第6話 魔羊ネエネエと魔女様へのご報告。

『爽やかな朝ですねえ、すっきりですねえ。モフモフが充実していますねえ。ガウガウ、ピイピイ、おはようですねえ』

『よい目覚めだ。ネエネエ、ピイピイ、おはよう』


 特別宿泊室に置かれた、広い三つの寝台。

 昨晩はその二つのうちの一つをガウガウが、一つをネエネエとピイピイが使用した。

 正確には、ピイピイはネエネエのフワフワな魔羊毛にくるまれて安らかな睡眠を取ったのだが。


『お二人とも、おはようございます。ネエネエ、フワフワな魔羊毛をありがとうございました。それにしましても、こちらのお部屋は窓が自ら開閉をしてくれるので、朝日が美しいですね。素晴らしいです』

 ピイピイは、ネエネエの魔羊毛から出て、窓辺へと飛ぶ。

 そして、日の光を入れてくれた窓に青い羽をかざして少しの間、美しい声で歌う。

『素敵ですねえ』『ああ、朝からピイピイの歌を聞くことができるなんて』


 ピイピイから称えられ、歌を捧げられた特別宿泊室の窓。

 宿泊客の求めに応じて希望の時間帯になると両開きの扉を開けてくれる特別な窓である。


 前回の宿泊でその仕組みを熟知していた三人組は、昨晩、ネエネエが代表して『窓さん、明日はおひさまをお願いしますですねえ』と窓に願ってから就寝をしていたのだった。

 そのため、朝の光を感じ、窓に付属する扉が自分から開いたのである。


『二人に歌を聞いて頂けるのは嬉しいですね』

 歌を終え、ピイピイが礼をした。

 ネエネエは羊蹄を、ガウガウは肉球をパチパチと鳴らして拍手喝采。


『ピイピイ、ありがとうですねえ。では、洗面などをすませまして、朝の体操をしましたら、朝ごはんですねえ。そのあと、魔女様にご報告をしましょうねえ。楽しみですねえ』

『そうだな、きっと皆様、我々の報告をお待ちだろうから』


 ピイピイは、窓辺からふふ、と笑みをもらす。

『もしかしたら、魔法の研究に没頭されて、夜ではなく、昼に睡眠を取っておられるかも知れませんね。雪原の魔女様は魔道具のご研究でしょうか』

 ガウガウはそれに応えて少しだけ笑い、それから真面目な表情になった。

『確かにな。まあとにかく、各自洗面をすませてからもう一度こちらに集合しよう』

『はい』『ですねえ』


 そして、朝の色々をすませて、三人組は寝室に並んだ。


『いち、にい、さん』『モフ』『にい、にい、さん』『モフ』

 早起き三人組の朝のモフモフ体操。

 三人組は森や雪原、山でもこの体操を朝の習慣にしている。

 今日はみんなでモフモフモフ。すこぶる爽快な朝だ。


 昨日は、休むを頑張った三人。

 お風呂、モフモフのととのえ、おいしい食事。休みの内容はたいへん充実していた。


『お洋服はびっくりしましたですねえ』

『そうですね』『さすがは魔女様方』

 それは、昨晩。

 そろそろ就寝の支度を、というときだった。

 入浴時にガウガウが気付いた名案。鍵を通じて獣人王国の王宮に伺うために必要な衣装の準備。それをお願いしようと思っていた三人組。

 すると、鍵からは店主の『既に魔女様方からのご依頼を頂きまして、ご用意済でございます。どうぞご安心の上、夜のお休みを』という返事が。 

 これには、嬉しいびっくりモフモフ。

 三人組は楽しいおしゃべりのあと、ゆったりとした眠りについたのだった。


 そんなこんなの、今朝のモフモフ三人組。

 一緒に眠って安らかな睡眠、充足感は最高である。

 魔力も体力も気力もモフモフも、充実。


 食事用の机の魔法陣の上にさりげなく置かれていたのは、朝の採れたての魔果実で作られた新鮮な飲みもの、たくさんの種類のジャム、魔牛のチーズ、魔豚のハムとソーセージ、魔鶏の玉子のゆで玉子、目玉焼きは一つ目、二つ目、三つ目と、色々。焼きたてのふわふわのパン。新鮮な魔野菜と魔草のサラダ。ほかにも色々。

