第二章 モフモフ三人組、獣人王国へ。
第14話 モフモフ三人組、空から獣人王国へ。
『昨日は楽しかったですねえ。ネエネエは箒に乗りながらシャキシャキのお野菜と魔豚のハムを挟んだパンをもぐもぐしましたねえ。飛ぶのに慣れたら、舌を噛まずにもぐもぐができるようになりましたねえ。でも、やっぱり、お話は念話が楽ですねえ』
飛行用箒操縦者のガウガウ、次にネエネエ。そして、ピイピイはガウガウの頭の上に。
実は、この飛行用箒、モフモフ三人組の重さに耐えられるばかりか、雪原の魔女様のお力で、箒の
それは、乗り手が座ったときにはほどよい柔らかさに変換されるようになるというものだ。よって、乗り心地も快適。
ほかにも実は……という加工があり、モフモフ三人組の空の旅は、実に快調だ。
楽しげなネエネエの言葉に、ピイピイがうなずく。
『そうですね。三人で空で語り合うことができて、感動いたしました。空での昼食も楽しかったですし。パンとハムもですが、瑞々しい魔草も美味でした』
ガウガウも、軽く首肯をする。
『雪原から魔法店に飛んできたときは我とピイピイの飛行路は異なっていたので、機会があるならばピイピイとともに飛びたいと思っていたのだよ。それが、ネエネエとも一緒にとは、嬉しいものだ。食事については、我は、焦げ目のついた魔豚のハムと魔牛乳のチーズを挟んだパンの味に驚嘆した。一緒に挟んだ葉野菜の爽やかさもよかった。焼いていない魔豚のハムと魔草を挟んだものも美味であったし、そのあと、皆で一度草原に降りたのもよい経験であった』
『草原、楽しかったですねえ。あと、そう言えばですがねえ、ピイピイには飛行許可がいらないのですかねえ』
『はい、必要ございません。わたしは魔鳥ですからね。たとえば、飛竜殿は大きいので、許可がいります。小さな飛竜殿や子ども飛竜さんでしたら、大丈夫かも知れません。実は、飛行する魔獣は、竜のような大きさでなければ飛行許可はいらないのですよ。飛行用の箒も普通でしたら許可申請の必要はないのですが、この箒は飛行距離と速さが普通の箒とは格段に違いますから、念のために許可申請が必要と雪原の魔女様がお考えになったのだと思います』
『なるほどですねえ』
すると、珍しいことに、ガウガウが少々困ったような口調でこう言った。
『雪原の空を軽く飛ぶくらいなら許可がいらなかったので、つい失念してしまったのだよ』
『大丈夫ですよ、ガウガウ。ですが、店主殿が稀な資格所有者でいらしたのは僥倖でしたね』
『確かに。ネエネエに駆けてもらうのは申し訳ないから魔馬車で、となったであろうし、いずれにせよ、地を行くことになっただろう。斯様に、皆で空を飛べるのは稀であるからな』
『ですねえ!』
魔法店から丁重に見送られ、昨日からはこのようにずっと箒で飛んで飛んで、のなかよしモフモフ三人組。
モフモフが三人、箒に乗って飛んでいく。
見かけたものたちもなんだか穏やかな気分になるような、そんな光景である。
飛行用箒としての速さが速すぎること以外は。
その速さから、なるべく地上のものたちを驚かせないようにと高い位置で飛行していた三人組なのである。
昨日、魔法店を出発したあとは、今回の赴任先である獣人王国へと一気に向かう飛行用箒の上に乗ったままで、ガウガウの白い背嚢から昼食を取り出して三人で食べるという体験もした。
そのあとは少し休憩を、と草原に降りて魔牛乳瓶で魔牛乳を飲み、それから草原に寝転んでみたり、昼間のモフモフ体操を三人揃ってモフモフモフ、と行ったりもしたのである。
そんなふうに楽しい移動をした三人は、昨日は野宿も経験していた。
『草原のあとは、またびゅーんと飛びまして、お空にお星さまがきらきらした頃、遠くの平原に降りましたねえ』
『ええ。周囲の安全をきちんと確認してから、大地を焦がさぬようにわたしが強化魔法をかけて』
『我が魔法で火を起こし、焚き火でハムやチーズを焼いて、パンにのせて』
『三人で食しまして、赤葡萄酒も頂きましたね』
