第7話 魔羊ネエネエとご報告の続き。

 ネエネエからの森の魔女様へのご報告ののちに行われた映像と通信の水晶への二回分の魔力の充填じゅうてんやネエネエの編み技披露、それにガウガウの入れたおいしいお茶での一休み。


 充実した時間のあとの、二番手ガウガウからの雪原の魔女様へのご報告。それは、終始穏やかな雰囲気で進んでいた。


 雪原の魔女様は、森の魔女様と対のように美しい白髪はくはつのお姿である。

 砂色の目は可憐でいらして、小柄ながら均整のとれた体型の御方だ。

 魔道具の研究開発分野での第一人者であられるが、ガウガウはもちろん、ネエネエやピイピイにもたいへんにお優しい。


 だが、ガウガウがお別れを申し上げようとしたその時だった。


 まったく面白くなさそうに、雪原の魔女様はこう言われたのである。

『……皆の話、たいへんに有意義な報告であった。これからも精進してくれ。それにしても、店主からの報告がきてはいるが、存在どころか候補すらおらぬ我が弟子、それが作成した箒とはな……面白い』


 魔女様のお言葉がこちらに届くとほぼ同じときに、大きな水晶が激しく振動を始めた。

 ひびが入るのではないかというほどの揺れ。雪原の魔女様の魔力だ。

 これにはさすがの三人組も、モフモフを逆立てそうなくらいに驚いてしまった。

 だが、ガウガウはこれぞ従魔の務めとばかりに素晴らしい機転を利かせたのである。


『魔女様、このピイピイの美しい青色の外套をいま一度ご覧ください。店主殿が用意してくれました魔蚕の魔絹糸の、素晴らしきこの編み目。ネエネエの見事な編み技です。さらに、ネエネエはこのガウガウにも、なんと、白き魔絹糸で編んでくれると申しております』

 ガウガウは、こうお伝えしたのだ。


 すると。

『……そうか、白の。魔蚕の魔絹糸ならば、伸縮自在だな。それでは、次の報告時には』

 このお言葉から、三人組は雪原の魔女様の魔力がやわらいだことを知った。


『はい! 魔蚕の魔絹糸は、我々のどのような動きや姿にも対応をいたしましょう。そして、次のご報告の折には、三人揃いで外套を羽織ります。だな、二人とも?』『もちろんでございますです……ねえ』『左様にございます』

 確かな答えを申し上げるガウガウ。

 一瞬、特徴たるねえ、を忘れそうなほどであったネエネエと、表面上では笑顔のピイピイ。

 内心では、三人組はまだ緊張をしていた。


 だが、水晶に映る雪原の魔女様のお顔は、ほんとうに、心からの笑顔でいらした。


『そうかそうか、楽しみだ。こちらで店主に伝えて用意させた服も、ぜひ獣人王国で着用しておくれ。それにしても、魔力を乱すなど、皆に悪いことをしたね。この件は雪原の魔女の名において、必ずや詫びの意を示そうぞ。では、山にもよろしくな』

 やっと、短くて長い雪原の魔女様へのご報告が終了した。


『ふう……よかった』

 ガウガウは、水晶を停止させた。

 雪原の魔女様のお詫びとは何か。少しだけ気にはなったが、とにかくお気持ちを静めて頂けたので安心だ。


『お手柄ですねえ、ガウガウ』『ほんとうに、ありがとうございます。雪原の魔女様のお怒りは正しきことではあられますが』『うむ。しかし、二人にはこちらが助けてもらったのだよ。ネエネエの編みものの腕とピイピイの着こなしのおかげだ……』

 確かに、雪原の魔女様のお気持ちを整え、お褒めのお言葉を頂いたのは、ネエネエが編み上げた美しい魔蚕の魔絹の外套と、その青い外套を優雅に着こなしたピイピイの可憐さであった。

『ありがとうですねえ』ネエネエは、にっこりモフモフ。


『ありがとうございます、ですが、やはり少しは休んだほうがよさそうですね』

 礼のあとでピイピイはそう言い、冷蔵魔道具の前までひらりと飛んだ。

『お茶は頂いたばかりですから。ネエネエ、ガウガウ、こちらをどうぞ』

 ピイピイが冷蔵魔道具から取り出し、浮遊魔法で浮かせながら一緒に飛んできたもの。  

 それは、二本の果実水の瓶だった。


『ピイピイも、どうぞですねえ。冷たいですねえ、葡萄ですねえ。おいしいですねえ』『こちらは桃だ。瑞々しいな、ありがとう、ピイピイ』『頂戴しますね、ネエネエ。ガウガウ、どういたしまして』