 それにネエネエが「お任せですねえ」とささっと作った魔牛乳のスープが付いた。

 魔牛乳の瓶や飲みもの以外にも、食材は備え付けの冷蔵魔道具にたくさん保管されていたのである。


 なんとも素敵な朝ごはん。

 それをもぐもぐモフモフと三人でおいしく楽しく食べてから、念願の魔女様へのご報告を行うのだ。


『ではでは、ですねえ』

 一番手は、ネエネエだ。


 そのネエネエが、フカフカの魔羊毛から取り出したのは、巨大な水晶。

 姿と言葉を同時に伝え、あちらからも伝わるという特殊な水晶だ。しかも、かなりの大きさ。特別な大きさの水晶にその機能を付与されたのは魔道具作りの名手、雪原の魔女様。 

 なんと、三人組全員が並んで話す様子が森の魔女様に届くのだという。


 ネエネエが話すお相手はもちろん、森の魔女様。


『魔女様、ネエネエですねえ。お目覚めですかねえ』

 魔女様が映像でお出ましになるまで、ネエネエはひたすら話を続けた。

 皆に無事に会えたこと、箒と魔石のこと、ガウガウの冷え冷えのお風呂のこと。たくさん、たくさん。

 そのうちに森の魔女様のお美しいお姿が映し出された。お部屋が意外と整頓されていたので、ネエネエは安心モフモフだ。

 ネエネエの話はきちんと聞いて頂けていたらしく、魔女様からも色々なご質問を頂き、三人組はそれぞれ回答を申し上げた。


『……うむ。皆、無事に着き、充実していたようで何よりだ。箒と魔石の件は店主からこちらにも報告が来るだろう。皆はとにかくあと数日間きちんと休み、熱々と冷え冷えの風呂にも入り、モフモフを整え、魔力を溜めるようになさい。獣人王国にはこちらから連絡しておくので大丈夫だ。なに、先方はあと数週はかかると思っているだろうさ。ああ、あちらからの人員は皆よく勤めてくれているよ』


『ありがとうございますですねえ。では、ゆっくりと休みましてから、出発いたしますねえ。そして、また獣人王国に着きましたらご連絡いたしますですねえ。それから姿を映してお話も可能にするこの映像通信水晶、貴重な品を預けて頂きまして、ありがとうございますですねえ』

『それは、次にその水晶を使うガウガウが雪原の魔女と話すときに一緒に礼を伝えるといい。ガウガウよ、に冷え冷えの風呂の礼もするのだろう? それに、ピイピイの主、山の魔女は皆がそれぞれ持つことができる小さな通信用の水晶をピイピイに持たせたはずだ。そうだな、ピイピイ?』

『左様にございます、偉大なる森の魔女様』

『我が主、雪原の魔女をお褒め頂きまして、恐悦至極に存じます。もちろん、報告の際に礼は伝えまする。この度は、森の魔女様からのお言葉をありがとうございます』


 ネエネエに比べるとかなりの緊張がうかがえる二人に、森の魔女様は笑顔を見せられた。

『二人とも、その言葉遣いは……緊張しすぎだぞ。二人ならばネエネエと同等。気安くしてくれてもかまわぬのだぞ』

『『善処いたします』』

『魔女様、ネエネエも雪原様と山様にはどきどきモフモフしてしまいますですねえ。ガウガウとピイピイの気持ちも分かりますですねえ。あ、そろそろ時間ですねえ!』

『む、そうか。では、残る二人と店主によろしく』

『はいですねえ、ご飯はできるだけ、お鍋さんのものを召し上がってくださいですねえ!』

『……気を付けるよ』


 そして、森の魔女様への報告が終わると、ニコニコモフモフなネエネエと、どきどきモフモフな二人の三人組となっていた。


『……緊張した』『ええ、さすがは森の魔女様。黒きお美しさの中にでまする魔力の鋭さがなんとも……』

『二人ともお疲れさまですねえ。ネエネエは森の魔女様とお話ができて嬉しいモフモフでしたねえ。次はガウガウの番ですねえ。砂時計さん、十五分ですねえ、よろしくですねえ』

