第10話 魔羊ネエネエと魔法陣。

 魔力反応で開閉する特殊な扉を通り街歩きから部屋へと戻ったモフモフ三人組。

 特別宿泊室の室内では店主が出迎えてくれ、その店主の合図でさっと現れた特別宿泊室担当者はお茶の準備を開始している。


 用意してくれたお茶とお菓子と軽食がのせられた大小の手押し車は、合わせて二台。

 ガウガウとピイピイの分、それから、別室で魔蚕の魔絹で編みものという予定があるネエネエの分なのだろう。


「街歩きにてお疲れになられたかと存じます。冷茶にございます」

 まずは、と特別宿泊室担当者が冷えたお茶を渡してくれた。

 その冷茶の氷は透明ではなくて、お茶と同じ色。


「氷もお茶と同じ色ですねえ、ありがとうですねえ。お茶を凍らせてくれたのですか、おいしいですねえ。あと、店主さん、これがガウガウがお話しました魔法陣ですねえ。たくさんありますですねえ」

 冷茶をありがたく頂いてから、ネエネエは店主に魔羊毛から取り出した使用済みの魔法陣を渡す。


「ありがとうございます、ネエネエ様。これは……。屈強な獣人でいらしても使用が可能な、耐久性のある魔紙ですね。燃えにくい樹木の皮で作られた、高級魔紙です。そして、この魔法陣。流通している印刷の魔法陣ではございませんね」

「はいですねえ。手描きの魔法陣ですねえ」


「さすがはネエネエ。使用済の魔法陣の残りの部位でも手描きだということが分かるのですね。では、わたしは、人数とそのおおよそをお伝えしますね」

 店主とネエネエのやり取りに、小皿から冷茶をついばんでいたピイピイが言葉を続けた。

「明らかに高貴な身分の竜の少女と戦闘の専門家らしき狼の獣人と部下と思われます獣人たちでした。獣人と人型の獣人が同数です。必要でしたら細かな外見も申し上げます。恐らく、少女以外の六人はともに騎士階級ではないかと。断定はできませんが」

 なんと、ピイピイはあの状況で細かな人数と外見とを確認していたのだ。 


 手描きと思われる使用済の魔法陣の枚数は、十枚。

 竜の少女と狼の獣人で、二人。それ以外の人員が五人。合わせて七人。人数よりも、三枚も多い枚数だ。


「こちらの魔紙の在庫は十分に揃っております」

「魔法陣用の専用インキも大丈夫だね」

「もちろんです」

 特別宿泊室担当者と店主も、うなずきあう。


 魔法陣は既に使用済であるため、ところどころ黒く塗られたようになっている。

 だが、魔法陣の使用者の魔力を吸収しているため、残された部分はそれぞれ異なっていた。


「ピイピイ様、それではあとで全員の容姿をお聞かせください。そして、ネエネエ様の予想されましたように、恐らく、すべてが同じ魔法陣ですね」

 枚数が多く、同じ魔法陣と想定される陣の残り。

 これについては、高い技術が必要とされるが、一つ一つ、跡をつなげていくことで魔法陣を再構築することも可能である。

 もしも、この魔法陣と同じ陣を描ければ、竜の少女たちの行き先をある程度ならば追えるということである。

 枚数が多いのは、魔法を不得手とするものがいたからだろう。実際、魔法陣の線がかなり残されているものもある。


 魔法陣を残していくこと、それ自体には特に問題はない。

 普通ならば使用済みの魔法陣を再構築しようなどということは考えないからだ。そもそも、魔法陣は使い捨てが当たり前なのだから。

 魔女様方のような実力者であれば、特殊な魔法紙に再構築可能な魔法陣を描かれてそれを再利用をなさるということも可能ではある。

 それでも、使い捨てのほうが効率がよい。

 実際、お三方の中であっても魔法陣の構築がいちばんお上手な森の魔女様がまれに行われる程度である。


「分かりました」

「ピイピイ、すごいですねえ。ネエネエは竜さんと狼さんと、人数だけでしたねえ。魔法陣の再構築と陣の複写、店主さんならきっとできますですねえ。ネエネエも必要ならお手伝いしますですねえ」

