第8話 魔羊ネエネエと新たな出会い。

『お二人とも、あちらにご注目を』

 ピイピイが羽をかざして、外に通じる特殊な隠し扉を開けた。

 ネエネエ、ガウガウ、ピイピイの順で扉から出ると、もうそこは土の上。先ほどまでは確かに広い浴室にいたというのに。


 ピイピイの青い羽で示された方角には、屋台がたくさん集まっていた。

 店舗を持たない店主、または行商人が日を決めて集まるいちのようなものらしかった。

 簡単な柱を組んで、屋根をいたもの、敷布を広げただけのもの。様々な屋台が見えた。  

 簡単な柱にも飾り彫りを入れたり、敷布そのものが派手な模様入りだったりと、客足を止める工夫はそれぞれになされている。

 行き来も多く、モフモフ三人組がいつの間にか現れたことを気にとめるものもいなかった。

 

『これは……いい魔蜂蜜ですねえ』

 トコトコモフモフと三人で二本足で歩いていると、ネエネエが、つやつやと輝く魔蜂蜜の屋台を見つけた。正確には、蜂蜜と魔蜂蜜の屋台で、蜂蜜と魔蜂蜜の瓶がずらりと並ぶ。

 今は揚げ菓子の魔蜂蜜がけを実際に作りながら販売していた。たまたま、魔蜂蜜がけの販売時間だったらしい。

 魔蜜蜂を養蜂するくらいに魔蜂蜜好きなネエネエの目が、キラキラとしている。もちろん、ネエネエは蜂蜜も大好きだ。


『魔蜂蜜をかけた揚げ菓子ですか。ネエネエがいいと言うのならば、間違いはないですね』

『うむ』「ご店主、その魔蜂蜜の揚げ菓子を三人分頼みます」

 ピイピイがそう言うと、ガウガウは念話と会話を併用して、さっと三人分を購入した。


「はいよ、三人で市見物かい?」

「はいですねえ。魔蜂蜜と蜂蜜は最高ですねえ!」「はい」「ええ」ネエネエも、ねえ、で快活に会話をした。


「おちびさんたち、仲が良くて、魔蜂蜜と蜂蜜も好きなのかい! いいねえ、市をたくさん楽しみなよ。はい、おまけだ。これが魔蜂蜜と分かってくれたみたいだからね。たくさん食べとくれ!」

 屋台を切り盛りする気のいいご婦人は、上機嫌。

 三人分の揚げ菓子に竹の串を三本刺したあと、さらに少し、揚げ菓子と魔蜂蜜を足してくれた。


『ネエネエ、黒い魔羊のおちびさんに見えましたかねえ』

『我は、子どもの魔白熊かな』

『では、わたしは小鳥……いえ、小魔鳥こまとりでしょうか。お互い、若く見られるのも楽しいものですね』

 実際の年齢ならば屋台のご婦人よりも遥かに年長なモフモフ三人組だが、お子さま魔獣扱いは珍しく、嬉しいものらしい。


 最初の屋台がこんなふうに大当たりだったので、三人組はさらにうきうきモフモフ。

 手頃な場所で油紙あぶらがみの包みを開ける。

 もともと置かれている長椅子などのほかに、市の客や商談のために簡単な木の椅子や机などが置かれているようだ。

 

『どこかの魔蜜蜂さん、魔蜂蜜をありがとうですねえ。おや、これはお菓子もサクサクホクホクで、とてもおいしいですねえ。お砂糖は……とうきび。油は、おひさまのお花さんの油ですねえ。そうでした、瓶詰めの魔蜂蜜と蜂蜜も売ってましたねえ。お菓子を食べましたら、魔蜜蜂さんと蜜蜂さんのと、両方買うですねえ!』

 ネエネエは、揚げ菓子と、菓子にかけられた魔蜂蜜に夢中だった。油の分析まで行っている。

 半分ほどを食べ終えると、魔蜂蜜と蜂蜜の瓶を購入するため、羊蹄と口についた魔蜂蜜を浄化魔法できれいにしてから、路銀入れの巾着袋をモフモフの魔羊毛から取り出し始めた。


 それには、すかさずピイピイが注意をする。

『ネエネエ、先ほどのお店の品々が売り切れることを心配しているのですか。ならば、巾着の中をきちんと確認なさってくださいね。高額すぎるとお釣りを出してもらえなかったり、よからぬ存在を招いたりもいたしますから』

