第13話 魔羊ネエネエ、再度出発。
「では、もう一つの品をお渡しいたします。こちらは、皆様の
鍵。
魔法店の特別宿泊室の鍵は、宿泊者の魔力である。今回の宿泊で言うならば、三人組全員の魔力。
そのため、三人組が店主から渡された鍵は、鍵の形状をしてはいるが実際には通信の魔道具であった。
それは、商業街にいるときに三人から店主への連絡が可能であったほどの素晴らしい通信の魔道具。
だが、それはあくまでも店主と特別宿泊室の宿泊者とのやり取りのためのもの。
ならば、やはり返却が当然。そう感じたガウガウはこうたずねた。
「店主殿。こちらの鍵は、出発の際に我らがお返しするものであろう? 前回宿泊時もそうであったのだから」
ガウガウの言葉に、店主は優雅に微笑む。
「ガウガウ様。どうぞ、ご確認を。こちらにございます新たな鍵は、特級魔馬車の魔馬車便にて背嚢とともに今朝届きました特別な鍵でして、送り主様は雪原の魔女様にございます。皆様は念話にてお話をなされますが、ある程度の距離のうちかと存じます。こちらをお使い頂けましたら、それ以上の距離でございましても、かなりのお時間、会話が可能なのでございます。もちろん、念話もです」
「皆様の前回のご宿泊時に、雪原の魔女様からは私どもの鍵にもあたたかなお言葉を頂戴しておりましたので、僭越ながら、皆さま方のために魔女様がご用意なされていたのではとご推察申し上げます」
店主と、それに続いた特別宿泊室担当者の説明は、朗々としていた。
確かに、貸与されている鍵と形は同じであるが、色が違う。
黒、白、青。
どれが誰のための鍵であるのかは、一目瞭然であった。よく見ると、大きさにも差異がある。
「確かに主が用意された我らのための鍵であるようだ。それでは、確認なのだが店主殿、現在我らが拝借している鍵は商業街の中から店主殿への連絡が可能であった。それは我ら三人の念話圏内。つまりは、かなりの広範囲なのだが、まさか、それ以上ということなのかな?」
実際は、三人組は念話がどこまで届くかを試したことはない。だが、お互いの魔力を感知するならば相当な範囲まで可能なので、ガウガウは我らならば、と想像で述べたのである。
「はい。言葉を交わすことが可能な範囲は、獣人王国から私どもの魔法店までをご想定頂けましたらということにございます」
これには、ネエネエとピイピイも驚きしかない。
三人組での念話。
ネエネエとピイピイの想像もまた、ガウガウと同じで魔法店の中、特別宿泊室内程度なら完璧に、商業街内くらいなら多分、というものであったのだ。
「鍵さん、すごいですねえ」
「そうとしか申し上げられません」
まさに、感心モフモフ。
そこで、ガウガウはすかさず念話で二人に語りかける。
『皆で使用しているあの巾着袋は、我が主、雪原の魔女様が袋に対して空間拡張魔法と軽量化の魔法をかけてくださったことで膨大な量を袋の重量のみで収納することができている。今回頂いた背嚢はさらに高い性能の品と思われるが……その上にまた高き性能の鍵までとは。いつからご準備を頂いていたのであろうか』
『雪原の魔女様のお気持ちをありがたくお受けしまして、獣人王国に着きましたらまた水晶でご連絡を申し上げましょう。もちろん、ネエネエが編んでくれましたあの外套を皆で着用いたしまして』
『それがいいですねえ』
『うむ。ありがとう、二人とも』
三人組の念話が落ち着くと、店主が穏やかに話を続けた。
「我が宿の鍵はご返却頂きますが、こちらはどうぞ、皆様がお持ちくださいませ」
「店主殿、では、ありがたく頂こう。そして、特別宿泊室の鍵はこのとおり、返却いたそう。ネエネエ、ピイピイ、お借りしている二人の鍵ももらえるかな。それから、二人には先ほど頂いた紙袋の中身、昼食たちの確認をお願いしてもよいだろうか」
「ガウガウ、どうぞ、鍵ですねえ。分かりましたですねえ」
「わたしの分の鍵もどうぞ。ええ、もちろん。確認をいたします」
皆の鍵を預かり、店主に渡し、代わりに新しい鍵たちを受け取るガウガウ。
「……シャキシャキお野菜とチーズとハムと、たくさん。それに食べやすい大きさのパン。これをパンに挟むのですねえ。いいですねえ!」
「飲み水と、魔牛乳瓶と、葡萄酒の小瓶が赤と白と……。焼き菓子や保存肉などの日持ちがいたします保存食も、かなりの量ですね。それなのに、軽い。魔紙に魔法付与をしてくださったのでしょうか」
「左様にございます。数日は重量と品質が保たれますのでご活用くださいませ。保存食はまたご賞味頂ける期間が異なりますが」
こちらは、特別宿泊室担当者が一礼をして答える。
店主は当然ながら、こちらもまた卓越した存在の店員なのである。
「では、皆の鍵を。そして、このガウガウが皆の
それぞれの色の鍵を渡すガウガウは、静かに微笑んだ。
「きれいな黒色の鍵ですねえ、嬉しいですねえ。お願いしますですねえ」
