第19話 モフモフ三人組、姫君と会う。

 密談用の小部屋で姫君の到着を待つ間、モフモフ三人組は念話で会話をしていた。


『あれ、精霊さん、おねむですか。またね、ですねえ。ガウガウ、ピイピイ、精霊さん、少しお休みになるそうですねえ』

『初代女王陛下の二枚目の肖像画のことをお伝え頂いたので、安心をされたのだろうか』

『目を覚まされましたら、またネエネエのもとにいらして頂けるといいですね。わたしも、人型の女王陛下のお姿を描きました絵画を再び精霊殿のお目にかけられますように、努力をいたしたいです』

『ですねえ。ピイピイとガウガウなら大丈夫ですねえ。だから、肖像画さんはきっと大丈夫ですが、なのですねえ。あのですねえ、宮中医師さんは人族ですよねえ。お薬はこれからネエネエたちが頑張りますですが、お姫様が今ここにみえたら、はくしょん! で困らないですかねえ』

『確かにそうかも知れませんね。ですが、こちらに宮中医師殿が列席されますのは、国王陛下が決められたことにございますよね』

『ああ。国王陛下には、なにかお考えがあるのかも知れぬ。それでは、もしものときはネエネエ、背嚢の中のものを頼みたい』

『はいですねえ……あ、ですねえ。ガウガウ、額をお願いしますねえ』『心得た』


 初代女王陛下をお助けした宮中薬師が描かれた額を自分の羊蹄からガウガウの肉球へと預けるネエネエ。

 そして、そのままネエネエが背中の背嚢をおろそうとしたときのこと。


 ふいに、魔紙が一枚、小部屋の床に落ちたのである。


『魔法陣ですねえ』

 ネエネエは、瞬時に魔紙の正体を見抜いていた。


 そう、それは、魔法陣。

 魔石を内包した床に魔紙が触れたとき、影のような姿が現れ、やがて、人の形になっていった。

 姫君は、秘密通路ではなく、転移の魔法陣で小部屋にやって来たのである。


 靴の踵が床に触れるか触れないかという瞬間、美しい所作で礼をして、国王と王妃の近くに歩みを進める。


 そして、二人の間の位置に着くと、またもう一度、三人組への優雅な礼の姿勢を取る。


「お待たせいたしましたこと、誠に申し訳ございませんでした。獣人王国王女、深緋こきひにございます。我が国へのご来訪に、心からの感謝を申し上げます」


 ぴんとはねたような左右の竜角りゅうかくとドレスの形状からうかがえる尻尾から、竜の姫君であることが分かる風貌。

 赤い髪、赤い目の、人型の竜の獣人。


 こきひ。深い緋色。

 確かに、三人組が獣人王国で見た中で、最も女王陛下の赤に近い赤色の鱗だ。

 酷似、ではないが、そう、国王と王妃の王族の騎士服よりも赤かったあの竜の少女よりも赤い、鱗の赤色。

 そして、生き生きとしていて、快活そうな、それでいて賢そうな、美しい女性である。

 服装は高級な布地ではあるが、ドレスの下に二股のズボンを合わせてあり、動きやすそうである。

 深靴の踵が少し高いところも洒落ていた。

 華美な支度で賓客を待たせたというよりは、できるかぎり時間を節約しながらも、御使い様方に失礼のない相応の支度をしたという雰囲気である。


『……お姫様、ご病気、なのですかねえ。お元気がたくさんですねえ。よいことなのですがねえ。あと、人型の竜さんなのですねえ』

『ああ、人型の……竜の少女、ではなく、女性だな』

『魔力も、かなりのものですね。あの少女と比較いたしますと……』

『二人とも、やはり我と同じ推察であったか』

『ええ、商業街で遭遇いたしましたあの竜の少女が姫君であられるのでは、と考えておりました』

『ネエネエも、あの竜の少女さんがお姫様かと思いましたですねえ。精霊さんがまだここにいてくれていましたら、聞けたのですがねえ』

『精霊殿は気まぐれでいらっしゃるからな。焚き火の番をしていたら炎の精霊殿と舞い踊り、宮中では美術や芸術がお好きな精霊殿にお目にかかれる、そんなネエネエがすごいのだよ』

