第18話 モフモフ三人組、招かれざるものに会う?

「国王陛下、王妃様、魔女様方の従魔様方がお見えになられたと! なにゆえにこの宮中薬師をお呼びくださらないのですか!」

 小部屋の扉を開けて自分を出迎えてくれた宮中医師には一瞥を与えるのみで、慌ただしく入室したのは、短毛の兎の獣人であった。 

 小柄で、伸びた耳や茶色の毛の外見はかわいらしいが、なかなかに激しい気質のようである。


『慌ただしいあの宮中薬師さん、この小さな絵に描かれた宮中薬師さんの末裔さんなのですねえ。兎さんと兎さんなのですねえ』

『ネエネエ、すごいな。我はそこまでは存ぜなかったよ。ところで……秘密通路の経路は、やはり宮中医師殿のものとは違う路のようだな』

『ええ、宮中医師殿の経路は室内に、宮中薬師殿は室外に繋がっておりましたね。それにしましても、ネエネエ、宮中薬師殿の出自をよくご存じですね。わたしもそこまでは理解をしておりませんでした。素晴らしいです』


 ガウガウとピイピイに念話で褒められ、ネエネエは照れ照れモフモフになりそうなのを我慢していた。

『いえいえですねえ、ネエネエも今知りましたですねえ。精霊さんがお話をしてくれたからですねえ』

『精霊殿が』

『はいですねえ。先ほどの精霊さんですねえ。この宮中の美術品や芸術品がお好きなのですねえ。あの女王陛下の肖像画がとくにお好きで、この小さい額もご存じでしたねえ。それから、さっきも言いかけましたが、あの大きな肖像画には……』

 ネエネエがすっ、と額を持たないほうの羊蹄を上げて、初代女王陛下の肖像画を指し示そうととしたそのとき。


「こちらの肖像画、初代の女王陛下であられます三代目国王陛下の呪いを解きました薬師の末裔たるわたくしをこの場にお呼びくださらないばかりか、この、人族の宮中医師などを呼ばれますとは!」

 宮中薬師の大きな声が聞こえてきた。


 この暴言には、ネエネエはもふん、としてしまう。

「宮中薬師さんは姫様の呪いを改善するお薬を作るよりも自分専用のお薬作りに熱心ですからねえ。そのような薬師さんはこの場にふさわしくないと国王様が考えられたからですねえ」

 ネエネエの言葉に、国王はうなずく。それを見て、ネエネエは言葉を続ける。


「精霊さんに聞きましたから知ってますですねえ。宮中薬師さんの自分専用のお薬は、毛育てのお薬ですねえ。この額の絵画に描かれたご先祖様、立派な宮中薬師さんが長毛種さんだから、短毛種である自分の毛をもっともっと長くしたいのですねえ。でも、毛の長さは立派さではないですねえ。立派さでしたら、王宮の皆さんの許可をきちんと頂いてお休みの日には城下町に臨時の相談室を開いているこちらの宮中医師さんを見習うべきですねえ」

 ネエネエが、ぼそりと言う。

 ネエネエにしてはひじょうに珍しい、呆れたような雰囲気である。

 ねえ、が国王陛下公認になったのでネエネエの弁舌は軽快だ。


「これはこれは、御使い様にあられますか! なんと素晴らしい、皆様のふんわりとしたお姿! 薬につきましては大いなる誤解にございます! まだ皆様はご覧になってはおられませぬが、姫様のあのご反応は、呪いなどではございませぬ、そう、です! それに、この宮中医師の城下町での相談室など! その行いはまさしく、庶民への人気取りなのです!」


『何か投げてもよいものは……』 

『背嚢、探りますかねえ』

『魔法のほうがよいでしょう。それならば、証拠が残りませぬよ。秘密通路の出口は既に把握をいたしましたから、お帰り頂いても大丈夫です。魔法の使用許可は、魔女様方の御使いの権限を行使いたしましょう』

『よい考えだ』『さすがのピイピイですねえ』

 宮中薬師が小部屋へと到着するために使用した秘密通路。その通路の出口は確認できたので、こっそりと宮中薬師を部屋に返してしまおうかと三人組は相談をしていた。

 すると、国王の右手が大きく振られた。


「正しき、だと? 姫があのように苦しむ姿を、正しきと申すのか! そもそも、秘密通路の使用は火急の際のみ。軽々けいけいに使うとは何ごとぞ! お前の姫の薬への対応は問題視されていたし、御使い様からは貴重な証言を頂いた。己の私欲での調薬とは、片腹痛し! それにひきかえ、宮中医師の行いは民からも感謝の辞を得ている。我々が許可した民への善行を否定するとは、王族に対する翻意とみなされても文句は言えぬぞ!」