 ネエネエが、砂がおりきった砂時計を逆にする。

 この砂時計も、雪原の魔女の作成した魔道具だ。

 なんと、一時間までなら分刻みで伝えてくれるのである。

 そして、この水晶が魔力を溜めるために要する時間は僅か十五分。にわかには信じがたい速さである。


 ちなみに、なかよしモフモフは魔女様へのご報告もネエ、ガウ、ピイの順番だ。


 実は『魔女様へのご報告はみんながしたいですから、ピイ、ガウ、ネエでもいいですねえ?』と最初はネエネエが遠慮したのだが、二人が『いや、なんとなくこの順が落ち着くよ』『異議なしです』という返事だった。

 そのために、こうしてネエネエが一番手になり、森の魔女様へのご報告が一応無事に終了したのだった。


『今日は魔女様方にご報告を申し上げたら、街を歩いてみようか』

『いいですね。では、明日か明後日には、ここを発つということになりますか』

『賛成ですねえ。少しはお外で動きたいですものねえ』

 そう言いながらも、ネエネエは何やら羊蹄を動かしていた。羊蹄からはネエネエ愛用の編み棒と、美しい糸が見えた。


『ネエネエ、それは?』

魔蚕まかいこさんの素敵な魔絹糸ですねえ。編みますですねえ』

 うきうきモフモフなネエネエは、一度羊蹄を止めると、籠に入れられた三色の美しい魔蚕の絹糸を二人に見せた。


『店主さんが転送して下さっていたみたいですねえ。朝ごはんをお片付けしていて見つけましたですねえ。籠に入った最高級の魔蚕さんの絹糸ですねえ。きっと、昨日、獣人王国に向かうために皆のお洋服をお願いしますですねえ、と鍵でお願いしたからですねえ』

『……もしかしたら、魔女様方がご依頼くださった我々の正装とは別に、ネエネエが何かを編みたいだろうと用意をしてくれた、というところかな』

『はいですねえ! 素敵な気配りですねえ。黒、白、青。ネエネエたちの色ですねえ。しかも、ネエネエたちの色よりも少しだけ濃いのですねえ』 

『これは……。かなりの効力がある魔草や魔木で染めてくれているな。この色を身にまとえば、美しい上に、我々の力となってくれるだろう』

『依頼をしてくださった魔女様方のお心も伺えますね』

『ですねえ! 嬉しいですねえ。ガウガウの分は今すぐではないのですが、ピイピイの分はガウガウがご報告をしている間に編めますねえ。森の魔女様へのご報告で、お披露目ですねえ』

『ネエネエ、ありがとうございます。見事ですね、もうこんなに編まれているなんて……! おや、ガウガウ、十五分が経ちましたよ』


 時を知らせる砂時計の砂は、いつの間にか落ちていた。


『そうだな。では、ネエネエがこの見事な編み技を終えてからにしよう。十五分をいま一度頼むぞ、砂時計よ。そしてネエネエ、スープや片付け、それに編みもの。ありがたいが疲れるかも知れぬ。お茶を入れてこよう』

『お手伝いをいたします』

『すごーく休みましたから、むしろ、モフモフ動きたいのですねえ。でも、ガウガウのお茶は嬉しいですねえ。よろしくですねえ』

 お茶の準備に向かう二人に、ネエネエは羊蹄を動かす編み編みモフモフのままで返事をする


『心得た』『ええ』

 ガウガウがもう一度と砂時計に託した時間は、十五分。ネエネエの編みものと、お茶には十分な時間。


 きっと、雪原の魔女様と山の魔女様への続けてのご報告もますますはかどることだろう。

 

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