『ええ、ガウガウの弁のとおりですね。森におりました頃には、本の精霊殿とも友誼を結んでいらして。ひとえに、ネエネエのあたたかなお人柄ゆえにですよ、素晴らしい。この宮中にもきっとたくさんの蔵書がございますから、ネエネエでしたら、獣人王国の本の精霊殿ともお話ができるかも知れませんね』

『えへへですねえ。二人に褒められると、とくに嬉しいですから、照れ照れモフモフを我慢するのがたいへんですねえ。精霊さんのお友だち、たくさん増えたら、ネエネエ、とっても嬉しいですねえ』

 ネエネエは、親友二人からの心からの称賛が嬉しくてたまらない。

 それでも、自分は森の魔女様の名代なのだからと、きりりとモフモフをしてみせている。


 すると、そこに、姫君からの言葉が聞こえてきた。

 声は、あの竜の少女に似ていた。

「皆様方におかれましては、わたくしのために……」


 ネエネエたちの許可を得ずに挨拶以上の会話を始めようとした姫君を、国王がたしなめる。

「いかがしたのだ、姫よ。皆様方に失礼であろう」

「申し訳ないことをいたしました、御使いの皆様方、国王陛下、王妃様」

 深く頭を下げる姿には、王族の気品がある。

 あの少女にも、仕える者に与える強い眼差し、すなわち、上に立つものの品が存在していた。


『ピイピイ、お姫様の使用済みの魔法陣を確認したいので、お願いしますねえ』

『畏まりました』


 ピイピイが風魔法を使い、ネエネエのそばに魔法陣を送り、ネエネエはそれを羊蹄に取る。

『やっぱりですねえ。あの魔法陣の描き方と同じですねえ。お姫様は、やっぱりあの少女さんですねえ!』

『そうですか、では、恐らく騎士たちと思われましたあの一団は、店内で姫様と言っていたのですね』

『おそらくは。不用意なことだが、それは姫君ご自身が注意をされるべきことであろう。我々は、さて、これからどうしたものかな』

 竜の少女のときと、今のこの姿は健康そうに見える。 

 この広いとは言いがたい室内でも、人族である宮中医師がいるにもかかわらず、呪いも発動してはいないのだ。とりあえずは、よかった、と言うべきか。


 だが、これからどう話を進めようか。

 ガウガウがそう考えていると、姫君の魔力が高まる気配を感じた。


『……皆様方は、御使い様であられたのですか。魔獣国の高貴な御方々かと思ってございました。申し訳なく存じます』

 なんと、姫君の念話である。

 これには、三人組も、こっそりとびっくりモフモフである。


『お姫様の魔力、すごいですねえ?』

『我々が、我々以外には伝えようとはしていない細かな念話までも聞くことが可能なのか?』

『これは、すごいですね。あの竜の少女のときとは魔力の質が異なりますよ』


『いえ、たいへんな集中を要してございます。このような念話をしぜんになされまする皆様方は、やはり、卓越されたお方たちにあられます』

 姫君の念話は振り絞るかのようであり、会話のように巧みな三人組のものと比べると、格段の差であった。

『無理をしてはいけない。念話は停止して、会話をなさい。偉大なる魔女様方の使いたる我々三人が、許可をいたす。また、我々の立場を誤りしことも、不問である。むしろ、我々の魔力を捉えたことを誇るとよい』

『ええ』『ですねえ』

 『ありがたきお言葉を頂戴いたしました……』


 誠にありがとうございます、と無言で頭を下げる姫君。

 そして、姫君は国王と王妃に話しかけた。

「国王陛下、王妃様」

「いかがした、姫よ。皆様方からまだお話のご許可を頂いてはおらぬぞ」

「いえ、皆様方は念話にてご許可をくださいました。そして、御使い様方は、わたくしのこちらの姿をご存じなのです。そして、皆様には、その節にたいへんなご迷惑をおかけいたしました。わたくしは、そのお詫びを申し上げたいのでございます」