 国王が鋭い声を放つ。

 赤い騎士服に包まれた太い腕は、さらに厚くなったかのようである。 


 その声の響きに、宮中薬師は縮み上がり、小柄な体をますます小さくさせた。

「……国王陛下、いえ、姫様は人族に対してあのようになられますので、それはこちらの初代女王陛下のご反応と同じくてですね……」

 まだ弁解をしようとする宮中薬師の言葉を、国王は断じた。


「黙れ。すぐにここから去れ。姫の呪いのためにいらしてくださった御使い様方にも、派遣のご許可をくだされた偉大なる魔女様方にも、そして、初代女王陛下にも失礼極まりない。よいか、今後、許可無く通路を用いることは許さぬ。であるぞ、ゆめゆめ忘れるな。それから、ばれておらぬと思うていたのか。貴様の秘密通路の私用の可能性、既に報告がなされておるぞ。育毛の毛髪薬の開発のこともだ。重ねて言う。ただ今より、宮中薬師の任は宮中医師に兼ねてもらう」


 ここまで言われても、宮中薬師はまだ反論を試みた。

「そんな、陛下! その人族は、薬師にはなれぬ定めにございますのに!」


「……その人族、ではない。宮中医師、斑雪はだれである。貴様は、自室にてしばし謹慎せよ。その間、秘密通路の使用はもちろん、宮中薬師としてのあらゆる権限は剥奪するので、そのつもりでおれ。毛髪薬の再度の開発など、もっての外ぞ!」

 強い声ののち、国王は自ら扉を開け放つ。

そして、かなり遠い位置に待機する騎士たちに向かい、大きくはないがたいへんに響く声で伝える。

「待機のものたちよ、入室を許す。このものを連れて行け!」

「はっ!」

 宮中薬師が使っていた秘密通路ではなく、通常の城の通路に待機していた騎士団員たちが数人入室をして、騒ぐ宮中薬師を無理やりに退出させた。



「誠に申し訳ございませぬ」

「たいへんに失礼をいたしました」

 騒ぎが落ち着き、扉も閉められ、静寂が戻る。それとほぼ同じ頃に、国王と王妃は揃って頭を下げていた。


「……女王陛下と同じご反応を正しい、とは。失礼ながら、なぜあのようなものが宮中薬師という地位に? 確かに、先祖殿は功臣こうしんでいらしたでしょう。ですが、国王陛下が認められた宮中医師殿を蔑むなど。不敬ではありますまいか?」


『なるほどですねえ』『ネエネエ、精霊殿ですか』 

『はいですねえ』

『分かりました、ガウガウ、失礼をいたしましす』『うむ』


「国王陛下、こちらの国では精霊殿のお言葉はどのように捉えておいででしょうか」 

「ピイピイ様、我が国でも初代女王は精霊の皆様と会話をされたという伝承もございます。お言葉をうかがえるものは今の代にはおりませぬが、もしもお話をうかがえるならば、ありがたきことにございます」


『聞きましたか、ネエネエ』

『はいですねえ』

「……こちらの宮中医師さんは、王女様だった頃の初代女王陛下に、獣人さんにだけ反応する呪いの薬を飲ませた犯人の魔法薬師さんの末裔さんなのですねえ。だから、薬師さんにはなれないのですねえ。それからですが、獣人王国では、魔法薬師さんも薬師さんも、皆さん薬師さんなのですねえ。これはすごいのですねえ」


「……そのとおりです、ネエネエ様、精霊殿様。当時は王女でございました、初代女王であります真朱まそほに呪いをかけました人族の国の魔法薬師。その薬師は命と引き換えに呪いの魔法薬を作りましたために、発覚後は既に絶命をしておりました。当然と言いましょうか、恋仲でいらしたもののお互いのためにと別れを決意された人族の王子はそれだけでは許さぬと、魔法薬師の一族全員を処罰すると言われたのです。それを、懇願なされて獣人王国への流刑りゅうけいとされたのが王女でした。実際には亡命です。ほかの人族の移住者と変わらない、またはそれ以上の待遇としたそうです」

 ネエネエに説明をする王妃は、少しだけではあるが、目を潤ませていた。


「はいですねえ。刑が発表されましたその頃には、もう王女様は獣人王国に戻っていたのに、わざわざ人族の国に行かれたのですねえ。くしゃみたくさん、お鼻ずるずる。涙べしゃべしゃ……。呪いはまだ続いていますから、人族の前では、そんなふうでした。それにもかかわらず、そのお姿を省みずに、お別れしたくなかった大好きな王子様にお願いする王女様に、王子様は魔法薬師の一族全員さんを託されたですねえ」

「ネエネエ様、全て、古き書物にございますとおりでございます。そこから獣人王国への人族の移住がさらにさかんになりました。獣人王国には人族からの理由なき差別などを経験しましたものもその時代には多かったのでしょう。当人の罪ではないものたちを受け入れますことは、獣人族たちにはしぜんのことでありましたようです。にもかかわらず、当代の獣人族にあのような思考のものがおりますのは、我々王族の不徳にございます」

 国王が再び頭を下げようとするのを、ガウガウは肉球で制止した。


「いや、王族の皆様はあらゆる種族の民から敬いを持たれている。初代女王陛下のお心を立派に継いでおられます。悪いのは先ほどのあのものでしょう」

「ですねえ。この絵の兎さんの宮中薬師さんは、宮中医師さんのご先祖さんたちともなかよしでしたものねえ」

「そこまでご存じとは。はい、表立っては伝わってはおりませぬが、王女殿下、そして即位されましてからは女王陛下のお薬を協力して開発しておりました。宮中医師の先祖は医師と、魔法医師として協力を。お言葉のとおり、我が国では薬師が魔法薬師でもありまして、医師は魔法医師でもございますので。努力のかいがございまして、獣人族の中でも長命であられます竜の獣人でいらした女王陛下の在位中には小康状態になりましたことから、他国の人族との商売もまた可能になりました。もちろん、恋仲でした王子のお国とも」


「陛下、発言をお許し頂けますか」

 ここで、宮中医師が発言の許可を求め、国王は三人組に確認をとる。

 モフモフ三人組はもちろん、とうなずいた。


「構わぬ。皆様がお許しになられた」

「ありがとうございます、御使い様方、国王陛下。恐れ多くも王女であられた御代みよの初代女王陛下は、我が先祖が犯した罪につきまして、一族が背負いすぎることはありません。その知識を我が国で生かしてください。と仰られたのです。このお言葉に一族全員は感涙いたしまして、王女様のお国のために、と一族はできるかぎり、獣人王国の医師そして魔法医師、その補助職となるべく、一丸となり邁進いたしました。薬師、これは薬師にして魔法薬師でございます、この資格も取得はいたしまして治療や治癒には役立てますものもおりますが、かつて魔法薬師が犯した罪を生涯忘れぬようにと、今後一族は薬師を名乗ることは許されないと一族の総意として、また、己が意思でそう決めてございます」

「そういう意味での許されない、であったか。意味合いがまったく異なるではないか」

 そして、ガウガウが言葉をはさんだ。


『つまり、宮中医師殿が宮中薬師を兼任されることに、問題はないということなのだな』

『ええ。魔法医師、そして魔法薬師の資格もお持ちなのでしょうね』

『すごいですねえ』 


「なるほどですねえ。宮中医師さんのご先祖様たちは女王陛下をすごく尊敬していたですねえ。罪を犯した人と、一族の方たちは違う。素晴らしいお考えですねえ。それにしても、さっきの宮中薬師さんは、人族を軽んじるところもよくないですねえ。そんなふうに人族を軽んじる人たちが、女王陛下の人型のお姿を描いた宮中画家さんを叱ったのですねえ。だから、困った宮中画家さんが女王陛下に相談をして、人型の女王陛下が描かれていた絵画に女王陛下が保護魔法をかけたですねえ。その上に竜の獣人騎士のときのお姿を描きましたから、この自画像は絵画二枚分なのですねえ」


 ネエネエの言葉に、国王は驚きながらもこうたずねる。

「……なんとおっしゃいましたか、ネエネエ様」

「さっき、お話しようと思いましたですねえ。お邪魔が入ったから、今お話しましたですねえ。精霊さん、人型の女王陛下も大好きだったから、またお姿を見たいそうですねえ。女王陛下の魔法だから、多分、そちらの絵画もきれいだと思うそうですねえ」


 王妃は、たいへんな笑顔になった。

「それは、我が国にとりましては、素晴らしき発見にございます。ありがとうございます、ネエネエ様、精霊様!」


「よかったですねえ。もしも、絵画を一枚一枚にするなら、ピイピイに魔法をかけてもらうといいですねえ。ピイピイは繊細な魔法が素敵なのですねえ」


「なんと……ピイピイ様、よろしいでしょうか」 

 国王の言葉に、ピイピイは一礼をする。

「……万が一の際に魔女様方、わたしたちに責を問われることはなさらないでくださいますならば、わたしでよろしければ」

「もちろんでございます!」

 国王は、すぐに返事をした。

「では、ガウガウも共にお願いいたします」

 ピイピイがそう言い、ガウガウがうむ、と答える。ガウガウの補佐があれば、肖像画は完璧な仕上がりになるだろう。


 初代女王陛下の肖像画が、もう一枚。

 これは、獣人王国の、歴史的な大発見となるだろう。


 室内が、先ほどとはうって変わって明るい雰囲気となった頃。


 宮中医師の眼前に、ひらり、一片の赤い花が舞う。


「……皆様、お待たせをいたしました。姫様の支度が終了いたしましたようでございます」


「それは、姫の部屋に飾られております薔薇の花弁にございますわ。お待たせをいたしました。ただ今、姫が参ります」


『ついにですねえ』

『ああ』

『そうですね』

 ついに、という二人の言葉にうなずきながらも、ピイピイは見逃さなかった。


 宮中医師が、姫の到着を伝えた赤い薔薇の花弁をとても大切そうに握っていたことを。



※功臣……国や主君に対してとくに功績のあった臣下のことです。

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