第三章

——ヒロ視点——

 いつもより早く家を出た。ショウをどういじってやろうか、それを考えながら。

 駅に着きホームへ出る。電車に揺られ、学校の最寄駅で降車する。

 駅から学校への道で、ショウを見つけた。

「お、みぃ〜っけた!」

 静かに呟きながら、ショウにバレないように後ろから近づく。

「——ぃよう!! 昨日はお楽しみだったかーー!?」

 言いながら、肩を組む。

「——っくりしたあ……。やめろよ、心臓に悪い」

「はは! それより、水くせえじゃねえか! 彼女いるなら言えよ! 祝福させろ、このヤロー!!」

 笑いながら、ショウの頭をガシガシといじる。ボサボサになった。おもしれ。

「やめろって! ていうか、彼女……? 誰に?」


「ははあん……知らばっくれる気かあ? そうはさせないぞ!」

 また頭をボサボサにしてやろう。そう思ったが、ショウの顔は真剣そのものだった。本気で困惑しているようだ。

「え? だってお前、昨日夜の二十一時くらいに、駅前で女と歩いてたろ?」

「——え?」


——ショウ視点——

「女とって……歩いてないけど……?」

「ええ? 人違いだったか? お前が髪の長い女と歩いてるの見たと思ったんだけど」   

 ドキッとした。

「それ、……服装は?」

「白いワンピースだったと思うけど……。本当に違うのか?」

 やっぱり。夢で見た女が脳裏に蘇る。でも、そんな偶然、あるんだろうか。いや、きっと、無理やりそれと繋げてるだけだろう。よくある脳のバグ、脳のバカなところだろう。でも、だとしたら、なぜヒロの言う特徴と夢の女の特徴が一致するのか。そもそも、昨日は誰とも会って——