『はいですねえ。小銀貨や銅貨の小銭入れは、ええと……これですねえ!』

 ネエネエのお財布は三つ。

 銅貨や小銀貨といった普通の小銭用のもの。それから、小銭とは言いがたい額の金貨と銀貨が大量に入っているもの。もう一つは、念のためのお札を入れたものだ。

 これは、森からの出発前、巾着型の魔道具に分けて入れたものを森の魔女様が渡してくださった。

 巾着すべての金額の総額は、ネエネエも知らない。

『獣人王国さんから報酬の先払い分と魔女様からのお小遣いですねえ、なんだかたくさんらしいのですねえ!』なのだ。


 ネエネエは財布の一つを羊蹄に持ち、二つは魔羊毛に戻す。

『ガウガウ、お願いしますですねえ』

 ガウガウに揚げ菓子を預け、ネエネエは二本足で先ほどの屋台へと向かっていった。


『多分、全種類の魔蜂蜜や蜂蜜を購入するのでしょうね』

『まあ、ネエネエの魔羊毛にならいくらでも収納できるだろう。しかし、さすがはネエネエ。これはよい味だな』

 ピイピイとガウガウは優雅に揚げ菓子を味わっている。

『ええ。油も澄んできれいなものを使用していました。おひさまのお花……日車ひぐるまの花ですね』

『なるほど、あの花の油か。ああ、ネエネエが戻ってきたようだ』


 足の速い小さな魔羊くらいの速さで、ネエネエは戻ってきた。

『お待たせですねえ。あと、お水ですねえ』

 油紙で作られた袋には大量の魔蜂蜜と蜂蜜の瓶が入っていた。

 そして、竹筒に入った水が三本。

『おまけだそうですねえ』


 基本的に、ネエネエたちはよほどのことがなければ毒味をしない。

 三人はそれぞれの魔女様方と従魔の契約を結んだときに、飲食など、生活の基本となるものにその都度識別魔法がかかるようにして頂いているからだ。

 仮に、毒物が混入されたものであればおかしい、と体がそれを受け付けないなど、反応があるので毒味の必要がない。


 また、排泄のときには、適宜、体が自らを浄化してくれるので、服を身に着けなくても不潔ということがない。体に必要なものまで浄化するようなことはない、適切な処置である。

 だから、三人組が衣装を着用するのは必要に迫られたときや身に着けたいものがあるとき、そして人型に変化するときなどだ。


 ここは商業街なので、ちらほらと従魔らしき二本足の獣もいる。

 主なし、衣装なし、しかも従魔たちだけで歩いているのはモフモフ三人組くらいだが、それでも、目立つ存在ではない。

 多くはないが獣を飼い、連れているものもいる。


『……冷たい。おや、底に魔石が。色が薄いが、白色の氷の魔石だ』

 竹筒の水が冷たいことに驚いたガウガウが竹筒の底を探ると、底部を回すことで一部が外れ、中から小さな魔石が出てきた。


『便利ですねえ。この竹筒はこのあたりの屋台ではよく使われているそうですねえ。魔石を入れたら、また冷やせるのですねえ』

『わたしたちでしたら自分で水魔法で水、氷魔法で氷を出して冷やせばよいですが、便利ですね』

『獣人王国の発明らしいですねえ。魔石鉱山以外にもよいものを皆さんにお届けする国ですねえ』

『そうだな。確かに、王族と周辺はきちんとされているようだし。では、我々も、水を飲み終えたら再度の利用をさせてもらおうか。今後、が、労せずに、飲める飲料や食せる氷を出せるような魔力保持者であることを知られてはよろしくない状況が生じるかも知れないからね』

『ですねえ』『ええ』


 ネエネエは魔羊毛に買い物と一緒に、ガウガウとピイピイはそれぞれの袋の魔道具に竹筒を収納した。

 この袋は、雪原の魔女様が作られた巾着型の魔道具で、ガウガウもピイピイもいくつか所持している。想像以上の量を重さを感じることなく収納できる。ネエネエの魔羊毛のような容量だ。

