第2話 魔羊ネエネエと旅立ちの前に。
紙の蝶を通じての獣人王国国王直々の依頼が森に着いた日から数えて、五日が過ぎた。
この間、魔羊ネエネエはモフモフと積極的に活動をしていた。
まずは、ネエネエ不在中の魔女様の食生活の充実のために、はりきりモフモフ。
たくさんのお菓子やお料理の作り置きだ。
食べやすい大きさに成形したリンゴのケーキと胡桃の焼き菓子をもりもり焼いて。
キノコのシチューは具材を変えて何種類も。暴れ牛のお肉を入れたり、野菜を増やしたりと気遣いを。
熱々のシチューは、状態保存魔法がかけられたお鍋さんたちに『よろしくですねえ』とお願いしてから蓋をする。
もちろんほかにもたくさん、たくさん。
『次は、これですねえ。ネエネエの黒い魔羊毛で、編みぐるみ。編むですねえ』
浄化魔法付与済みのネエネエの魔羊毛は、大きなネエネエ編みぐるみを編むための材料だ。
それをひたすら、編み編みモフモフ。
編み棒を自慢の羊蹄で器用に動かすネエネエ。その様子は、モフモフの巨大編みぐるみがモフモフな編みぐるみを編んでいるようにも見えた。
お掃除やお料理の後片付けは、箒さんやはたきさん、それから食器さんやお鍋さんたちにネエネエが魔法をかけてお願いしておくので大丈夫。
洗濯は、魔女様に『浄化魔法をかけておいて頂けましたら、ネエネエが帰宅しましたのちにお洗濯をしますですねえ』とお伝えしてある。
しかも、これらの作業をしながらも、獣人王国の歴史や文化やマナーなどもきちんと学ぶ勤勉なネエネエ。
竃の精霊さんに火の番を頼み、魔女様の貴重な書物を書棚に納めた書庫にしたたたたと向かうネエネエの姿はなんとも頼もしかった。
そして、獣人王国から派遣され、早々に森に到着した魔養蜂家たちは皆、真面目な面々だった。
国王自らが依頼された森の魔女様と従魔殿への敬意にあふれ、職務に忠実。
宿泊用の設備の設営の許可を求める姿勢もきちんとしており、魔女様には珍しく、防御の魔法を重ねがけして下さっていた。
実は、ネエネエは魔女様から説明された以上には手紙を読みたいとも申し出なかったので魔女様からは伝えてはいなかったことがある。
蝶としてやってきたあの手紙には、魔養蜂家たちに万が一のことがあっても魔女様に責を問うようなことは一切いたしませぬという国王直々の宣誓文も書かれていたのだ。
逆に、従魔殿の御身には……とネエネエについてはすべての責をあちらが負うとも。
魔女様ご自身は、もしものときにはほかの魔女たちとともに伝説級の大魔法、転移魔法を用いてでもネエネエたちを救出しに行けばよい、と考えていた。大魔法の使用などは、ばれなければよいのである。
だからといって、職務に忠実なものたちを冷遇するようなことはしない。
魔女様は、森の魔女であるのだから。
真面目な彼らは声を揃えて「どうか、姫様をお願い申し上げます」とネエネエに頭を下げていた。
『お任せですねえ』とネエネエも即答。ますます名代のお役目に気合を入れていた。
ネエネエの魔羊毛が気合でもふっとすることは、魔女様の喜びである。
そんなこんなで濃密な日々を過ごしていたネエネエが出発前に最も集中したのは、魔女の名代として伺うその理由、獣人王国の姫君が発症した呪いの解毒薬の調薬の概要を魔女様から講義して頂くことであった。
さすがのネエネエも、これはすぐにとはいかない。魔女様の魔法陣で集中力を高めて頂き、気合ですねえ、とモフモフと学習していった。
魔女様が水晶で確認をしたところ、共に獣人王国へ向かうなかよしの従魔ガウガウとピイピイも雪原の魔女様と山の魔女様から同様のご指導を賜っていたようである。
それならば、なおのこと、と張り切りモフモフ。ネエネエは知識を目覚ましく吸収していったのである。
そして、また五日が過ぎて。
『行ってきますですねえ、魔女様』
「……ああ、こちらの心配はしなくていいよ。ネエネエの編んでくれた編みぐるみもあるしな」
『お食事と水分補給もですねえ。獣人王国からいらして下さった皆さんにもお願いしておきましたですねえ。皆さんは食料や飲料などもたくさんお持ちでしたが、ネエネエからも差し入れましたですねえ』
「……ネエネエは優しいなあ。私も善処するよ。さあ、それよりも、これは通信用の水晶や魔石、路銀やそのほか色々を入れた亜空間収納袋だ。それから、役に立ちそうな本も入れておくからね」
『ありがとうございますですねえ、落とさないようにネエネエの魔羊毛に入れますですねえ』
ネエネエの魔羊毛はかなりの大きさのものもむぎゅっと収納できるのだ。
魔女様から頂いた大事なものたち。ネエネエは特に丁寧にしまい込む。
「呪いについての過去の記録などは雪原と山の魔女と協力して、こちらでも調べておくからね。獣人王国の鉱山のこともだ。現地で調査するよりも分かることもあるだろうから」
『ありがとうございますですねえ。姫君にお会いして実際にお薬をお作りするときには、必ず魔女様と雪原と山の魔女様方にもお伝え申し上げますですねえ』
「いや、できることなら、毎日水晶に連絡をしてくれ。そうだ、集合場所でも薬の材料などを追加できるようにしてあるからね」
『至れり尽くせり、ありがとうございますですねえ、魔女様。では、行ってきますですねえ!』
そして、しばしのお別れのご挨拶の最後に、モフモフがっしり。旅立ちネエネエは、しっかりフワフワ。
「離したくない……けれど、離さねば……」
『ですねえ!』
魔養蜂家たちへの挨拶は済ませているし、魔女様へのご挨拶もたっぷり。ついに、その時がきた。
「ガウガウは山の魔女から特製の移動用箒をもらい、それで飛んでくるし、ピイピイは自らの羽で空を舞うだろう。だから、二人はネエネエよりも先に着いているかも知れないけれど、急ぎすぎてはいけないよ。とにかく気をつけて」
『ありがとうございますですねえ、それでは、ネエネエ、今度こそほんとうに、行ってまいりますですねえ!』
魔女様が視界に入る間、羊蹄をちぎれそうな勢いで振りまくったあと。
ネエネエは、二本足のトコトコモフモフから、四つ足へ。
すべての足を大地に付けた。
モフモフ、準備完了。
魔羊ネエネエ。出発である。
『ガウガウ、ピイピイ、そして、獣人王国のお姫様と皆様方。ネエネエを待っていてくださいですねえ!』
したたたモフモフ。
速い、速い。
ネエネエは、あっという間に黒い点になり、そして、見えなくなった。
そして、ネエネエを見送られたあと。
魔女様は、一人静かに呟かれるのだった。
「さすがだな、ネエネエ。まるで魔法弾のようだよ。行っておいで。ネエネエたちがにこにこモフモフでいられるように、私たちも後方支援に励むからね。なあ、雪原の、そして、山の魔女たちよ?」
『うむ』『そうですね』
そう、これは、ネエネエも、ネエネエのモフモフ仲間も知らないこと。
張り切るモフモフたちの、その裏で。
三人が集まり本気を出したならば、小国ならば即日、大国であろうとも数日中には滅ぶのではと噂される魔女様方が、秘かな動きを進めていらしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます