第17話 モフモフ三人組、国王陛下に面会。

「ようこそ参られました、偉大なる魔女様方の従魔様たちよ。獣人王国国王、千波せんぱであります。こちらがお願いいたしましてから一月になるかならないかのこのような早期にいらして頂けますとは。誠にありがたく存じます。そして、姫の不在、心よりお詫びを申し上げます。実を申しますと、恐縮ながら、ただ今皆様方にお会いするための準備をしてございます。姫の体調の急変などではありませぬ」

「お目にかかれましたこと、厚く御礼申し上げます。王妃そして宰相にございます、茅花つばなと申します。王が申しましたとおり、姫の不在は体調による事由ではございません。誠に申し訳なく存じます。姫は必ず参りますので、どうぞお待ちを」

 獣人王国国王と王妃は、ともに姿勢を正して椅子から立ち上がり、魔女様方の従魔であるモフモフ三人組を待ってくれていた。


 獣人王国の国王は大猩々おおしょうじょうの獣人で、王妃は馴鹿じゅんろくの獣人であった。

 国王は筋骨隆々、逞しい体躯の精悍な獣人。 

 王妃は馴鹿特有の雌にも生える角が見事な、かつ、清楚な雰囲気の獣人である。

 王妃であり宰相であるとは、王妃は王政の補助と国王不在時の采配を取れる人物ということであろう。

 国王も王妃も、肩章けんしょうが施されたりっぱな騎士服と深靴を身に着けていた。

 騎士服の色は、先ほどの王宮の門の番をしていた犀の獣人騎士が着用していたものよりもさらに濃い赤色である。

 

 小さな室内ではあるが、天井、壁に塗り込まれた魔石の力はそうとうなものである。

 これならば、国王と王妃とが安全に密談をすることもできるだろう。


 それにしても、ほかには人がいない。

 ガウガウは、騎士団長殿は……と少し考えると、結論が出たらしく、納得をした。


『ネエネエ、ピイピイ、お二人の言葉に偽りはない。姫君はどうやらご無事なご様子。そこでだ、我が先にご挨拶をしてもよいだろうか』

『どうぞ、わたしも真実であられると感じました』

『ですねえ。お姫様はお支度がたいへんなのですかねえ。ネエネエたちが、いきなり王宮さんに来ましたからですかねえ。でも、呪いのせいでたいへんでないならよかったですねえ』 

『そうかも知れぬな。ご体調のことは我々が姫君にお会いしてからということなのだろうか。とりあえず、このやり取りは陛下たちは聞いてはおられぬようだ。我々はこのまま念話での会話は継続いたそう』

『そうかも知れませんね。会話につきましても了解いたしました』

『お姫様、お元気ならいいですねえ。お話、分かりましたですねえ』


「少人数での面会へのご配慮、誠にありがとうございます。雪原の魔女が従魔、魔熊のガウガウと申します。国王陛下からいつでもとお伝え頂いてはおりましたが、突然参りましたのはこちらです。姫君のご体調、嬉しく存じます。我らは姫君のご到着をお待ちいたしますのでどうかご安心を。ところで、宮中医師殿からは騎士団長殿がこの場におられるとうかがいましたが、騎士団長殿とは国王陛下でいらしたのですか」


 国王はおお、と目を細める。

「ガウガウ様、ご挨拶ありがたく存じます。そして、ご明察にございます。私よりも強いものがおらぬために取りました策であります。王妃が宰相をつとめますのも、私が不在の際に有事を決するためにございます。そして、王妃もまた、私とともに騎士団に籍がございます。我が国は外国との交流は魔石や魔道具、道具などの売買と有事への騎士団員の派遣がほとんどでございますから、なんとか両立をしております。実は、以前にもそのような王が即位をしておりました例がございまして」


「騎士団長がこちらにおられますのは警護のためと思っておりましたので、理解をいたしました。王妃様、宰相殿のご説明もありがとうございます。そして、以前とは、王女であられましたときに最初の呪いを受けられました国王陛下のことでございますね」

「左様にございます。初代の女王でもございました国王にございます。どうぞ、あちらの壁をご覧ください。肖像画がございます」


 魔石の質を置いておくならば、王宮の部屋にしてはこじんまりとした室内。

 そこには、材質は素晴らしいが地味さは否めない椅子が数脚と、卓と、壁にかけられた魔石で作られた額に入れられた肖像画のみが存在する。


「初代女王は、獣人としては最強と言われます種族、竜の獣人にございました。赤き鱗の、義勇の将でもありまして」

「よい肖像画にございますな」

『……この赤色は』『似てますね』『ですねえ』


 女王陛下であられた、赤い鱗の竜の獣人。

 その鱗の色は、商業街で出会った竜の少女の鱗の色にも似ていた。


『あの竜の少女の鱗の色は、国王ご夫妻の騎士服の赤色よりは濃く、この女王陛下の鱗のお色よりは薄かったか』

『はい、そうでした』

『ですねえ。どちらもきれいな赤い色ですねえ』


 肖像画の女王陛下のお姿は、慈愛のこもる赤い目を持ち、力強い体をしておられた。

 宮中画家が心を込めて描いたことが分かる素晴らしい絵画だ。

 国王や王妃と同じように肩章の付いた騎士服の姿で描かれている。


『おや』

 騎士服の色が国王たちとは異なる黒色なのは、女王の鱗の色が赤だからであろうか。

 ガウガウはそう考えた。


「女王陛下の騎士服は、国王陛下たちの騎士服のお色とは異なるのですね」

「はい。初代女王の没後にそれまでの黒色から赤色の騎士服へと変更になったそうです。我々が着用しております初代女王に近いこの赤色につきましては、騎士を兼ねました際の王族がこの濃い赤色をとされております。騎士服を通じまして、王族が初代女王のお心をさらに深く学べますようにと」