 ネエネエは森の魔女様経由で頂いたそれを今買い物にも使用したようにお財布にしているので、水浴びやお風呂のときはこの巾着袋だけを外せばよいのだ。

 あとの品々はすべてネエネエの魔力で守られているので、取り出す必要がない。


『おいしかったですねえ』

 油紙の紙包みと竹の串をまとめて、指定された場所に置く。再利用できるものはなるべくそうするのだろう。

『うむ。甘露だった』『ええ』

 浄化魔法をかけてから、次はどこへ、と周辺を見回す三人組。


『……放っておくともめごとになりそうだな。二人とも、あちらの屋台を。そして、耳を澄ませて』

 何かに気付いたらしいガウガウの言葉に、二人も視線と耳とを向ける。


「お願いですから、その魔石をお売りくださいませ。お金でしたらこちらに」

「いえ、ですからそのお金ですと大きな金額すぎて、お釣りをお出しできないのですよ。もう少し小さな金額のお金をご用意ください」 

「お釣りなどいりませんわ、お売り頂けましたら、それで」

「無理です。そのような大金、頂きましたらこちらが自警団や騎士団に疑われてしまいます!」


『……あらら、まずいですねえ』『ああ』『ええ』

 多分、貴族のご令嬢かなにか、高い身分の子どもなのだろう。

 そうは見えない地味な衣装だが、様々な魔法陣が編み込まれた高価な衣服に身を包んだ小柄な竜の少女だ。

 竜の姿のままであることは、誰も彼も、まったく気にしてはいない。

 屋台の主が困惑をしているのは、彼女が手にしている硬貨である。


 どうやら、石売りの屋台で魔石を購入したがっているらしいが、恐らく手持ちが高額すぎて、屋台の主は釣り銭が出せないようなのだ。

 まさに、先ほどピイピイがネエネエに伝えた忠告そのままだ。

 適当に理由をつけて高額をせしめたりしない屋台の主には、商売の矜持がある。

 あまりにしつこいと、警備の責任者などから、問題を起こしたからと事情を聞かれたりするかも知れない。


『……行くか』『そうですねえ』『ええ』


「ご店主、その魔石はおいくらかな」

 そっと近付いたガウガウが丁寧にきくと、屋台の主は明らかにほっとしていた。

 モフモフの白い魔熊ではあるが、ガウガウには相当な落ち着きがある。この竜の少女のお付きかなにかであると思われたのかも知れない。


「はい、小銀貨五枚でございます」

「分かりました、では。ご迷惑をおかけしましたね」

 ピイピイが、羽毛から器用に取り出した袋から小銀貨を取り出す。小銀貨一枚で、先ほどの揚げ菓子三人分の値段。小魔鳥が支払うならば、かなりの金額だ。


 だが、ピイピイは、あえて小銀貨枚を屋台の主に渡す。

 すると、にこにこ顔で魔石を渡してきた。

「お買い上げをありがとうございます。では、革袋にお入れいたします」

「ありがとうございます」

 多分、有料なのであろう革袋に入れてもらえた。

 これで魔石をむき出しで持ち歩かなくて済むな、と受け取ったガウガウは思った。


『ご事情は分かりませんが、とりあえずこちらに。大丈夫ですねえ。魔石はあなたにお渡ししますからねえ』

「あなたは……分かりましたわ」

 魔羊が巧みに念話を使う。これは普通のことではない。それを理解できるだけの立場の少女なのだ。

 衣装から少しだけ見える鱗の色も、かなり濃いめの赤色。火や炎の魔力が強い家系の竜なのだろうか。


「どうぞ皆様、ごゆっくりと」

 店の店長に、ピイピイがお礼を伝える。

「ありがとうございます」


 とりあえず、と魔法店の店主に教えられた店に向かい、奥まった個室で革張りの椅子席に座る三人組と竜の少女。

 魔法店の店主の名前を出すと、明らかに店員の態度が変わり、店長はわざわざ個室に案内をしてくれたのだ。

 少女の椅子は、ガウガウが引いた。遠慮がちながら、少女の動作は洗練されていた。


「ご安心を。魔石はあなたにお渡しいたします」

 自分も椅子に座ったあとで、ガウガウが丁寧な口調で言う。そして、革袋に入れたまま、魔石が見えるようにしてそっと卓上に置いた。

 それを確認して、少女は明らかにほっとしていた。


「ありがとうございます。こちらはお礼でございます」

 竜の少女が肩から掛けた袋から礼にと差し出したのは、特大の金貨だった。


 これは、先ほどの屋台の主が断るのも無理はない。

 あまりに高額すぎて、お釣りがないどころか、所持していたら、屋台の主がどこかの貴族の家から盗んだのかとでも思われかねないものだ。

 ちなみに、この商業街の一番大きな店の年間の売り上げよりも大きな金額である。あの魔法店の売り上げは別枠なので数には入らないが。


「こんな大金は頂けません。それよりも、あなたのお付きの方はおられないのですか?」

 ガウガウに、ピイピイが続く。

「もしもお忍びでしたら、お家まで送りましょう。ご心配なら、確実な護衛の方を紹介いたしますよ」


「……ありがとうございます。それでは、わたくしを獣人王国までお送り頂けますか。お付きのものとは、そのう……はぐれてしまいまして。それは、護衛代としてお受け取りくださいませ」


