第20話 モフモフ三人組、小部屋でお茶を出す。
「御使い様方御自らが、手ずからお茶をお出しくださるのですか?」
獣人王国王族の密談用の小部屋。
そこにいることを許された穏やかな風貌の宮中医師は、それはさすがに、と言葉を続けてしまいそうになるのを控えることができた自分にほっとしていた。
ほっとしたあとは、そのまま、御使い様方に茶をお出しするのは立場的に医師である自分ではないのでしょうか、という気持ちで国王たちのほうを窺う。
国王たちもまた、モフモフ三人組、つまりは御使い様方が自ら進んでお茶を入れようとされている様子を驚きつつ眺めていた。正しくは、眺めることしかできないのである。
ここは、必要最低限のものしか存在しない密談用の小部屋であるため、茶器などは置かれてはいない。
もともとは初代女王陛下をお助けした宮中薬師の部屋であったため、作り付けの収納棚なども存在してはいる。調薬の道具やその材料などの収納棚だ。
そして、かつての宮中薬師が王女殿下または女王陛下にお茶をお出しすることなどはあったろうし、そのための茶器なども入れられていたことだろう。
現在はそのような用途ではなく、国王または騎士団長として、王妃ないしは宰相としての密談を行うための小部屋であるため、そういったものは用意されてはいない。
お茶と茶菓子。先ほど、御使い様がそのように仰せられたそのお言葉。
獣人王国にご足労頂いたことはもちろん、姫の来室の遅れという不手際。それ以外にもたいへんなご迷惑をおかけしている御使い様方からのご所望。
当然のことである。
むしろ、お茶の一つさえご用意してもいないこちらをお責めにならないのは寛大なる御使い様方のご配慮、とそう考えていた獣人王国国王、大猩々の獣人、千波。
そうであるからこそ、国王自身も信頼のおける調理担当者に一級の茶と茶菓子を早急に用意させて、通路奥に控える騎士たちに受け取りに行かせようとしていたのだ。
さらに、それをお出しするのは立場的には宮中医師であるのだが、姫でも王妃でも、さらには国王たる自分がさせて頂いてもよいのではないだろうかとも考えていたほどである。
もちろん、この密談が終了したらおもてなしをさせて頂きたいという思いは国王も王妃も存分に持っており、それに気付かない三人組ではないのだが。
だか、それはそれ、とばかりに御使い様方、つまりはモフモフ三人組はどこ吹く風。
嬉々として、お茶の支度をしている。
「安全安心、おいしくてもっふり、な魔法店店主さんが作ってくれましたお菓子ですからねえ。店主さんの一番信頼されている店員さんもお手伝いですねえ。おいしい魔蜂蜜もお出ししますからかけたらさらにおいしいですからねえ。蜂蜜のほうがいい方は仰ってくださいねえ。ピイピイとガウガウが入れてくれますお茶は最高ですしねえ。楽しみですねえ」
ネエネエは、うきうきモフモフ。
特別宿泊室のことはさらりと流して、魔法店店主とその第一の部下が焼いた焼き菓子のおいしさと、それからピイピイとガウガウ、二人が入れるお茶の素晴らしさを語っている。
「国王陛下、まずは、こちらをお返しいたします」
ガウガウは黙々モフモフと小さな額を国王に返し、それから静かに卓の上に背嚢をおろし、蓋を開き、取り出した焼き菓子を並べ始めている。
胡桃、杏、干し葡萄などがふんだんに入れられた、美しい焼き色の菓子たち。
その菓子たちを並べている食器は、簡素ながら、きちんとした
それから茶葉の缶と、魔牛乳の瓶を数本ずつ取り出す。
すべての品には状態保存の魔法がかけられており、品質は魔法店の店主たちが用意をしてくれたときとなんら変わらない。
