第4話 魔羊ネエネエと店主さん。

『ようこそいらっしゃいませ、ネエネエ様、ガウガウ様、ピイピイ様。偉大なる魔女様方からご予約を賜っておりますので、どうぞ、ご存分にお寛ぎ下さい』


 魔法店の年季の入った木戸を開けると、モフモフ三人組とはなじみの店主が出迎えてくれた。

 きれいに整えられた白髪と口髭が印象的な、老紳士。

 端正な人族のようだが、違うのかも知れない。年齢も不明。

 モフモフ三人組は特に気にしてはいない。

 店主が隠している魔力が凄まじいことは三人組の肌とモフモフでじかに感じているし、魔女様方が「信頼できる」と仰る店主さん。それで十分だ。


 そして、店主は念話で三人組を歓迎している。

 一見すると、かわいいお使いモフモフ三人組。このモフモフたちが名高い魔女様方の従魔だということを知る店員には念話がそのまま聞こえているだろうし、それ以外のものには「いらっしゃいませ。本日は何をお探しでしょうか」のように聞こえているのだろう。


『特に怪しい魔力はなし。大丈夫だよ』

『ありがとうですねえ』

 ガウガウがそうは見えない愛らしい容姿で探ると、店内には、買取のお客らしい獣人が一人だけ。洋服から狐の尻尾らしきものが覗いている。

 買取の窓口は新人が対応しているようだ。


 ネエネエから順に、店主への挨拶をする。

『店主さん、こんにちはですねえ』

『よろしく頼みます』

『先般は素敵な時間をありがとうございました。またお世話になります』 


 存在を知る魔女や魔法使いたちからは評判の、この魔法店の宿泊施設。

 一泊の料金は富める王国の王宮専属魔法使いの月給ほどとも言われるが、魔女様方はそんなことは気にしない。

 三人組の前回の宿泊も、誰が一番多く負担するかであわや大国主催の魔法大会かというほどの魔法勝負が起こりそうになったくらいである。

 ちなみに、勝者が一番の負担者になるのだ。


 結局、ピイピイの主で従魔同様に冷静な気質の山の魔女様が「三人組の合い言葉、ネエ、ガウ、ピイの順にいたしましょう」と名案を挙げたので、前回は森の魔女様、今回は雪原の魔女様が多めに負担することとなった。

 こう仰る山の魔女様も、内心で自分の番をと次の機会を待っておられるのだが。


『あれ? ですねえ』『ああ』『あら』

 モフモフトコトコと店主に付いて部屋に向かおうとしていた三人組は、買い取りの受付が少しだけ騒がしいことに気付いた。


 店主が認識阻害の魔法をかけているので、モフモフ三人組のこの移動もお使いの品を取りに行くために奥に入るようにしか見えていない。

 だから、鍵を受け取りこのまま進むだけでいいのだが、この三人組だ。

 何かがある、を見過ごせるはずはない。


「この箒は魔力の大小にかかわらず、どんな魔法使いでも速く飛べる、画期的なものです。ぜひ、こちらのお店でお取り扱いを。それから、この魔石。かなりの純度でしょう?」

「どのようなお品でございましても、うちの店では初見の方のお買い取りはいたしません。鑑定でしたらお引き受けいたします。お買い取りにつきましては、魔道具ギルドの高ランク保持者などのご推薦などをご用意頂けましたらご対応をいたします」

