお言葉があったのだろうか。

 宮中医師には、その理由は分からなかった。

 疑問はあるが、残らないということはあり得ない。そして、せめて、と思うことをお伝えしてみる。


「片付けには何も問題はない。この背嚢に入れ、邸宅にて皆で片付ければあっという間なのでな」

 肉球を振り、こう答えたのは、ガウガウ。

 御使い様方が、当たり前とばかりに黙々と卓の片付けをされ、清浄魔法をかけるなどもなされている。

 この光景をただ眺めているというのは、魔女様方の偉大さを知るものにはなかなかに苦しいものであった。


「そのとおりです。もうすぐで終わりますから、そうしましたらわたしたちの話にお付き合いください」

 歌うように華麗にこう話すのは、ピイピイ。 


 御使い様方にこのように仰られては、ただお待ち申し上げるしかあるまい。

 そのように感じた獣人王国一の医師であり魔法医師であるという以外には特に何もなく、むしろ先祖が大罪人であるという自覚を持つ人族の宮中医師、斑雪はだれ

 彼は、ただひたすらに緊張をしていた。

 宮中医師の背筋をぴしりとさせているもの、それは、せめて、敬愛する王女殿下から託された任務、皆様方をきちんとご案内するという責務を果たすのだという忠誠心である。


「国王陛下たちには先に退出頂きましたから、わたしたちはゆっくりと動きましょう」

「壁の穴さんはちゃんと塞がっていますねえ。精霊さんがさようならをしたときも思いましたが、壁に魔力で穴をあけて、ある程度の時間がきたら塞ぐ、だけど、音は漏らさないのですからねえ。初代女王陛下はすごい魔法を使われますねえ」


 国王に促され、遠くに位置していた宮中騎士団員たちも下がっているため、三人組と宮中医師はゆっくりと移動すればよい。

 確かに、そのとおりであった。


 そして、茶器などをそのまま入れても形状の変化が見られない不思議な背嚢。

 恐らく、御使い様方の御為にと偉大なる魔女様方がご用意なされた品々なのであろう、と魔法医師は室内の整えについては皆様方にお任せするべきなのだとようやく理解をした。

 よって、自分がお答えするべきは、と考えた宮中医師は、ネエネエの問いに丁寧に答えるのであった。


「左様にございます。初代女王陛下はほんとうにご立派で、魔力も知力も体力も、それ以上にお心が卓越しておられました」

 初代女王陛下がこの小部屋に残された魔法により、魔力を通すことで精霊の通路ともなる穴。

 それには、排煙のための穴という本来の用途も存在している。同時に、防音の魔法をも生じ、時がくればその穴がしぜんと塞がるのである。


「宮中医師殿、二人が言うように既に排煙の穴も塞がり、宮中騎士団員たちも国王陛下とともに下がり、ここには我らのみ。そこで聞きたいのだが、明日拝見する姫君の真のお姿、それに関連するのであるが、姫君のお体に呪いの症状らしきものが初めて現れたときのことを宮中医師殿に確認いたしたいのだが、よいだろうか」

 これが主眼であられたのか。

 そう感じた宮中医師は、さらに姿勢を正す。


「……はい。最初に姫君に症状がお出になりましたのは、我が先祖、と敢えて申し上げますが、王女殿下でいらした初代女王陛下に呪いの薬を処方した魔法薬師の生国のご使者が我が国にいらした日にございます。その日は式典のために姫君も真のお姿になられ、生国の主産業たる花を大量に頂きまして、たいへんに喜んでおられました。ところが、あれは、あまりにも突然でした。まずは、くしゃみ。そのあとは、鼻水、涙。真のお姿であられましたために、量や音も多大。姫君はそれでもご使者に伝わることのなきように隠匿なされまして、ご立派にございました」

「それは、王族として称賛される素晴らしき姿勢だ。なるほど、あちらの国の主産業は花の生産であるのだな」

 ガウガウが姫君を褒め、宮中医師は会話を続ける。


「はい、花卉かき農業が主産業で、薬草と、魔法薬のための魔草も産業にございまして、国の紋章も百合にございます」

「百合。ああ、宮中医師殿の香りですね」

「はい。左様にございます」

 ほのかに香る百合の香。宮中医師の一族が好む香りである。

 百合の花の成分が身体の毒となる種族の獣人もいるため、万が一のことがないようにと、宮中医師の一族が細かな配慮にて調香をしたものである。

 医師であり、また薬師である人物も多い一族ならではの、ほのかな香りの水だ。


「獣人王国と生国との交易が再開いたしましたときに、我々の一族もあちらの国との行き来を認められまして。それ以来、一族で使用しております。初代女王陛下の崩御なされましたのちの、私の生まれます以前の頃からでございます」

「……きっと、人族の王子様のお花の国には、百合さんがたくさんなのですねえ」

「はい、国を代表されます花にございます」

 ネエネエには何か思うところがあるようだが、大丈夫ですねえ、とガウガウとピイピイの二人へと羊蹄を振る。  

 これは、このまま会話を続けてほしいという意味だ。

 もちろん、二人にはすぐに通じた。


「失礼、続きを」

 ピイピイが続きを促す。

「はい、それでは。姫君は一時下がられたのち、真のお姿でいらっしゃるのは難しくなられましたため、人型のお姿で事なきを得られました。その後は私ではなく宮中薬師殿がおそばに」