卓上にあるのは、瓶の外側に水滴も付いていて、ガウガウの背中に一晩以上背負われていたとはとても想像できはしない、つい先ほど運ばれてきたとしか思えない新鮮さの魔牛乳の瓶である。
それから、持ち手の付いた小鍋と焼き物の急須と匙と茶漉し。魔布の敷物が卓に置かれた。
「皆様、魔牛乳で煮出したお茶でよろしいだろうか」
ガウガウの問いに、獣人王国の全員は黙ってうなずく。
『魔牛乳で煮出した茶はよいが、まさか、御使い様方が準備をするとは思わなかった、ということだろうな』
『ですかねえ。でも、ピイピイもネエネエもちゃんとお話したですよねえ。国王様たちとのお茶ですから、いつもはお作法とかがたいへんなのですかねえ』
『まあまあ、ネエネエ。それでもこちらの国は緩やかでございますよ。大丈夫ですから、さあ、続けましょう』
「魔法の使用許可を頂いておりますので、安心して魔法を使えますね」
そう言い、ピイピイは小鍋を羽で包み込む。
「手伝いますですねえ」
「ありがとうございます、では、茶葉の缶を開けて、匙で山盛りにすくってこちらの小鍋にお願いいたします」
「了解ですねえ」
ネエネエは茶葉の缶を開け、匙ですくい、適量をピイピイが持つ小鍋に入れる。
「ありがとうございます。次は水を」
「はいですねえ」
ネエネエは水の瓶の蓋を開け、茶葉がひたひたになるくらいまで丁寧に水を注いだ。
ふだんであれば、これらはピイピイとネエネエ、またはガウガウとの間ならば会話などすることなく行う動作である。
だが、今はこのようにしていますよという様子を獣人王国の国王たちに見せるために、一つ一つの工程を口にしているのだ。
そして、ピイピイが茶葉と水をいれた小鍋を風魔法で浮かせる。
「ガウガウ、お願いいたします」
「心得た」
小鍋は、ガウガウが広げた肉球の平の上に飛んだ。
無詠唱の炎魔法。
ガウガウの肉球から小さな火が現れ、小鍋を温めている。すると、すぐに水は沸騰をした。
ガウガウが魔布の敷物の上に小鍋を置き、それを受けてネエネエが重なる魔木の皿のいちばん上の皿を羊蹄に取り、小鍋の蓋として重ねる。
『よし、あとは三分ほど。ここは砂時計で測らなくてもよかろう。ではネエネエ、この小部屋には煙を通路に出す、窓のようなものはあるだろうか。ネエネエなら分かるのではないかな』
『はいですねえ、分かりますですねえ。さっき、精霊さんがおねむになったときにそこからさようならをしましたねえ』
よっこらモフモフ、とネエネエが羊蹄を使ってしたーん、と跳び、壁の最上部に触れることで微量の魔力を流した。
すると、壁には小さな穴が生じた。
四角く、穴と呼ぶにはきれいに開いた穴。
窓のようでもある。
何ごと、と思う国王たちではあるが、御使い様をお止めする理由がなかった。
そして、ネエネエは静かに床に降りる。
すぐに、ピイピイが説明をする。
「これは、煙を外に出すための排煙の穴です。初代女王陛下、もしかしましたら王女殿下が当時の宮中薬師殿とお茶を楽しまれたときに魔法で生成されたのでしょう。相当量の魔力を込めると現れます。これは、精霊殿の通路でもあられるのでしょう。おそらくではありますが、音声の隠匿の魔法もかけていらしたのでしょうね。ですが、皆様はご心配でしょうから、宮中医師殿、扉を開けて通路に出て、扉を閉めてください。閉まりましたら、ネエネエ、何か声を出してください」
『ピイピイ、ネエネエは分かりましたですねえ』
『お願いいたします』
ピイピイとネエネエは念話で確認をしあう。
「畏まりました。確認をさせて頂きます」
国王がうなずくのを確認した宮中医師はすぐに動き、扉を開けて、また静かにそれを閉ざす。
「ですねえ!」
扉が閉まると同時にネエネエが叫び、宮中医師が再び扉を開けた。