「そこをなんとか!」

 そんなやり取りが聞こえてきたのだ。


『押し売りですかねえ』

『この店は、高い魔力をお持ちの魔女様や魔法使い様たちの御用達ごようたしだからね』

はくをつけたい魔道具師が売り込みに、といったところでしょうか。武器などは所持してはいないようですね。そうでしたら、こちらのお店に入店できてはいませんから』

 魔石で造られた煉瓦や、古い木戸に偽装をした魔法の扉たちは、みごとなくらいに危険な存在を弾く。

 不穏な存在が何度試みても店内に入店できないことに痺れをきらすと、店主や凄腕の店員たちが黙々と対処をする仕組みだ。


 ガウガウとピイピイと念話で会話をしてから、ネエネエはそっと買い取りの受付を探る。


『ネエネエたちが知らない方ですねえ。魔力もあまり練られてはおりませんですねえ。多分、人族の新人さんですねえ。いつもの方達はきっと、ネエネエたちのお部屋の準備をしてくれているのでしょうねえ。店主さんはこれも商売の基礎だからと、まだ見て見ぬふりですかねえ』

『ふむ』『そうですね』


 ガウガウとピイピイも、ネエネエの見立てとあまり変わらないようだ。

 三人組はそっと肯いた。


『……店主さんが静観されるなら、お部屋に行くですかねえ。こっそりモフモフですねえ』

『だね』『ですね』


 あらためて、特別宿泊室へと向かおうとした三人だったが。


「では、仕方ありません。鑑定をお願いします。魔石は獣人王国の鉱山から採掘された貴重なものです。そして、箒はなんと、魔道具作りの大家、あの雪原の魔女様のお弟子さんの作ですよ」

『なんと、ですねえ』『……ほう』『そうきましたか』


 山、雪原、森。

 それぞれの魔女様はまだ弟子を取ってはおられない。

 弟子の志望者は列をなすほどだが、それぞれの守護される場に現れることができたものすら存在しない。招かれざるものが魔女様ご本人にお会いすることは至難なのだ。

 魔女様方はご自身と、そして御身にとって第一とも言える大切なモフモフ従魔こそがそれを選ぶべきだという強いご意志をお持ちなので、なおさらである。


『……店主さんの出番ですねえ』

「申し訳ございません、皆様方。お部屋へのご案内は、ほかの者に代わりましてもよろしいでしょうか」

 店主の魔力の変わり方に、三人組はにこにこモフモフ。これなら安心だ。


『大丈夫ですねえ。前と同じお部屋ですねえ? 鍵だけくださいですねえ』

『三人で向かいますよ』『ええ』


「はい、前回と等しく、できましたらそれ以上のご満足をご提供できましたらと存じます。もちろん、お部屋の担当のものは控えてございますので。それでは、たいへんに失礼をいたしますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」

 店主はネエネエに鍵を預け、美しい礼をして、三人組のそばを離れた。


「失礼ながら、我が魔法店の大切なお客様であられます雪原の魔女様をおとしめるご発言。魔法法律にのっとりまして、この場にて断罪申し上げます」


 いつの間に、という動きで移動した店主は買い取りの受付にいた。

 そして、その立場を明かす。


 魔法法律家。

 資格を持つものは、とても少ない。その代わりに、魔法や魔道具に関わる不正を裁く権限を与えられている。

 一方的な蹂躙などでなければ、多少の魔法の行使も許されている。この魔法店の店主は、実はその資格者。ネエネエたちは驚かない。『ほうほうですねえ』くらいのものだ。

 だが、新人受付は驚きのあまり、座ったまま、固まっていた。


『……大丈夫、緊張からくるものですね。今だけどうか、おやすみなさい。店主さん、そちらの毛皮を拝借いたします』

『ありがとうございます、ピイピイ様』

 店主との、念話でのやり取り。小さなピイピイは新人受付に何かの美しい声を囁き、そのまま受付の椅子に座らせておく。

 そして、華麗な羽ばたきとともに浮遊魔法を用いて壁に飾られた上質な魔獣の毛皮を膝に掛けてあげることも忘れない。

 こうして、疲労と緊張からいつの間にか眠ってしまったことにする。

 多分、新人受付の目が覚めたときにはすべてが終わっているだろう。


「え……嘘……魔法法律家? それに、この店、雪原の魔女贔屓ひいき店? そんなこと、!」

 やべえ、と逃げ出そうとする魔道具師。

  