「……そうなると、姫君のその症状が初代女王陛下のそれと近いものであることに気付いた宮中薬師が適切な治療をしなかったということなのだろうか」

「可能性はございます、が、あの方は薬師としてはたいへんに優秀な方。そのようなことはなさらないと思いますが」

「あんなにひどいことを言われましたのに」

 ピイピイがこう言うと、二人もうなずく。

 だが、宮中医師はとくに問題はないという表情をしている。

「宮中薬師殿のお気持ちを想像できるところはございます。初代女王陛下を苦しめましたものの末裔を忌避されますのは、仕方ないでしょう。人族に対しても、病人にはお優しいのですよ」


『……嘘偽りのない言葉だ』

『ぼーん、と兎さんの宮中薬師さんを飛ばさなくてよかったですねえ』

『そうですね。それでは続きをうかがいましょう。次はわたしが』

『はいですねえ』『うむ』


「そういえば、百合は猫族の獣人殿には危険なお花では?」

「はい、そうです。ですから、式典に列席する方に猫族の方はおられないかという照会は先方からもございました。此度の機会に出席されました獣人王国の皆様には猫族の方はおりませんでしたので、百合も式典会場に飾られましてございます」

「ありがとうございます、質問を続けますね。確か、呪いの症状と似たものが王族方から発症されましたのは王女殿下から数えまして約百年後。そのあとは十年後、などに数回でしたか。当時即位しておられましたのは、初代女王陛下。獣人といたしましてもご長命な竜の獣人であられましたので、陛下の在位中でいらっしゃいました。そして、今回が数百年ぶりに、しかも、初代女王陛下が王女殿下でいらしたときのようなかなり強い症状が出られた、ということでよろしいでしょうか。まさに、初代女王陛下のご症状の再来と言うがごとくに」

 ピイピイの知識は、すさまじい。


 ネエネエもガウガウもかなりの知識は学んできたが、さすがは山の魔女様の従魔、ピイピイである。

 宮中医師の表情も感嘆そのものであった。

「左様にございます。我が国のことをよくぞ斯様にお調べくださいました。誠にありがとうございます」


「初代女王陛下のような極端なご症状は、今回の姫君が初めて、そして、竜の獣人がお生まれになりましたのは獣人王国におかれましても、女王陛下以来の慶事なのでは? もちろん、後者につきましてはですが」

「ご明察にございます。女王陛下以降の王族の方々は竜の獣人にはあられませんでしたためか、嚔、鼻水、涙、痒みなど、いずれか一つの症状が苦しいというご症状にあられました」

「ならば、その一つ一つに合わせた対応で対処が可能であったと」

「左様にございます」


 ここで、ピイピイが少し言葉を休むと、ネエネエが代わりに質問をした。

「そのときは、お花の国の人たちはいなかったですかねえ」

「はい、交流が復活いたしましたのは女王陛下が身罷みまかられまして以降のことにございますので」

「分かりましたですねえ」 


 これに続くのは、ガウガウである。

「王族以外には、竜の獣人はおられず、歴史的にも女王陛下と姫君だけという認識でよいか?」

「間違いございません。私も宮中医師になりますまでに図書の館の歴史書などはすべて閲覧いたしました」

「それはなかなか」 

「素晴らしいですね」

「ですねえ」


 竜の獣人。

 それは、極めて稀な存在である。

 竜と竜から生まれるのではないため、卵ではなく母体から生まれる存在。そして、人型への変化が可能であることも、獣人と呼ばれる所以だ。

 他の種族とかかわることが少ない竜たちと親しくしていた獣人がかつての王国に存在していて、体内の魔力に竜の影響を受けたのかも知れない、とする学者もいるが、詳らかにはされてはいない。とにかく、それほどに少ない存在である。


 また、竜人は、竜の姿を尊いものとする。

 よって、人型となる場合には、自身の姿を残した人型ではなく、ほかの人族へと変身、変装をするかたちで変化をするのだ。

 竜人が自身の姿を残した人型になるのは、よほどの事情があるときのみである。

 

「……当時の王女殿下が飲まれた呪いの薬を再現することは、いかがかな」 

「できませぬ。すべての薬、記録など、魔法薬師自身が灰にしておりましたそうでございます。また、ほかのものにつきましても王子殿下のご指示により焼却対象とされたそうです。ただし、魔法薬師の遺骸は、初代女王陛下のご恩情により獣人王国にて埋葬させて頂いております」

「……遺骸を。初代女王陛下のお心の、なんと素晴らしきことでしょう。そして、それならば、調べられますものは当時からこれまでの獣人王国の対応でございますね。やはり、図書の館に連れて行って頂くのがよいということでしょう。そうでした、謹慎中の宮中薬師殿が姫にお出しした薬は?」