『獣人王国ですかねえ』

 ネエネエが言葉を続けようとすると、途端に店内が騒がしくなった。


「見つけましたぞ、……様!」

「あほう、この場でお名前を呼ぶなど!」

「……魔石の流出の調査は私どもにお任せをと申しましたのに!」

 きちんとした身なりの獣人の男女だった。


 店長は、入口で緊急呼び出し用の笛を見せながら、果敢に客を守ろうとしていた。

「お客様に対して無礼でございます。巡回の騎士殿を呼びますよ!」 


 三人組にはすぐに分かった。あれは……きちんと訓練された兵たちだ。

『あなたのお知り合いですかねえ』「はい、実は……親が付けましたわたくしのお付きたち。身辺警護のものたちです」

 竜の少女とネエネエのやり取りを聞き、ガウガウが個室の扉を開ける。

 「大丈夫です、この方の警護の人たちです」  

 そう説明をすると、店長は、あの魔法店のお客さまが仰るならばと引いてくれた。


 三人組のそばに近付いたのは、警護の人員の中の指示役らしきい狼の獣人一人だけだった。多人数で近付いて子どもたちを怖がらせてはいけないと考えたのだろうか。


「ご迷惑をおかけした。ありがとう」

 狼の獣人は、丁寧に礼をし、そして、竜の少女を諭した。

「……お嬢様、空を飛んでお一人でとは、危険にございます。そして、そこのお子たち、たいへんに申し訳なかった。その革袋の中の魔石をこの方の代わりに購入してくれたのだろうか」 


「……はい。小銀貨六枚でした。このお姉さんに、魔石はちゃんと渡しますと言いました」

 ガウガウが、利発な白い小熊のふりをする。

「ええ、確かに皆様から魔石を頂戴いたしました。ほら、そちらに。ですから、こちらをと」

「なりませぬ」

 革袋と魔石を示し、再度大金貨を渡そうとする少女。

 それを禁じた狼の獣人は、自分の懐から硬貨入れを取り出した。

「ありがとう、よい子たち。では、だ。こちらはお礼なので、遠慮せずに三枚ずつ分けておくれ」

「ありがとうございます」

 代表して、ガウガウが受け取る。

 だが、竜の少女は納得がいかないらしい。

「無礼ですよ! この方たちはわたくしと、我が国の魔石を助けてくださいましたのに!そのようなではいけません!」


「こちらで十分でございますよ」

 少女の叫びを止めたのは、ピイピイだ。

「大丈夫ですから、どうぞお行きください。ここは個室ですから、ほかのものはおりません」 

「店長さんには、お詫びをしておきますですねえ」

 ガウガウとネエネエの言葉に、狼の獣人はまた礼をした。


「……なんと賢いお子たちか。恩にきる! 行きますぞ! 皆、準備せい!」

「は、転移陣はこちらに!」

「なりませぬ! この方々への御礼を……」


 その瞬間、一気に室内の人数が増え、そして消えた。

 どうやら、人数分よりも多量の転移陣を用意していたらしい。


 竜の少女の声を最後に、嵐のように去って行った一向。

 三人組は、顔を見合わせる。


『あの方たちは……やっぱり、ですかねえ。ネエネエたちは、早めに獣人王国に行くべきですかねえ?』

 使用後のため、ほとんどの陣が黒く塗りつぶされた魔法陣を眺めながら、ネエネエが呟く。


『これは……うむ』『そうですね』

 二人も同意する。


『でも、編みものはさせてくださいねえ。あと、せっかくですからもう少し市を見ましょうですねえ』 

『それはそうだ。こちらの店にも悪いから、何かしら頼まねば』

『ええ、もちろんです。宿では打ち合わせや店主さんとの相談も必要ですからこちらで話をまとめておきましょう』

 ネエネエが魔法陣を回収し、ガウガウとピイピイは室内を片付け、必要な箇所には清浄魔法もかける。


『よし、ですねえ。では、まずはあたたかいお茶を注文しましょうかねえ』

 ネエネエはもふり、と魔法陣を魔羊毛の中に。


『落ち着いたら、何か食事も頼もうか。焼いた魚の料理が食べたいよ』

『わたしは蒸した魚を頂きたいです』

『ネエネエは煮込み魚がいいですねえ』


 何かが起きそうな、少し不穏な新しい出会い。 


 だが、とりあえずは、魔法店のお薦めの店と市とを楽しみたい。

 そんなモフモフ三人組であった。



※油紙……油を塗った防水用の紙です。

日車ひぐるまの花……ひまわりのことです。

とうきび……この世界では一般的な、さとうきびの魔草です。

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