『そのあとは、たくさんおしゃべりを楽しんで、二人におやすみなさいを言いましてから、ネエネエが踊りながら火の番をしましたねえ。ピイピイはガウガウのモフモフでおねんね。ネエネエは、モフモフフカフカフワフワの踊り、楽しかったですねえ。炎の精霊さんが来てくれましたですねえ。たくさん踊りましてから、精霊さんにさようならをして、お星さまを見ていました。きらきら、たくさんでしたねえ』
『さすがはネエネエだ。さぞや、炎の精霊殿たちも楽しんでくださったことだろう。それにしても、明け方近くに我が火の番をと交代したが、深夜の火の番はやはり大義であったのでは? 今日は、朝食を取り、出発したそのあとは箒の上で睡眠を取ってもらったが、ネエネエ、体調はどうかな?』
『ガウガウ、ネエネエの気分は爽快ですねえ。箒の上で眠りますのはどきどきで楽しかったですねえ。さすがは雪原の魔女様の作られた箒さんですねえ、魔力を通した相手を落とさないようにしてくれますからねえ』
『ああ。だからこうしても大丈夫だ』
ガウガウにしては稀有なことだが、ふざけたように箒をくるりと回転をしてみせる。
確かに、上下逆になったのに、三人組は落下したりはしない。これもまた、雪原の魔女様の特別な加工の一つ。
ガウガウの頭の上のピイピイもだ。
まるで、ぴたり、と箒に張り付いているかのよう。全員の背中の背嚢までも、である。
『速いですねえ。ネエネエ、いつかこの箒さんと勝負がしたいですねえ』
『ネエネエの本気の走りか……。興味深いな』
『この箒殿とならば、わたしもお願いしてみたいですよ。飛竜殿とどちらが速いでしょうか。……おや、お二人とも、そろそろ獣人王国の領空ですね。先に飛んで見て参りましょうか』
ピイピイが先に飛ぼうかとしたとき、地上からの声がした。
「おーい、そこの箒の
魔道具を用いている様子もないのに、大きな声を上げる、おそらくは獣人王国の騎士団員。薄い赤色の簡易騎士服を着用していた。
人型の獣人の青年らしい。黒い耳が、頭部の上のほうに付いている。
『この場を任されている騎士団員だろうか』
『失礼、お二人とも。少しだけ、空の上でどうぞお待ちを。このままここに浮いていらしてくださいね』
可憐な青い小鳥、ピイピイがガウガウの頭の上から地上に降り、獣人の青年の近くまで行き、またすぐに戻ってきた。
『当然ながら武器などは携帯してはおりますが、敵意はございません。体力はかなりのものですが、魔力につきましては、わたしたちが念話で会話をしましても問題ないでしょう。あの国境詰め所の中にはほかの人員もおりますが、そちらも大丈夫です』
『ありがとう、ピイピイ』『ですねえ』
「魔法法律家様の
『ああ、なるほどな』『さすがは店主殿ですね』『ですねえ。でも、一応ですねえ』
御使い。さすがの魔法店店主だ。
王宮から国境に向けて仰々しく迎えを、などとならないようにという配慮だろう。
ネエネエが一応ですねえ、と、黒い背嚢を背から下ろし、飛行許可証を差し出す。
「はい。確認いたしました。ご丁寧にありがとうございます。ようこそ、獣人王国へ。こちらは、国外から来られた方をこの国境詰め所にて確認をいたしました証でございます。お帰りになります時には、またこちらにお返しくださいね。ほかの国境にお出し頂いてもかまいませんよ」
手渡されたのは、木製の札だ。
『小さな魔石が入ってますねえ』『うむ』『そうですね』
「この札に入っている魔石は、獣人王国のものです。ほかの国から獣人王国にいらして頂いた証明書です。魔法法律家様の御使い殿にそのようなことはあまりお願いしないとは思いますが、国境の札を確認したいと言われましたらお見せ頂けますとありがたいです」
「分かりましたですねえ」
『……あの工房長は獣人王国の民なので、ここを通ったとしても、札の確認はないな』
『そうですね。それに、別の国境を通ることを強要された可能性もございますね』
『聞いてみましょうですねえ』
ネエネエは、いかにも好奇心旺盛な魔羊の子どものように、青年に尋ねた。
