幕間1 魔女様方は秘密の話し合い。
『……どうだ、素晴らしいだろう。ネエネエが編んでくれた、ネエネエの半分の大きさの編みぐるみだ。浄化魔法を付与したネエネエ自慢のモフモフな冬毛。本物を別にしたら、最高だ。そして、おまけに付けてくれた夏毛のサラサラネエネエ編みぐるみは枕にもなるという素晴らしさ。もちろん、ネエネエがネエネエを編む様子は映像水晶に納めたぞ。モフモフがモフモフを編む。最高だろう? おい、雪原の、山の、なぜ沈黙を? いや、ちゃんと、映像水晶に納めることについてはネエネエからの許可を取ったぞ!』
偉大なる魔女様方のうちのお一人、森の魔女様は、ネエネエが今回の任務のために旅立つ前に残していった魔羊毛編みぐるみの自慢に忙しい。
もうお一人たる雪原の魔女様が魔法の付与を行った結果、かなりの時間映像と音声とをお互いに流しあえるというたいへんに貴重な加工がなされた水晶。それは、そのもともとの大きさや透明度もかなりの逸品であった。
そのような品を合計で三つも使い、伝説の三人の魔女様たちが語り合う。
森、雪原、山。
魔女様方がおられる地の近くの国も遠くの国も、お三方のご威光を知るすべての国はもちろん、それ以外の国も含めた多くの国々がその会談の内容を知りたいと願う、内密の話し合い。
お三方が使われる水晶じたいの貴重さと、さらなる加工をされたその価値はいかほどか。水晶を支える台さえも、稀少な魔石であるらしい。
だが、会話の内容は、余人の知ることはない。知ってしまったものには、魔女様からの想像もできないような辛い仕置きが待っている……。
そんなふうに囁かれてはいるが、実のところ、毎回、最初はこのようにモフモフ自慢から始まるのだった。
水晶の価値、雪原の魔女様の付与、台代わりの魔石の稀少さについては、噂のとおりであるのだが。
今回は、従魔三人組が魔女様方の名代として獣人王国へ向かったことにより不在のため、モフモフたちが残してくれたもの自慢となっているのである。
『その編みぐるみのモフモフぶりは、確かに素晴らしい。ネエネエの編みものの技量も大したものだ。それは認めよう。だが、ガウガウも凛々しい雪像をつくって置いていってくれたよ。なんと、雪像でありながらモフモフをあらわすのだ。さすがは、かわいらしくも勇猛たるガウガウだ!』
雪原の魔女様がさらにガウガウを褒め称えようとするが、三人の魔女様の三人目、冷静な気性であられる山の魔女様がそれを止める。
『魔法店を出立しまして獣人王国に向かったかわいらしいモフモフ三人組を後方支援するというわたしたち魔女三人の打ち合わせという本題。これをどうされるおつもりなのですか。お二人とも、魔法店店主殿からの報告書は確認されましたね? 獣人王国産出と思われる魔石を不正に売買しようとした挙げ句、魔道具師、いえ、工房長でしたか。熱心な職人を操り、粗悪な品とは申しませんが、本来の目的と異なる事由で魔石を収めた箒を魔法店に鑑定させようとするのみならず、存在しない魔女の弟子を
『うむ、ほんとうに。魔石は商業街の市にも流出していたのだろう?』
『そのとおりだ、そして、我の弟子が作成した箒とはな』
確かに、と二人の魔女様はうなずく。
『三人が遭遇しました魔石を探る竜の少女の一団の件もございますが、こちらは獣人王国にて三人組といずれ再会することでしょうから、流れに任せればよろしいかと。一団が残しました使用済みの魔法陣については、店主殿とネエネエの尽力で問題なしです。また、獣人王国への報告は店主殿から頂いたあの内容で問題ないでしょう。さすがは、一国に一人いればその国での魔法による不正はなし、とまで言われる魔法法律家の資格所有者でもある店主殿のご手腕ですね』
『さすがなのは、山の魔女ではないか? 冷静な対応は実に素晴らしい』『ああ、我も同意だ』
さすがは山の魔女、と二人が感心していると。
『ところで、お二人ともに称賛への余念がなくていらっしゃいましたが、ピイピイは美しい声音を水晶に残していってくれました。おかげで、わたしは毎朝、目覚めが快適ですよ。それに、しぜんに抜け落ちた美しいピイピイのモフモフな青い羽をたくさんためておいてくれまして、風切り羽などはもう……』