「確認をいたしました。一切の音が聞こえませぬ」
「これで安心ですね。これでだいたい三分ですか、ネエネエ、次は魔牛乳の瓶をお願いいたします」
「はいですねえ」
ネエネエが魔牛乳の瓶の蓋を開けて、ちょうどいい量を小鍋に入れる。
そして、ピイピイはもう一度小鍋をガウガウのもとに風魔法で送る。
「よし、この程度であろう」
今度は、かなり小さめの炎だ。
小鍋の中身を混ぜるのは、ピイピイの風魔法である。
茶葉と水と魔牛乳。
泡がぽつぽつとしてきて、沸騰しそうになったとき、小さな炎が消える。
また魔布の敷布の上に小鍋が置かれた。そして、また皿の蓋をして三分待つのだ。
「国王陛下たちは葡萄酒になさいますか? 赤も白もございますよ。白はすぐに冷やしますからご心配なく。ただ、
『国王陛下、そして騎士団長にあられる千波殿。工房長の誘拐未遂の件などについては、いつどこでお話したらよろしいだろうか。それとも、委細が魔法店店主殿から報告されているのだろうか。この問いについては、心中で考えを述べてさえくれればこちらで思考を拾いますのでご安心を』
ガウガウは背嚢から追加の焼き菓子を出しながら国王のほうをちらりと見た。
この内容は国王とのみ話すべきだ、とガウガウが感じた内容である。
『恐れ多くも、魔法店で生じましたことは店主殿より魔法法律家の御文にて、細かくご報告頂いております。偉大なる魔女様方のご確認もございました。工房長の件につきましては、こののちに姫と姫の警護のものたちに細かく聞き取りをいたします』
御使い様はここまでお考えであられたのか、と頭を下げるのをこらえて国王そして騎士団長は思考する。
『ところで、工房長殿はまだ戻られないのだろうか』
『魔法店店主殿から伝書の
『……ふむ、了解した。貴国の大切な国民であり、道具造りの要の一人、そして、王配候補であるのが工房長殿か。本件の手引をしたものにはまだ確証はないのだな。了解した』
『そのようなことまでご推察頂けたのですか』
『工房長について、我らに話したいと感じておることを読ませて頂いたのだ。もちろん、今後はこのようなことを行うならば許可を求めるので、今回のみとご了承頂きたい。そして、王配候補については姫君はご存じなのだろうか』
『多少は、という程度でございます。兄王子もおりますし。また、お伝えいたしたいことを私の心中からお読み頂きましたことにおかれましては、むしろありがたきことにございます』
『そのように申して頂けるのはありがたい。では、ここまでにしよう。そうだ、最後にもう一度。ほんとうに葡萄酒でなくてよいのかな?』
『それでは、赤葡萄酒をお願いいたします。王妃は白葡萄で。申し訳ございません』
『斯様に、遠慮せずに申して頂くことが嬉しいのだよ』
既にネエネエが背嚢から赤葡萄酒と白葡萄酒の小瓶、それから碗を取り出していた。
魔牛のチーズと、魔豚のハムも。
あとは、氷魔法で白葡萄酒を冷やし、残りの人数分のお茶を用意するだけだ。
そのようにしていたところ、三分が経過した。
「ちょうどよい時間です」
ピイピイが、茶漉しで小鍋の中身を漉す。
たいへんによい香りだ。
こちらの茶葉は、特別宿泊室でガウガウが入れた、魔花の茶葉だ。繊細かつ主張のある魔花香は水や魔牛乳とともに温めても、その存在をきちんと示してくれる。
よいお茶や茶菓子、そして酒と肴。それらは心を豊かにしてくれる。
そして、我にはよい友、よい仲間がいる。
ガウガウは、思う。
よい王族たちとその宮中医師の心もまた豊かになればよいな、と。
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