「あ……」

 昨日、そういえば、なんで路地裏にいたんだろう——。いやいや、それこそオカルトだ。荒唐無稽すぎる。

「おい、おい! 大丈夫か? ショウ!」

 肩を揺すぶられる。

「ああ、ごめん——。ちょっと、考え事してた……」

「ったく。大丈夫かよ。でも、本当に彼女いないのか? でも、確かにショウだったと思うんだけどなあ……」

「……きっと、人違いだよ……。確かにその時間も駅にいたけど、多分同じ方向に歩く人を見間違えたんじゃないかな……」

 きっとそうだ。正直、どれくらいあの路地裏に居たのかは分からない。けど、なんとなく、認めたくない。それが同じだと、思いたくなかった。

 そうしなければ、もう戻れない何かが、ありそうだった——。


——アカネ視点——

 頭が重い。いい加減切り替えないと。

 校門を抜け、昇降口で靴を履き替えて、教室へ向かう。

「おはよう、アカネ。なんか、元気ないね?」

 教室に入り、自分の机にカバンをかけるなり、そう声がかかる。

「おはよう。ヒカリ。あなたは今日も元気そうね」

 少し溜息混じりに答える。

「えー! それどういう意味ー!」

 頬を膨らませて、後ろから抱きつかれる。

「別に、バカにしてないわよ。いつも元気そうでこっちまで元気になるわ」

 そういうと、ヒカリは少し照れたように笑う。

「えへへー。そう言われると、嫌な気はしませんなあ」

 そう言いながら、照れながら頭を掻いた。

「ところで、どうしたの? ここまであからさまに元気ないの、久しぶりじゃない?」

 こういうところで、ヒカリは鋭い子だ。

「うん、ちょっと、ね。変な夢を見ちゃって、よく寝れなかったみたいで」

「えー! どんな夢見たの? 私が退治してあげよっか?」

「退治するって、なに言ってるの? それに、忘れちゃったわ」

 えー! と、ヒカリは言っていたが。しっかりと覚えていた。むしろ、時間が経つほど、鮮明になっていく。

「ほら、もうすぐHR始まるよ。戻りな」

 言うや否や、チャイムが鳴り教師が入ってくる。

「はーい、席付けー。席つかないと欠席にするぞー」

 ぞろぞろと、クラスメイトたちが席についていく。

 ふと目をやると、ちょうどショウが椅子に座ったところだった。

 昨日の光景と、夢の内容が、脳に蔓延り続けていた。


——ミカ視点——

「なんだか、元気がなさそう——?」

 いつもの時間。教室にいる人数がまばらな時間。

 自分の席から、窓と教室の中をぼうっと眺める。

 だいぶ人も登校してきた時間帯。いつもショウくんはこの辺りの時間で登校する。

「どうしたんだろう……」

 気にはなる。だが、話しかける勇気もなければ、話しかける資格もない。私はこの机から、離れられない。

「……嫌だな……」

 ショウくん、大丈夫かな——。


——ショウ視点——

 午前が終わり、昼が過ぎ、午後の授業が始まっても、頭の中は混濁としていた。

 ヒロとの朝のやりとりと、夢の内容が、脳を掻き回す。

 あの女はただの夢じゃないのか。なんで同じ姿をヒロが見るのか。ずっと、同じ問いが繰り返されていた。


 気づけばHRまでもが終わっていた。

「おい、ショウ。大丈夫かよ。今日一日ずっとぼうっとしてたろ」

 言いながら、ヒロが近づいてくる。

「何。ずっと僕のこと見てたのか。ちゃんと授業受けろよ」

「お前に言われたくないわ。特に今日のお前にはな」

 確かに今日はずっと集中できていない。授業の内容など微塵も覚えていない。

「うるさいな。帰るぞ」

 言いながらカバンを掴む。と、

「ショウくん。今日は私たちは委員会があるとHRで言われてたでしょう。聞いてないの?」

 全く知らない。そもそも今日は何も聞いていない。

「そうなの。ごめん、じゃあ、行こうか」

「ああ、そういや言ってたな。じゃあ、俺は先に帰るよ。じゃあな、ショウ。アカネも」

「ああ。悪い、また明日な」

「ええ。さようなら、ヒロくん」

 ヒロが帰り、僕たちは委員会の教室へ向かった。


「それじゃあ、今日の委員会はこれでおしまい。プリントを確認しておいてね。次の委員会で回収します」

 ハマダ先生がそう締めくくる。

 帰ろう。そう思いながらカバンを肩に掛けると「ショウくん」と声をかけられる。

「? 何、アカネさん」

「ちょっと、いいかしら」

「いいけど、何か呼び出されるほどの事、僕したかな」

「違うわ。ただ、少し聞きたいことがあるの。……静かな所へ、移動しましょう」

 そう言うと、返事を待たずに教室を出ていった。僕もそれについていく。


——アカネ視点——

 何をしているのか。私にもよくわからない。同じ夢を見たか聞くなんて、変態なのかしら。凄く好きみたいじゃない。でも、このモヤモヤはきっと実際に話さないと取れない。これは、私には邪魔でしかない、すぐに解決すべき問題だわ。

「この辺でいいかしら。ごめんなさいね。急に呼び出して。それと、突拍子もないことを聞くわ」

「いいけど、どうしたの」

「そうね……。ショウくん。あなた、夢は見た?」

 その言葉に、彼は確かに反応したように見えた。

「何か、見たのね——?」

「急にどうしたの。思ってたよりも変な質問で驚いたよ」

「いいから、答えて。どんな夢を見たの。それは、丘で女性と向かい合ってる夢じゃなかったかしら」

 瞬間、彼は確実に反応した。一歩下がる。

「どうして、それを知ってるの……」

 随分と怪訝そうな顔をする。まるで私が何かの犯人みたい。いえ、どちらかというと私が探偵で彼が犯人ね。

「私もね。見たのよ。あなたと、白いワンピースを着た髪の長い女性が、向かい合ってるのを。私は少し遠くにいて、半分透けていた。おかしな夢で片付けばよかったけど、あまりにも私の思考から離れないのよ。だから、あなたにも聞いてみようかと思って。その反応を見るに、どうやら、当たりかしら」

 なんでしょう。本当に犯人を追い詰める探偵になった気分だわ。……どんなのか知らないけど。

「……僕も見たよ。ただ、そこにアカネさんはいなかったし、その相手との会話も、意味がわからない内容だった」

「そう。ねえ。あの夢は、なんだと思うの」

「知らない。むしろ僕が知りたいくらいだよ。アカネさんは、なんだと思うの」

「さあ。あなたの自意識の表れとかじゃないかしら。私の方が不思議よ。なんで私が、あなたの夢を傍観するかのような夢を見るのよ」

「……なんかのオカルトじゃないの。検討もつかないよ」

 オカルト、ね。まあ、そうでしょうね。私でも、きっと彼でも、説明なんてできっこない。でも、不思議とモヤモヤは消えたわ。

「そう。そうなのかもね……。ありがとう。急に呼び出して、さらに変なことを聞いてしまって、ごめんなさいね。このままさよならだと悪いし、ショウくんの方から何か聞きたいことはあるかしら」

「聞きたいこと……あるにはある。けど、結局どうして同じ夢を見たの、ってこと。きっと答えは得られないでしょ?」

「そうね。その質問をされたところで、先ほどのやりとりが繰り返されるだけね」

「だろうね。であれば、大丈夫。さようなら、アカネさん」

「ええ。さようなら、ごめんなさいね。ありがとう」

 挨拶を交わし、彼が先に去っていった。

「私のモヤモヤは消えたけど、彼はむしろ逆でしょうね……」

 夕暮れの校舎で、一人呟いた。

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