山の魔女様も、やはり、最後はピイピイを称えていた。
三人が揃うと、モフモフ自慢。それはいつものことだ。
しかしながら、山の魔女様の言うとおり、今回は、きちんとした目的がある。
そして、さすがは冷静な山の魔女様である。
ピイピイの声と羽の美しさをひととおり話し終えると、また話題を本題へと戻すのであった。
『獣人王国の魔石の採掘権は、やはり王族、王宮にございますね。毎年一定以上の量は採掘しないという不文律をきちんと守り、良質な魔石を掘り出すと周辺国からの評価も高いです。魔石の鉱山は、かなり以前から存在しています。最初の呪いを受けた王族の方がおられた時代と合致するやも知れません。獣人は寿命も長いですから、代替わりも人族よりは回数が少ないはずです。意外に難しくはなく、詳細な歴史や鉱山史なども調べられるかと』
これには、二人の魔女様も話題に集中せざるを得なかった。
『山の、さすがだな。では、私も。利益はできるかぎり国民への還元を、という現在の国王や王族、王宮と、獣人族や他の種族、たとえば人族との間の商売はとてもうまくいっていて、魔石の流出の大きな案件などは、今までにはなかったようだ。これは
『ありがとう、森の魔女。しかし、魔石の流出は実際に起きている、または現状では可能性が高いわけだな。魔法店の店主が転送してくれた魔石はどうだったのかな? 山の魔女よ』
『雪原の魔女様、ほぼ間違いなく、獣人王国産の魔石です。そして、透明度はかなり高いです。このまま使用してもよいですし、魔力を込めてもよいでしょう。大きさも大きいですね。三人組が竜の少女に渡したものも、店主殿が回収させたものも、多分ですが、同じくらいの大きさなのでしょう』
『値段をつけるなら?』
こう聞いたのは、森の魔女様である。
『一つ一つで、金貨数枚。何個かまとめて、でしたら、大金貨一枚でも高くはありません。大金貨は、金貨約十枚分。金貨一枚が家族を持つ裕福な成人の年間の給金くらいですね』
『採掘された高価な魔石を横流し、か。そして、姫を苦しめる呪い。まあ、我々には何かは分かっているが、あえて呪いと呼ぼうか。こちらと無関係なはずは……』
『なかろうよ』『ええ』
雪原の魔女様と山の魔女様が答える。
『そして、大量の魔道具の発注、人を国から出国させることの容易さ。資金と立場が高いものの企みか?』
『森の、さすがの推測だ。だが、それらに見せかけた、という可能性もあるだろう。問題と言うならば、すぐに想起される人族と獣人族というだけではなく、純粋な獣人と人型の獣人との
森の魔女様は、感謝の言葉を述べた。だが、途中からその語気は強まっていった。
『今回の話し合いはたいへんに有意義だな。そうだ、雪原の。その品々は確かに素晴らしくありがたい。しかし、それは三人組への其方からの詫びの品ではないのか? そもそも、三人に魔力を飛ばすとは何ごとか!』
すると、雪原の魔女様が恐縮した表情になった。
『いや、弁解の余地はない。それは分かっている。これらはそう、雪原の魔女からの三人組への詫びも兼ねている品々だ。そして、言いたいことは分かるぞ、弁解はしない。すまないことをした。だが、森の。森のが作り上げた素晴らしい魔法陣があるだろう。モフモフをさらにモフモフにするあの魔法陣だ。あれをだな、其方の弟子が再構築したボサボサの魔法陣です、などと言われ、どこぞに持ち込まれたらどうする?』
森の魔女様は、驚きを隠せなかった。
『モフモフの魔法陣を、ボサボサの魔法陣にだと? しかも、私の弟子が? そう考えると……確かに、よく耐えたな、雪原の!』
『理解してくれたか。ありがとう、森の魔女よ。そう、我の弟子の箒などとな……。本物の我の傑作、ガウガウに渡した箒。あれはいずれ、もっと大型化して、我々と皆が乗れる、つまりは、二人以上で乗ることが可能な箒とする予定なのだ』
『では……まさか……?』