 言うなり、姫君は商業街で出会ったあの赤い鱗の竜の少女へと変化した。

 服もまた、姫君の体型に合わせて変化をしていた。姫君の魔力に合わせて形状を変えられる衣装なのだろう。


『……段階変化ですね』

『宮中医師殿は室内にいるが、姫君の呪いはいかがしたのだろうか』

『ネエネエたちが見て、お話もした、あの赤い竜の少女さんですねえ!』


 三人組は念話で会話をし、国王と王妃は話し合う。

「……姫の警護のものたちから、姫が翼で空を飛び、国外に出たと聞かされた、あのときか。魔石の流出調査は確かに予定されてはいたが……」

「魔法法律家であられる商業街の店主殿からご報告を頂きましたが、御使い様方が遭遇されました魔石を探していた一団とは、姫のことなのですね」

 国王と王妃は、いかがしたものか、という表情である。


「はい、このお姿の姫君でございます。残されました魔法陣の痕跡もございます。魔法店の店主殿とともに再現をいたしました魔法陣と、先ほどの来室の陣の描き方は共通していました」

 こうなれば、仕方ない。

 とりあえず、我らが話を進めねばとガウガウが会話に入る。


 だが、ガウガウの言葉に、姫君は笑顔になってしまった。

「わたくしの魔法陣を再現くださいましたの?」

 御使い様たちに魔法陣を認めて頂けたのかと、笑顔を浮かべそうになる姫君。


「姫様、発言のお許しを頂いたとはいえ、御使い様方の御前でございますよ」 

 ここで、ようやく宮中医師が口を開く。

 確かに、そのとおりである。

 さすがに、姫君も笑顔を抑えた。


「国王陛下、王妃様、私が御使い様方にご説明申し上げましてもよろしいでしょうか」

 宮中医師が国王たちに確認を取るのを見たガウガウは、これは好機であると感じた。


「我らはかまいませぬ。むしろ、お願いをいたしたい」

 ガウガウが、会話の主導権を握り直す。

 たずねたいことは多々あるが、今はとにかく、情報を。

 話を聞きたい。三人組の気持ちは固まっていた。


「御使い様方、恐縮ながらご説明を申し上げます。姫君は、先ほどの人型、ただ今の竜の少女のお姿と、それからもうお一つのお姿、巨大な竜にもなられるのでございます。魔力を大量に必要といたしますので、頻繁には変化をなされませぬが。そして、それが、姫君が人族への呪いに苦しまれておりますお姿に存じます。本日は二つのお姿でございます。ですから、私はこちらに控えさせて頂けましたのです」

 それは、実に分かりやすく、そして、意外な真実であった。


『……びっくりですねえ。ほんとうなのですかねえ。宮中医師さん、ほんとうのことを言ってくれて……いますですねえ。』

『段階変化、しかも三段階ですか。かなりの集中とはいえ、わたしたちの念話に入るほどの魔力でございました先ほどの姿の姫君でしたら可能でしょうね。そして、魔石などの交易の際に、名君と謳われたであろう初代女王陛下のお姿に似た赤き竜の姫君がおられたほうがよろしいという状況は生じるかも知れません。もちろん、姫君が真のお姿になられることは稀でありましょうが』

『うむ』


 国王が静かに三人に向かって話し始めた。

「御使い様方、ただ今宮中医師が申しましたことは、獣人王国国王、千波の心身すべてを賭けて、真実にございます。このような事由から、姫の症状をお見せしますためには、広き場所が必要になります。よって、姫の病状を皆様にご確認頂きますのは明日の朝でもよろしいでしょうか」


 王妃もまた、国王に続く。

「皆様方は王宮にお泊まり頂くよりも、ご自由に寛げる場がお好みと、魔法法律家でもあられます魔法店の店主殿の書状でうかがっております。王宮の離れに、かつての王族が使用しておりました邸宅がございまして、そちらはいかがでございましょうか。雪や氷の魔法が巧みで冷気を好みました王族が暮らしましたそちらには、氷と冷水を用います浴槽などもございます。湯の仕えます浴槽ももちろん揃えてございます。そして、広き庭も」

