第5話 魔羊ネエネエと楽しいお風呂。
「
店主と同様に、三人組とはなじみの特別宿泊室担当者は優雅な礼をして去って行く。
いつ何時でも。
それはほんとうに、そのままの意味。
今すぐにでも、闇夜でも、日が昇る直前でも。いつでもだ。
担当者が言う、鍵。
それはお客さまのあらゆるご要望にお応えするためのものだった。
この特別宿泊室の鍵は、部屋を使う従魔たちが扉に魔力を通せば宿泊客の魔力自体が鍵となる。
よって、ネエネエたちが店主から渡された鍵は、鍵の役目を果たすものではない。担当者に呼びかけるための通信魔道具なのである。
『釘を刺されてしまいましたですねえ。ぐさぐさですねえ』『さすがはこの魔法店の特別宿泊室の担当者殿だな』『ですね』
ぎくっとモフモフ、の三人組。
耳に痛いことを伝えてくれるのも、この宿泊施設ならでは。お客様の体調を考慮してくれているのだ。その心遣いがありがたい三人組は、いささか申し訳ない気持ちになっていたのである。
魔女様に連絡をしたり、打ち合わせをしたり。三人組がしたいことは、魔力をさらに必要とすることばかり。
まずは魔力と体力の回復を最優先に。それはすなわち、とにかく休め、ということだ。
ゆっくりと、は三人組には難しい。いつもどこかではりきりモフモフ。
だが、今はお休みモフモフを頑張らないといけない。
『確かに、ですねえ。魔女様が同じことをなさろうとしましたら、もっふりお休みください、と魔蜂蜜入りのあたたかい魔牛乳をお出ししますねえ』
『氷の海を泳ぐ一番味のよい魚を魔牛の
『山の果物のパイを召し上がって頂きたいですね』
もしもこれが、魔女様の御身であれば。
まずはご休憩を。そのとおり。
三人組、モフモフ納得。
『……頑張って休みますですねえ。ネエ』『ガウ』『ピイ』
声は小さくなってしまったが、合言葉と共に、三人組の本日の予定は休養と魔力の回復に努めること。決定である。
そうと決まれば、まずは、お風呂だ。
魔力を秘めた
脱衣所には体を洗う、
風呂上がりに使う香油も、飲みものもたくさん。
そして、何といっても、大きな浴槽。それが二つもあるのだ。
転倒防止の魔法がかけられた床。
二つの木製の浴槽には魔法がかけられた排出口が二つずつ付いていた。
片方の浴槽にはお湯と冷たい水の排出口。もう一つの浴槽には、お湯と水の排出口が備えられていた。それぞれの排出口につながる給湯、給水の魔道具にはたくさんの湯と水が準備されているので、量を気にする必要がない。
そして、扉に魔力を通したことで、三人組は排出口に手をかざすだけで好きなだけお湯も水も使うことができるようになっていた。
普段は熱めのお湯とぬるめのお湯の二つの浴槽。だが、今回は三人組のための特別なお風呂。
冷え冷えと熱々が用意されていた。しかも、冷え冷えの方には氷がいくつも浮いている。
『ガウガウには氷のお風呂、ピイピイとネエネエにはホカホカのお風呂ですねえ!』
『この氷は見事だ。形に歪みがなく、美しく、透き通っている』
『ホカホカお風呂、これなら泳げますねえ!』
『泳ぎはともかく、浮くのならばよいでしょう』
ガウガウは、冷え冷えの氷のお風呂にゆっくりと浸かり、ネエネエとピイピイはモフモフちゃぷちゃぷ。
ちゃぷちゃぷのあとは、ぷかぷか。
ピイピイはたまにネエネエとガウガウの頭の上を行ったり来たりしていた。
いつも冷静なピイピイにしては珍しく、なかよしモフモフとの入浴が楽しいらしい。
『前のお泊まりでは、ガウガウはぬるいお風呂に少し入っただけでしたねえ』
『ああ、二人にはゆっくりと入ってもらったね』
『多分、雪原の魔女様が店主さんにお伝えくださったのではないでしょうか』
『ですねえ』『ありがたいな』
『お風呂から出ましたら、冷たい瓶魔牛乳を飲みましょうねえ』
『うむ』『ええ』
ゆったりのんびり。溶けそうになる気持ちよさ。
心地よさから目をつぶっていたガウガウは、そうだ、というように目を見開く。
『……失念していた。今はこうして三人、モフモフのままだが、獣人王国では布をまとわないといけないな』
『そうですね。ガウガウ、ありがたいです』
『お揃いのお洋服、鍵さんでお願いしましょうですねえ。ネエネエもお揃いのお洋服を編みたいですねえ』
そんなふうに任務に備えた案も飛び出し、とても楽しい入浴となった。
そして、お風呂あがり。
ネエネエとガウガウは片方の羊蹄と肉球を腰に当てて、瓶の魔牛乳をごくごくぷはあ。
ピイピイは二人の瓶をついばむ。
そのあとは、ネエネエが二人のモフモフを整える。
『ガウガウ、ピイピイ、来てください。二人の毛と羽を
入室したときから、髪の毛の乾燥用の魔石、様々な目の櫛などがたくさん入れられた籠は用意されていた。
でも、ネエネエが最初に使うのは自分のモフモフから取り出した道具。
上等な魔豚の毛ををきつく縛ってまとめたものだ。それを羊蹄で器用に持ち、ネエネエが二人を誘う。
『すまないな』『ありがとうございます』
ころん、と転がる白いモフモフと、青いモフモフ。
お風呂上がりのモフモフ三人組。二人はサラサラしっとり。香油を塗り、少しずつ、丁寧に梳いていく。
ネエネエだけは既にもふん! としていた。ネエネエは、魔石ではなく自らの魔力での乾燥派なのである。
特別宿泊室の中には、部屋が何部屋も配置されている。
そのうちの一つは簡単な料理も作れる台所、一つは既に堪能したかなり広めのお風呂。
さらに、寛げる部屋が何室かあり、すべての部屋に机が置かれている。
そして、一番広いのはこの部屋、寝室だ。
小さな机が一つ。大きな寝台が三つと、魔石の床。
浄化魔法も体を休めるための回復魔法も完璧で、床に横になるだけでも魔力の回復につながる。
敷物も固いもの、柔らかいもの、ふかふかなものと何枚も敷かれていて、それぞれに癒しの効果のある魔法陣が編み込まれているので、ごろごろとするだけでも、魔力と体力が回復していくのだ。
『二人のモフモフが仕上がりましたら、追加のお食事をお願いしましょうですねえ。作ってもらうお食事は楽ちんで楽しみですねえ』
焼きたてのパンとたくさんの種類の魔牛のチーズ、魔豚のハムとソーセージ、新鮮なたくさんの野菜は食事用のテーブルに準備されている。
食事用のテーブルには転送の魔法陣が彫られていて、特別宿泊室の客の邪魔をせずに食事の用意をととのえてくれた。
一方、特別宿泊室の宿泊客用の特別な調理場では、店主が華麗な仕草で暴れ牛の分厚い肉を焼いていた。
冒険者ギルドに今日おろされたばかりの最高級の品。それが、絶妙な火のとおり具合で調理用の魔道具の上にのせられている。
きっと、そろそろ皆様はお食事をご所望だろうと店主が予期していたためである。
「仕上げとなります。よろしくお願いします」
熱々の状態で召し上がって頂けますように。
そう念じながら、店主は火の精霊に話しかける。
すると、店主の襟元に付けられた鍵型の襟飾りから声が聞こえてきた。
『追加のお食事をお願いしますですねえ』
それは、大切なお客様からのお声だった。
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