 そして、モフモフ三人組の中でも魔法陣に一番詳しいのは森の魔女様の従魔たるネエネエということになる。


「ありがとうございます、そして、お任せください、ネエネエ様。それでは、ネエネエ様は別のお部屋でガウガウ様のお洋服をお編みくださいませ。この客室担当者が付きまして、ネエネエ様のお茶のお世話などもいたします」

「ありがとうございますですねえ。ガウガウ、ピイピイ、ではではまた、なのですねえ」

「うむ。何かの折には必ず連絡するよ」

「ネエネエ、そのときにはお願いいたしますね」

「任せてですねえ」


 モフモフトコトコと部屋を移動するネエネエ。

 小さな手押し車と、特別宿泊室担当者もネエネエに続く。


 ガウガウ、ピイピイとそれから店主と大きな手押し車はそのままだ。


 二人の姿が見えなくなると、ガウガウたちは部屋の敷布に座り、店主は立ったままで説明を聞く。


 市でのこと、店内のこと。

 話すのは、頼れる存在、ガウガウ。


「……丁寧なご説明を誠にありがとうございます。街と、明日まで行われます市には私どもの店からも魔石の調査の人員を出しておりまして、何個かは回収済みです。そして、昨日の魔石につきましては、既に山の魔女様にお送りしております」

 さすがである。


「では、捕縛された人族と箒についても既に?」 

 ガウガウの問いにも、店主の答えは淀みがない。


「はい、皆様のご協力により捕縛いたしましたあの人物は、魔道具師ではなく、一般のお客さまが清掃に使われる箒の職人でした。正確には、竹製品全般の職人です。獣人王国の国民で、かなりの腕にございます。道具作成ギルドのギルド員で、人族。身元も確かです。箒には、やはりと申しますか、飛行の魔石が組み込まれてございました」

「ほう。組み込まれて、というと、このように?」

 ガウガウが、市でネエネエから分けてもらった竹筒を袋から取り出し、魔石を取り出す。


「左様にございます。竹細工の加工技術を応用してありました。本来は、箒で集めました塵を所定の場所でまとめて飛ばすために風魔法を、などの使用方法ですね」

「なるほど。そして、ギルド員ということは、身分証明書も所持していたのかな」

「身分証明書。確かなものを、ですね」

 ギルド員、という店主の言い方に、二人は興味を持った。


「はい、所持しておりました身分証明書を確認しましてから、商業街に常駐しております近隣国騎士団連合の分室に照会いたしましたところ、獣人王国の身内からたずね人として騎士団連合に彼の捜索願いが出されていました」


 騎士団連合とは、この商業街に近い諸国から騎士団の代表者を集めて結成された組織のことである。

 獣人王国からも騎士が派遣されているはずだ。


「獣人王国の職人だったのか」「捜索願いですか」

「はい。数週間前に新しい竹細工の構造を練りたいと家族に伝えて、外出。そのまま行方不明となったそうです」


「行方不明」「それは……」

「本人にそのことを伝えましたら、竹細工の構造を練りたいと家族に申したことは記憶していました。ただ、遅くとも当日中に帰宅するつもりだったそうです。しかも、獣人王国の国境を出た記憶がないと。昨日の日付を伝えましたら、驚いておりました。そして、雪原の魔女様のお名前をお出ししたことを知り、困惑しておりました。もちろん、魔法法律家の権限で安全に聴取をいたしましたが、医師と魔法医師から体調に問題ないという許可が出ましたら、即座に解放をしまして、帰郷をさせます。獣人王国の騎士団には連絡済で、かつ、本人は獣人王国道具作成ギルドの上階級取得技術者でございますし」