『それはいいですねえ』

 ネエネエは、にっこりモフモフだ。


「なるほど、広き場所。そこでならば、姫君のご病状も確認させて頂けるのですね」

 にこにこのネエネエに微笑み、ピイピイが確認をする。

「ありがたく存じます。それでは国王陛下、その際には、我々の護衛は遠慮ではなくご辞退を申し上げたいのだが。正直に申し上げますが、国王陛下と王妃様、そして先ほどあのお姿の姫君。お三方であれば、我らがお守りしなくても問題ございませぬでしょうが、騎士団の騎士が警護に就いてくれますと、有事の際には我らが騎士たちを守る形になりかねませぬ。身の回りの世話も、我らはもともと偉大なる魔女様方にお仕えするものですから、必要ございません。可能ならば、我々が王国内の市場や店に通うこと、邸宅内で調理を行うなど、獣人王国での自由な魔法の使用につきまして、ご許可を頂けましたら幸いです」

 ガウガウが重ねてこちらの要望を伝える。

 これならば、警護なしなどという特殊な滞在になったとしても、国王が三人組からの要望にこたえる形になるであろう。


「ご配慮誠にありがとうございます。離れとは申しましても王族の邸宅ですので、設備は整えてございます。市場などは、どうぞご自由に。お使い頂きます銀貨などはすぐにご用意をいたします」

「いいえ、既にかなりの金額を前金として頂戴してございますので。もしも足りないなどのことがありましたら、必ずお伝えいたします。微力ながら、お国の経済を回す一助になれましたらと存じます」

 ガウガウの言葉がまとまった。


 ここで、すかさずピイピイが質問をする。

「ぜひ、そうさせて頂きたいです。確認ですが、その離れには、秘密通路はございますでしょうか」

 これに答えたのは、姫君だった。

「ございません。わたくしも、魔法陣か、空を飛びまして……失礼をいたしました、発言をご許可頂けますでしょうか」


 ガウガウは、深くうなずき、そして、和やかな口調でこう伝えた。

「改めて、姫の発言を許します。そして、我は魔熊ガウガウ、こちらは強く頼れる素晴らしい二人、魔羊ネエネエと魔鳥ピイピイです。雪原、森、山。偉大なる魔女様方にお仕えする従魔、魔女様方の名代として、我々は姫、あなたをお助け申し上げたいと考えております」

「そうですねえ、頑張りますですねえ」

「よろしければこのまま打ち合わせもいたしましょう。その前に、お茶を出しましょうね」

「お菓子も出しますねえ!」

 ピイピイとネエネエも、たいへんに柔らかい表情である。


「厚きご配慮、誠にありがとうございます。ガウガウ様、皆様方、そしてこちらにはおられませぬが、魔女様方、そして、魔法法律家にあられます魔法店店主殿にも深き感謝を。姫と皆様との初対面ののちが、きものになりますように」


 獣人王国の姫が護衛の目をすり抜けて、商業街に。

 その理由は、主産業である魔石の流出調査。しかも、まだここでは話されてはいない魔法店での件などもある。

 獣人王国にとって内々にすべきものを、御使い様たちは守秘としてくださるおつもりなのだ。


 小部屋内の国王と王妃、そして姫君。さらには、宮中医師も。

 在室する獣人王国のすべてのものが、魔女様方の御使い様、従魔様方のお心遣いに、ただ黙して頭を下げるのであった。


 実はこのとき、宮中医師だけは、秘かに緊張をしていた。

 その理由は、御使い様方にお茶とお菓子をご用意するのは立場的に自分であろう、お茶をお出しすることにはあまり慣れてはいないが、なんとかしてみせよう、否、せねばなるまい、と決意をしていたためなのである。



※竜角……竜の角のことです。


※ネエネエが本の精霊さんとお友だちになりましたときのお話はこちらになります。

 短編『魔羊ネエネエとララ・ライフ』でございます。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093079728341261

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