「……騎士さん、騎士さんは獣人王国の騎士さんですかねえ?」
「嬉しいな。実は、そうなんだよ。簡易騎士服なのに、よく分かるね。さすがは魔法法律家様のところのお子さんたちだ、賢いなあ。僕は人型の獣人で、穴熊の獣人なんだ。いつかは、宮中騎士団に所属できたらと思っているんだよ。顔も体も獣という獣人の騎士には憧れるけれど、僕は僕だからね」
穴熊。狸に似た獣で、体格の割に声が大きい。だから、魔道具なしでもあのような大声だったのだ。
獣型の獣人に憧れる、それは体格の問題など、騎士としては無理からぬことなのかも知れない。
ネエネエの様子から、青年騎士は口調も親しみやすいものに変化させて、ネエネエの問いに答えている。
「ご立派ですねえ。今は国境警備をされていますからねえ、頑張ってくださいですねえ。ところで、獣人王国の皆さんが国境を越えるときはこの札はいりませんよねえ?」
「そうだね。王国民の証明書を確認して、台帳に名前を書いてもらって、魔力印をもらうんだよ」
魔力印とは、魔石で作られた特別な
『……ネエネエ、さすがだな』『そうですね。巧みな演技ですね』
「その台帳は、騎士団で確認するのですか?」
ピイピイも、小鳥のような表情で聞いてみる。
「年に一度、獣人王国に配置されているすべての国境のものを照らし合わせて確認するよ。ただ、先月がその時期だったから、しばらくは、特別なことがなければわざわざ確認はしないけれどね」
『……確認時期を知っていたものが、黒幕の可能性が出てきたな』
『はい』『ですねえ』
「飛行用箒の試し乗りが終わって時間があったら、お城の見学に行くといいよ。少し前までは姫様が辛いご病気で苦しんでいらしたので王宮見学を休止していたけれど、すごいお医者様か薬師様がお見えになることが決まったみたいで、見学がまた再開されたんだ」
騎士団員は、笑顔でこう言った。
『……ですねえ?』
姫様が辛いご病気で苦しんで。
ネエネエは、危うく声に出しそうになるのを必死に抑えた。
それはおかしい。
姫様は人族に対する呪いが発動しただけであり、紙の蝶に書かれた内容も、そのような深刻な記述ではなかったはず。
『ネエネエ、我も、そこまでのご病状とは聞いてはいない』
『わたしもです。とりあえず、ここを失礼しましてからです』
三人組は気になることを聞いて、少しだけもふり、としたものの、平静を装った。
『分かりましたですねえ』
『確かに気にはなりますが、とりあえず、どこかで服装を整えてから王宮に参りましょう』
『そういたそう。だが、その前に、すまない。あと一つだけ、確認しておきたいことがあるのだが』
『どうぞ』『ですねえ』
二人は、ガウガウを見守った。
「騎士殿、獣人王国のお姫様は、国民の皆様から親しみと敬愛を持たれている存在と聞いておりますが」
「うん、そのとおりだよ。あの逞しいお体、お優しさ。素晴らしい方だ。君たちも遠くからでもお姿を見られたらよいのだけれど。それ以外にも、この国はよい国だよ。ぜひ、獣人王国を楽しんでね!」
「はいですねえ!」『……逞しい、ですねえ?』
「ありがとうございます」『分かるぞ、ネエネエ。だが、ピイピイの言うとおり、人気のないところで着替えて、王宮へと参ろう』
「騎士様もお気をつけて」『とりあえず、急いで参りましょう』
三人組は羊蹄と肉球と羽を振り、国境の詰め所をあとにした。
どうやら、姫様の外見は、三人組の想像とは違っているようである。
だが、とりあえず。
ネエネエが、二人に向かって笑顔を向けた。
『ですねえ。とりあえず、獣人王国さん、こんにちはです、ネエ!』『ガウ』『ピイ! です』
姫様のかつてのご病状。そして、そのお姿。
気になることはあるが、とにかく、三人組は到着したのだ。
だから、こんにちは、獣人王国。
最初の一歩は、揃って、三人で。合言葉とともに、である。
※印判……印の古い言い方です。
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