 ネエネエは空の皿にピイピイの分を注いでから、ごくごくと。ガウガウは、ほぼ一気に。


『よし、では、ピイピイ』『お待たせですねえ』『ありがとうございます』


 爽やかな果実水は、三人組の気持ちも爽快にしてくれた。

 ピイピイが、嬉しそうに青い羽で水晶に触れる。

 ついに、三番手。ピイピイからの山の魔女様へのご報告だ。


『久しぶりですね、ピイピイ。そして、ネエネエ、ガウガウ。おや、ピイピイ。美しい外套ですね。羽によく合っていますよ』

 先ほど、雪原の魔女様のお気持ちを静めた外套。それは、山の魔女様を感嘆させるのに十分なものでもあったようだ。


『ありがとうございます、店主さんが用意してくれました魔絹糸を、ネエネエが編んでくれましたものでございます』

 ピイピイの声と羽は、主のお姿を拝見したことでさらに輝きを増したようだった。


 山の魔女様は青緑色の髪と露草色の目の、すらりとした木々のようなお美しさのお方である。そして、凪いだ湖面のごとき落ち着きをお持ちでいらした。

 しかも、異世界のご研究については名だたる学者以上に優秀であられて、三人組の「モフモフ体操」も、山の魔女様が貴重な文献か音声かで発見をしたものを再現された異世界の体操が元になっているらしいのだ。


 きちんとした論におまとめになるよりも従魔たちの健やかさのために、という山の魔女様の姿勢は、ほんとうに三人組も頭が下がる思いがするものである。


 山の魔女様は、そんなお方だ。

 だからこそ、とも言えるのだろうか。

 今度こそ、ご報告は平和なままに終了した。


『では、三人とも。また話ができたら嬉しいです。注意深く任務に向かってください。そしてネエネエ、ピイピイに素敵な外套をありがとうございます』

『山の魔女様におかれましては、小型の通信水晶を我々にまでありがとうございましたです……』

 ネエネエは先ほどの雪原の魔女様へのご報告の最後の頃から、語尾に注意を払うようにしていた。

 魔女様方は認めてくださるこの語尾が、今後の謁見などにおいてこの語尾はよろしくないかも、と考えたのである。


『いやいや、何を言うのですか。ネエネエ、ですねえ、でよいのですよ。二人はピイピイの大切な友にして、我が友人、森と雪原の二人の大切な従魔なのですから。獣人王国でもそのままになさいな。むしろ、語尾を無理やりに変えるなどをしましたら、森の魔女がお怒りになりますよ』

『……ありがとうございますですねえ』

『三人でこれからも協力して参ります』

『二人とおりますと羽が引き締まる思いでございます。それでは、山の魔女様、どうかお気を付けて』

『ええ、ピイピイ、ネエネエ、ガウガウ、また会いましょう。ネエネエ、三人の魔女の従魔という立場とその外套を着用しておりましたら、無言の挨拶でも大丈夫ですよ。心配なら二人にお話をさせなさいね』

『ありがとうございますですねえ』

『ありがとうございました』『主よ、またしばしのお別れを』


 

『ほんとうに、これなら獣人王国の王の御前にも伺えますね』

 ご報告をすべて終えて、改めて、外套の素晴らしさを称えるピイピイ。

『ネエネエの分は最後ですねえ。ガウガウの分は今日帰ってきたらすぐに編み始めますねえ』

 ネエネエは照れ照れモフモフである。


『ありがたい。では、宿に依頼をしない用事、細々としたことは二人で行うこととしよう。どうかな、ピイピイ』

 冷静な物言いのガウガウも、にこやかだ。

『ええ、もちろんです。そういたしましょう。そして、今日の街へのお出かけは三人で』

『ですねえ!』


 昼食は外でと鍵を通じて店主に話すと、店の名前を出してもらえれば色々と融通を利かせてくれる店を何店か教えてもらえた。さすがである。


『今は、一般のお客さんはどうでしょうか』『現在はおられませんが、気になるようでしたら浴室の奥の壁に触れて頂けましたら専用の通路がございます』

 場合によっては認識阻害魔法をかけてからのほうがよいかと考えたガウガウが聞くと、このような返事が返ってきた。


『……すごいですね。魔力反応で現れる扉ですよ』

 そのやり取りを聞き、浴室の奥へと飛んだピイピイから、驚いた様子の声が聞こえた。


 前回は一泊だったので、特別宿泊室を出るときは普通に客室担当者がついてくれていたため、いかにもなお使いなモフモフ三人組として退出をした三人組は、この仕掛けを知らなかったのである。


『清掃などはすべて済ませておきますので、どうぞ、街を楽しんでいらしてください』

『ありがとう』『ですねえ』

 ガウガウとネエネエが鍵に礼を言うと、『いけない』というピイピイの声がした。


『どうかしましたかですねえ』

『……いえ、ネエネエに編んで頂いたこちらを、そのまま着ていくところでした。あまりにもよい着心地なので。ですが、街で何かを飲食することもあるかも知れませんからね』

『なるほど』『むしろ、嬉しいですねえ。ガウガウの分も、戻りましたら頑張って編み編みモフモフしますですねえ』


『三人揃いになりますならば、なおのこと、汚したくはないですからね』

 優雅な動きで青い外套を脱ぎ、机上に置くピイピイ。

 それを合図に、ネエネエが二本足で立ち上がる。


『では、街ですネエ!』『ガウ!』『ピイ!』

 おいしいもの、楽しいもの。なにかに出会えたらいいな、という気持ちになった三人組。


 元気に合言葉を言い合い、外に続く扉を目指し、浴室へと向かうのだった。

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