「上階級技術取得者ですか。道具作成修練所の所長の資格者ですね。ならば、身分証明書さえ提出されていましたら、こちらのお店での初見での買い取りも可能だったのでは?」

 ピイピイが確認をする。


 獣人王国の道具作成ギルドと魔道具作成ギルドの階級は、共に上から特上、上、中、見習い。

 見習いと言えども材料の目利きや道具の手入れなど、他国なら職人と名乗れるレベルの資格者である。

 特上階級取得者はかなりの特例だ。内外の王宮への献上品担当者などで、上階級はその代役を務める階級である。道具作成修練所の所長資格も有する。

 つまり、昨日の人物は獣人王国における道具作りの指導者の指導者的存在だったのだ。


「その通りです。つまり」

「彼は、操られていた、と」

 ガウガウが、力を込めて言う。


「ええ。現場で物づくりをしていたいということで、指導者としてではなく、大きな竹道具の工房長の職についていたようです。実は、先日、そちらにかなり大量の注文があったそうなのですが、それがの箒を大量にという注文で、魔道具師に失礼だと怒って追い返したそうなのです。これからはあの人物のことは工房長と呼びますのでご了承くださいませ。そして、こちらの魔石を使いまして、工房長に昨日のやり取りを聞いてもらいました」

 店主が差し出したのは、音声記録用の魔石である。

 謎の魔道具師改め、工房長と店主とのやり取りを収めているのだという。


「そして、もう一つ。こちらの魔石は、それを聞いた工房長の反応を記録いたしました。区別しやすいように、こちらには多めに魔力を込めております」

 さらに、店主はもう一つ魔石を取り出す。 

 確かに、先ほどのものよりも魔石の色が濃い。


「それでは」

 店主の合図で、濃いほうの魔石から声が聞こえ始めた。


『……なんですか、これ。俺の声じゃないし、しかも、ご高名な魔道具開発者であられる雪原の魔女様のお名前と……弟子? ええ……。俺……私は、こんな失礼なこと、絶対に申しません! 何か、なにかあるんです! これ、身分証明書です。信じてください……魔法法律家さん!』


「このように、工房長は明らかに困惑をしておりました。彼はこのように動揺しながらもギルド証を出してくれましたので、私も魔法法律家の身分証を見せました次第です」


「声が完全に違うな。ほぼ別人だ。我らが聞いていたのは、色が薄いほうの魔石の声だね」

「ええ、こちらが、彼のまことの声なのですね。では、昨日の声は工房長を操っていたものの声……? だからこそ、こちらのお店の煉瓦が彼を追い出さなかったのですね。武器を持たないものであるからかと思っておりました」


「はい、ガウガウ様、ピイピイ様。獣人王国の有能技術者を操り、我が店に、というかこの商業街で本格的な魔石の取り扱いを開始させるのが目的だったのでしょうね。この商業街は、獣人王国も含めました近隣国のすべての通貨が使えますので。箒は魔石が目当てではないと思わせるためにでしょうか」

「ついでに粗悪な魔石も……この場合は箒に入れる魔石のことだが、これも売買できたらということか。工房長のご家族はさぞや心細い思いをされたであろうに。そのように卑劣な真似に、我が主の御名を……度し難し」

「ガウガウ、今は抑えてくださいね。お気持ちは分かりますが。そして、そうなりますと、工房長を操っていた存在は、問題なく獣人王国の国境を抜けられる立場で、かなりの資金を持ち、許可を必要とせずに獣人王国の魔石の鉱山に入れるものの部下のようなもの、と想像してもよろしいでしょうか?」

「ええ、ピイピイ様。今のところはそのように。そして、お話が長くなりましたね。少し休憩をいたしましょうか」

「大丈夫だよ、ピイピイ。店主殿、そうして頂けるとありがたいな」

「よかったです、ガウガウ。休憩は、ぜひ、お願いいたします」


 情報の多い、しかし充実した話し合いが進み、三人は休憩時間を取ることにした。



 ちなみに、その頃の別室のネエネエは。


 別室に着いてからは、ひたすら、編み編みモフモフであったネエネエ。

 そのため、三人の会話がまとまる頃にはガウガウの外套のある程度の形が見えてきていた。


『やりましたですねえ。ガウガウの分の外套、半分、できましたですねえ! あ、お部屋の担当者さん、座ってくださいですねえ。ネエネエ、そろそろ、お世話もしたいのですねえ。うずうずモフモフなのですねえ。でも、担当者さんのお仕事を頂いてしまうといけないですよねえ。お茶などを一緒に頂くのなら、いいですかねえ?』


 ネエネエは、モフモフ全開だった。


 どうやら、ガウガウの外套は本日中に仕上がりそうな気配である。



※インキ……インクのことです。

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