「確かに、濃い赤色ですね。そうだったのですか」 

 言われてみると、国王陛下と王妃の騎士服は多少薄くはあるものの、初代女王陛下の鱗の色に似ている。

 そして、その王族の騎士服の赤色よりも濃い、あの赤い鱗を持つ竜の少女。


『……あの少女が姫君であられるかと思っていたのだが、果たしてどうであろうか』

 ガウガウは、あの竜の少女のことを思い出していた。

 すると、ネエネエが不思議そうな顔をしているのが見えた。


『ほうほう、ですねえ』

『……いかがしたのだ? ネエネエ』 

『竜の女王様の肖像画の隣にも、小さな額に入った絵があるんだよ、と精霊さんが教えてくれていますねえ』

『そうか、ありがとうネエネエ』 


 姫君にお目にかかれば、あの竜の少女のことも分かるはずだ。

 ガウガウは、そう考えた。

 ならば、まずはこの場のことを、と国王にたずねる。


「国王陛下、初代女王陛下の肖像画の近くに、小さき額がございますね」

「よくお分かりになられましたね。はい、女王がまだ王女でした頃、呪いを受けた際に尽力したと伝えられます薬師の肖像画です。この小部屋はその功績で薬師が宮中薬師になりましたときに当時の国王から下賜された部屋なのです。王女の治療の継続、そして、女王としての即位後は、呪いがまだ解かれていないことをできるかぎり内密にするために、秘かに治療に通うための小部屋となったのです。その後、宮中薬師が亡くなり、女王の指示により宮中薬師の肖像画が置かれまして、そしてまた女王の没後にはこのように大きな額の肖像画がここに飾られました」

 国王が、小さな額をガウガウに差し出した。

「拝借いたします」

 ガウガウはそれをネエネエに渡す。


『長い毛の兎さんの獣人さんですねえ。この人が初代女王様をお助けしたのですねえ』

『ネエネエ、精霊殿もそのように仰っているのですか』

『はいですねえ。あとは……』

『いや、今は待つのだ、ネエネエ』

 ネエネエが精霊の話を聞こうとするのを、ガウガウは肉球で止める。


『……ネエネエ、ピイピイ、そして、精霊殿。気付いただろうか。姫君ではないものがこの部屋に近付いている。明らかに獣人の、多分男性だ。なかなかの魔力量だな。まあ、我々が何かせずとも、国王ご夫妻がいらっしゃればなんの問題も無いほどだが』

『精霊さんもそう言ってますねえ。では、国王様たちにお伝えしますですかねえ』

『そうですね、おや、宮中医師殿が』


「国王陛下、こちらに宮中薬師殿が向かっております。いかがいたしますか」

 ピイピイが気付いたとおり、宮中医師は国王に確認をしていた。

 どうやら、宮中医師は魔力の気配を探ることができるようだ。国王が三人組の案内人とした理由であったのかも知れない。

 そして、宮中薬師。

 先ほどの話にも出ていた宮中での薬師職で、宮中第一の薬師のことである。


 国王はううむ、と顔をしかめた。


「……これは、従魔様方にたいへんな失礼を。私が直接宮中薬師のもとに参ります」

「いえ、国王陛下、こちらに招いて頂けますか。宮中薬師殿は、恐らく隠し通路を使用してございますね。我々もその出入り口を確認したいのです」

「ガウガウ様がそう仰いますならば。お二方もよろしいでしょうか」


「はい。では、先にわたしもご挨拶を。山の魔女にお仕え申し上げます魔鳥のピイピイにございます。そのようにお願いいたします」

「森の魔女にお仕えいたします魔羊ネエネエです……ねえ。ガウガウの申しますとおりにお願い申し上げますですねえ」


「ピイピイ様、ネエネエ様、お言葉、承りました。ネエネエ様のご出立ののちに、森の魔女様から魔法陣に託された書状を頂戴しております。ネエネエ様、どうぞ、お言葉はそのままにお願いいたします。それから、宮中医師よ、すまぬが薬師の出迎えを頼む」

「畏まりました」

 国王からピイピイとネエネエへの言葉があり、それから、宮中医師とのやり取りが行われた。


「それでは改めまして、ガウガウ様、ピイピイ様、ネエネエ様。獣人王国にお越しくださいましたこと、深く御礼を申し上げます。そしてどうぞ、ご着席を」

 すると、王妃は礼をして、三人組に椅子を勧めてくれた。


『よかったな、ネエネエ。森の魔女様は素晴らしきお方だ。さすがは我が主と山の魔女様の同等のお方』

『ええ、そのとおりです。やはり、ネエネエのねえ、は素晴らしいですからね』

『ですねえ……! お役目、頑張りますですねえ!』 

『ガウ』『ピイ!』


 勧められた椅子に着席をしたモフモフ三人組。

 そこで、森の魔女様のネエネエへのお心遣いを知り、三人組は改めてお役目への気合を入れるのであった。


 とりあえず、招かれざる来訪者にも一応は会っておく。  

 そして、そのあとは三人で姫君にお目にかかるのだ。 

 そうすれば、きっと、色々なことが分かるはずである。



大猩々おおしょうじょう……ゴリラのことです。

馴鹿じゅんろく……馴鹿はトナカイのことです。

野生の雌のトナカイの落角(角が落ちること)の時期は妊娠しているかしていないかで異なりますが、こちらの世界の馴鹿の獣人の雌はある程度抜け落ちる時期を自らの意思で選べます。

肩章けんしょう……官職や階級を示すために制服(礼服)の肩に付けるしるしのことです。

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