「そちらは確保してございます。調薬方法も確認できます。また、姫君ご自身も保管をしておられました」


『これだけお話ができましたら』

『うむ、図書の館へと移動をする、でよいのではないか?』『ですねえ』


 それならば、とガウガウが確認をする。

「宮中医師殿。図書の館に向かうのはこのままこの小部屋を出て、外には出ずに宮中を進んでもよいのだろうか」

「御使い様、そのとおりでございます。邸宅にも、そのまま図書の館から通路を繋いでいらして頂けますので、皆様にたいへんにお似合いの藁沓は、そのままお召しくださいませ」

 ガウガウは、その説明に満足をした。

 そこで、宮中医師にこのように伝えたのである。


殿、今この時より、我々のことはぜひとも名前でお呼びを。獣人王国の方々は役職がある方はそのようにという取り決めがあるならば無理にとは申しませぬが」

「いえ、役職で呼び合いますのは、かつての獣人王国の獣人たちは毛の色や目の色、魔力の気配から個人を識別しておりました名残にございます。ですから、皆様に名前をお呼び頂くことには些かの支障もございません。名誉にございます。ですが、私が皆様を、といいますのは……」

 あまりのことに、狼狽をする宮中医師。


「じゃあ、ネエネエたち偉大なる魔女様方の御使いが、獣人王国宮中医師にして宮中薬師代理であられる斑雪殿にネエネエたち三人の名を呼ばうことを許しますですねえ!」

 やはり、このネエネエの明るさは、周囲を照らす。

 二人も、ネエネエに続くようにして、言う。


「うむ。同格たるガウガウと」

「ピイピイも、許可をいたします」

 ネエネエは、笑顔。

 そして、二人もまた、笑顔である。


 魔女様方の御使い様から名呼びの許しを頂いたこと。これは、宮中医師が宮中薬師の代理を務めると決定をしたことに異を唱える者がいたときに、大きな後ろ盾となることだろう。

 あとは、獣人王国に潜む人族の差別主義者よけということも三人組、特にガウガウは考慮をしているのかも知れない。


「では」「はい」「ですねえ」

「畏まりました」


 宮中医師斑雪の心は決した。

 感謝の気持ちを込めて、深く、深く一礼。

 そして、三人組の魔力を背に受け、小部屋の側壁に触れ始める。


『こちらでございます。宮中医師が医学書を持ち出すときには図書の館への秘密通路を使用することを許されておりますので、ただ今、この扉を宮中医師の秘密通路に繋げましてございます。本来の入り口は、宮中内の私の私室からとなりますものです。先ほどお話がございましたとおり、邸宅からの秘密通路は存在いたしませぬが、御使い様方でしたら、図書の館と邸宅に到着なされましたのちに、転移陣をお描きあそばされましたらよろしいかと存じます』


『ありがとうですねえ! じゃあ、これ、あげますねえ!』

 ネエネエが背嚢をおろし、羊蹄を入れる。

 そして、宮中医師へと、二枚の魔法陣を差し出した。

 魔法店の店主とともに再現をした、あの魔法陣である。


『これを使うと、宮中の門の近くに飛べますですねえ。裏に返して使いましたら、商業街の近くに飛べますですねえ。二枚あげますから、何かのときに使うといいですねえ。もとはお姫様が描きました転移陣ですから、御使い様の陣ではないので大丈夫なのですねえ』

 獣人王国の姫が描き、魔法法律家と御使い様が復元なされた魔法陣。

 当然だが、かなりの価値である。


「……よろしいの、ですか?」


 そうとうの価値の魔法陣。

 こういうときはこの御方だ、と宮中医師はガウガウを見る。

「斑雪殿ならば大丈夫だろう。ネエネエはきちんと相手を見ているのでな。ああ、ちなみに、返してもらったとしても、もう其方以外のものには使えぬぞ。御使い様が宮中医師殿に差し上げたことを、ただ今、魔紙がそう認識をしたからな」

「そうですね。それから、そちらは服の隠しに入れても大丈夫ですよ。丈夫な魔紙ですから」


「……ありがとうございます、ネエネエ様、ガウガウ様、ピイピイ様」

 力強い言葉で礼を言う宮中医師が隠しに手をやるのを見たピイピイは、改めて念話で伝えた。

『斑雪殿が既に隠しに入れておられます、そちらを包むとよいですよ』


「……皆様、誠にありがとうございます」

 宮中医師は、特にピイピイの青い姿に向けて、深い礼をした。


『ピイピイ、宮中医師さんに何かお話をしたのですねえ』

『はい、お二人にもいずれ、お話ができますときに』

『うむ、そのときに』 

『ですねえ』

 きっと何か大切なことを伝えたのだろう。そう、ピイピイなのだから。


 ガウガウもネエネエも、それ以上は聞かずにそれぞれの背嚢を背負う。

 ピイピイの背中には、もとから小さな青い背嚢がのせられている。


「では、お願いいたそうか」

 ガウガウがこう促す。


「承知いたしました」

 宮中医師斑雪は、その言葉に、強い意思を込めた声で答えた。



※花卉……鑑賞の対象とされる草花のことです。

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