 このまま逃がしても、多分、木戸が跳ね返って押さえつけてくれるのだろうが、街行く人々に見られると、騒ぎになりかねない。


『店主さん、どうぞですねえ!』

 ネエネエが自らのモフモフに羊蹄を入れて、太い縄を取り出し、投げる。

 もうただのモフモフ三人組ではないとばれても大丈夫なので、いけいけモフモフである。


「ありがとうございます、ネエネエ様」

 店主はその縄を華麗に受け取り、こちらもただの店主にはあり得ない勢いで、それを飛ばす。


 代わりに、箒がネエネエたちのほうに飛んできた。

 やけになった魔道具師が投げたのだろうか。確かに速さはある。だが、何かがおかしい。


『ピイピイとネエネエが素晴らしい動きを見せているからね』

 ガウガウはすっ、と片手を上げる。

 そして、白いふわふわの毛に囲まれた黒い肉球でその箒を押さえ、あっという間に沈静化してしまった。


『……ふむ。普通の箒に、魔力を込めたのかな。だが、あの速さ。一応、店主さんに鑑定をして頂いたほうがよかろう』

『ガウガウ、かっこいいですねえ。ピイピイの眠りの歌も素敵でしたねえ』

『嬉しい言葉です、ネエネエ。それに、あの縄。さすがですね。ガウガウの動きも素晴らしかったですよ』『ありがとう、二人とも』


 三人組がお互いを称えていると、うめき声がした。


「うう……」

 かすかな声。

 店主の放った縄が、魔道具師を締め上げたのだ。

 詠唱なしの捕縛魔法。

 縄を渡したネエネエも、捕らえた店主も素晴らしい。


 若い受付はピイピイの美しい囁きで、眠りの国にいる。

 それでよかったのだ。

 起きていたならば、尊敬する店主のあまりの激変に驚いてしまっただろうから。


 ガウガウは、簡単に受け止めたあの箒の細部を確認している。


『……おかしい。この箒はあの速さの割に飛行魔法への耐久性が少なすぎる。魔力を蓄積できるほどの材料ではないのか? 雪原の魔女様の弟子が作成……。弟子と偽るものの技だとしたらあり得ない脆弱ぜいじゃくさだが、瞬間の速さはネエネエの跳躍の百分の一くらいだったか?』 

『ガウガウ、ネエネエと比較するのはネエネエとネエネエの羊蹄に失礼ですよ』

『大丈夫ですねえ。おのあるじ、雪原の魔女様のことを思うあまりにですねえ。ガウガウの気持ち、分かりますですねえ。ネエネエも森の魔女様のことを考えますと、もっふりとしてしまいますですねえ』

『そうだな。ネエネエ、すまない。ピイピイ、忠告をありがとう。店主殿、こちらは証拠となさいますでしょう。一応、鑑定をなさってください』


「ガウガウ様、誠にありがとうございます」

『どういたしまして。飛ばない箒としてなら、作りがよさそうですが、飛行箒としては……』

「それでは、鑑定をいたしまして、安全を確認できましたら一般のお客様のための雑貨として販売いたしましょうか。もちろん、あの速さの謎は解明しなければなりませんね。そして、この魔石は確かにかなりの純度です。もしかしましたら……」


 そして、店主はさらに真剣な表情になり、そして、三人組に伝えた。

『獣人王国の鉱山の魔石かも知れません。あの魔石はほぼ採掘されたままのもの。外部に出されます魔石はきちんと精製をと、品質管理が徹底されておりますの国では本来起こりえません。ですが、皆様、まずはお部屋でお休みください。今度こそ、きちんとご案内申し上げます』


『分かりましたですねえ』『はい』『ええ』

 念話で伝えられたその言葉に、肯き合う三人組。


 そう、実は皆、かなりの距離を走ったり飛んだりしている。

 獣人王国に三人組は知らない何かが起きていたとしても。


 まずは、休む。

 店主の言うとおりなのだ。

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