『さすがだな、森の。そうだ。今回ガウガウが雪原から乗って行った箒はな、ガウガウと我とで試し乗りをして安全を確認した、モフモフ三人組のための、お空のお散歩用箒なのだ! かわいいモフモフ三人組の重さならばまったく問題なく耐えることができる飛行用箒だ。そして、魔法店から獣人王国までの飛行許可は魔法法律家たる店主の許可を得ている。つまり、今頃は……』
三人組のお散歩用の箒。
お散歩、という速さと飛行可能距離ではないのだが、魔女様方はそこはまったく気にしてはいなかった。
山の魔女様は、感心しながらも、言葉を発する。
『獣人王国へと箒で飛ぶモフモフ三人組ですか。それはなんと素敵な光景でしょうか。然しながら、雪原の魔女様。やはり、いくら水晶にとはいえ、三人に魔力を飛ばされましたのはいかがなものでございましょうか。あの水晶にひびでも入っておりましたら、三人組とわたしたちの今後のやり取りにも差し障りがございましたよ』
『山のよ、その言葉はもっともだ。面目次第もない。しかしだな、あの華麗なモフモフ体操、あれを其方の自称弟子が、ガビガビ体操として喧伝したとしたらどうだ?』
今度は、山の魔女様が驚いた表情になった。
『いちにいさん、ガビ……にいにいさん、ガビ……? あり得ません。よくぞ耐えられましたね、雪原の魔女よ』
『分かってくれたか!』『ええ!』
『雪原の、山の。私も、ようよう理解した。私たちも気をつけねばな、山の』
『ええ、そのとおりです。わたしたちの結束も高まりましたところで、これからのことを』
『ああ、そろそろ三人が獣人王国に着く頃だな。我々が伝えた予定よりも早いから、王族もさぞかし喜ぶだろう』
『報告が楽しみですね。ネエネエが編んでくれましたピイピイの外套は素晴らしかった』
『ああ、さすがはネエネエ。おかげで我も魔力を抑えることができたよ。そして、魔法店店主が用意してくれた魔蚕の魔絹糸、あれもよいものであったな』
『ほんとうに』
森の魔女様が、真剣な表情をした。
『……待て、山の、そして、雪原の。ネエネエの、羊蹄編み。しかも、魔蚕の魔絹糸?』
『ああ、森のは一番最初に報告を受けたからな。まだネエネエも着手をしていなかったのだろう』
森の魔女様は、少し時間を置いてから、こう言った。
『……ネエネエから預かったガウガウとピイピイの編みぐるみは、私の私物にするとしよう』
『なんだと?』『何と仰いましたか?』
『前回のお泊まり会のときに、ガウガウとピイピイがモフモフな白い熊毛とやはりモフモフな青い羽毛をネエネエに預けていたらしくてな。二人も裁縫は得意だが、ネエネエは大得意だからと。さすが、ガウガウとピイピイ。見る目がある。二人も私にとって大切な存在なので、ありがたく頂くとしよう』
雪原の魔女様、山の魔女様は慌て始める。
『いや、待て、森の! 話し合おう! ここに偶然、上等な魔木で作られた魔紙がたくさんある!』
『わたしのところにも、百年に一度実ります、魔法薬の材料としてとてもよい質の魔果実が何種類かございますよ!』
その言葉を聞き、森の魔女様は微笑まれた。
『……すまない、今のは冗談だ。この話し合いを終えたら私の魔法陣で二人のところに転送させることを約束するよ』
『さすがは森のだ! 気持ちは分かるので、案ずるな。我らの中で最も魔法陣に詳しい其方の陣なら安心だ』
『ありがとうございます。はい、そのとおりです。森の魔女が描かれた魔法陣でしたら、ピイピイやガウガウのモフモフも保たれますでしょう』
『よし。では、話の続きだ。我々からの紹介状はあるが、獣人王国への先触れを出したほうがよいのか?』
『いえ、店主殿が何か案を講じてくれておりました』
『確かに、ガウガウたちは先触れを出して獣人王国から派手に歓待されることは好まないだろうしな』
『確かに……』
それからの魔女様方は、真剣に話し合いを続けた。
モフモフ三人組にもしものことがあるならば、三人の伝説級魔女のうちの一人、または、全員で事に当たる。
その気持ちは皆様、同じなのである。
第一章 モフモフ、獣人王国へ。《了》
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