「この鍵の青色は、わたしの
「我の箒で向かえばよい。ピイピイはどうする? 自らの美しい羽か、それとも我らの頭の上かな」
「三人で乗ることができるのですか?」
「ああ、雪原での試し乗りの際には雪原の魔女様と我が乗ることができたのだ。この大きさの我とネエネエとピイピイであれば、まったく問題はない。この商業街から獣人王国までは、空からならば一日、または二日ほど、どんなにかかろうとも三日ほどだろう。もしも夜になってしまったら、星の輝きの中を飛ぶもよし、または、たまには我々だけで野宿をするのも楽しかろう?」
「それはそれで楽しみですねえ!」
ネエネエは、わくわくモフモフとしている。
「それはまたなかなか、興味深いです」
ピイピイも笑顔である。
それとは対照的に、いつの間にか、ガウガウは深刻な表情になっていた。
「しまった。このガウガウ、不覚であった。すまない、二人とも。商業街に参るまでの飛行許可は雪原の魔女様が取得していてくださったのだが、こちらから獣人王国への飛行許可の申請はまだであった……」
「そうですかねえ、なら、ネエネエがむくむくモフモフ大きくなりまして、二人を乗せて走りますねえ!」
「いえ、それは、せっかく休みました分の魔力を消費いたします。お金を払って、魔馬車に乗せて頂きましょう。特級が予約できなかろうとも、本来の予定よりは数日早い到着ですよ」
「申し訳ない。ならば、それよりは、店主殿から頂いたあの魔法陣を使うのはどうだろうか?」
「確かに、あれなら」
「ですねえ!」
ネエネエが自分の背嚢に羊蹄をかけようとした、その時。
『皆様、魔法法律家には飛行許可をお出しする権限もございますので、その旨を記しました書類を既にネエネエ様の背嚢に入れてございますので、どうぞご随意に。ですからネエネエ様、あの魔法陣はまだお納め頂きまして、必要なときにご使用くださいませ。そしてどうか、皆様方、ご安全にいってらっしゃいませ。皆様でございましたら、ご予約がなくとも特別宿泊室での宿泊を承らせて頂きますので、またのご利用を心よりお待ちしております』
『店主と同様にございます。どうぞ、よき任務を』
店主と、それから特別宿泊室担当者の襟元の鍵からの声なのであろう。その声は、三人組のそれぞれの鍵に、確かに届いた。
「すごくよく聞こえますですねえ。ええと、でしたら、背嚢の中を探すついでに、ネエネエのお財布を背嚢に入れても平気ですかねえ。ガウガウ、どうなのですかねえ。ネエネエは雪原の魔女様に頂いた巾着、お財布にしてますけれど、中の荷物への影響とかは大丈夫ですかねえ」
このネエネエの問いに、ようやくガウガウは笑顔になった。
「ネエネエ、安心してくれ。雪原の魔女様が言われるには、魔女様の高度な識別魔法のお力で、書物は書物など、袋の中で分かれるそうだから。たとえば、
「すごいですねえ、荷物さんが整列! するのですねえ。はっ、ですねえ。だから、いつも小銀貨を出そうとしたら必ず小銀貨で、銅貨は出てこないのですねえ。書類さんは……あ、ありましたねえ、飛行許可証ですねえ。ふむふむですねえ。魔法法律家さんの権限により、半年間は延長申請の必要はなし、ですねえ」
「半年。ならば確実に任務を終えているな。ありがたい」
「それでは、ネエネエ、ピイピイ、皆さん」
「はいですねえ」
よいしょのモフモフ。
ガウガウとピイピイは静かに。ネエネエは飛行許可証と巾着袋を背嚢の中に入れてから。
三人組はそれぞれの背嚢を背負い、店主と特別宿泊室担当者に礼を言う。
「モフモフ素敵なお泊まりをありがとうございますですねえ」
「
「数日で羽の艶が増したようです。誠にありがとうございました」
「皆様方にお泊まり頂きますことは当宿の誉れに存じます」
「どうぞ皆様、お体と魔力にお気をつけくださいませ」
「ありがとうですねえ」
「ご忠告痛み入る」
「それでは、また」
深い礼で見送られ、取り出した飛行用箒に乗るガウガウの前には、ネエネエが乗り込む。ピイピイはその頭部に。
「では、店主殿、担当者殿。我ら、獣人王国へ」
「行ってきますですねえ」
「見送りをありがとうございます」
それぞれの挨拶とともに、深々と礼をする魔法店の二人の前から、三人組は飛び去った。
『ネエ』『ガウ』『ピイ!』
飛行中は、舌を噛まないように。
念話で話そう、というまでもない。合言葉は、ネエ、ガウ、ピイ!
いざゆかん。
モフモフ三人組、ついに獣人王国へ。
旅立ちの日の空は、青い。
あたかも、ピイピイの羽のようである。
「どうぞ、いってらっしゃいませ」
「またのご宿泊を、心よりお待ちしております」
三人組の姿が、彼方になったそのあとも。
魔法店の二人は長い間、礼を崩さずにいた。
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