第二章

——アカネ視点——

「——はぁ。だめね。集中できていないわ。今日は早めに終わりましょう」

 時計を見るとまだ二十三時前だ。今日は特に集中できない。駅で見た光景が、まぶたにやけにこびりつく。なんなのかしら。

「牛乳でも飲んで、寝ましょう。こう言う時は何をやってもだめなのは、もう知ってるから」

 勉強道具を片付け、学校と塾に持って行く物をカバンにしまってから、部屋を出てリビングに向かう。

「あら? アカネ、寝れないの?」

 リビングには母が居た。

「うん、お母さん。だから、牛乳でも飲もうかなって」

「そう? なら、お母さんもご一緒しちゃおうかな。アカネは座ってて」

 そう言いながら、母がコップを二つ取り出す。冷蔵庫から牛乳を取り出し、取り出したコップに注ぐ。

「最近、夜遅くまで勉強してたから、少し心配してたのよ」

 牛乳をしまい、コップを持ちながら母は言う。

「ありがとうお母さん。うん。でも、今日はあまり集中できなくて」

 牛乳を受け取り、一口飲む。

「何かあったの?」心配そうな母の声。

「ううん。そういう訳じゃないんだけど……ちょっと、気になることがあって……」

 黙って母は聞いている。

「ううん、やっぱりなんでもない」

「そう? わかった。いつでも、話してね。あまり無理はしないで。頑張ってるの知ってるからね」

「うん……。ありがとう、お母さん。……おやすみなさい」

「おやすみ、アカネ」


——ショウ視点——

 結局、家に帰ったのは二十三時を過ぎた時間だった。リビングの灯りが点いている。

「——ただいま」

「おかえり。遅かったな。何かあったのか?」

 父がテレビを見ながら、お茶を飲んでいた。

「いや、特には。ただ、電車で寝過ごしちゃって、終点まで行っちゃった」

 言うと、父は笑いながら

「はは、気をつけろよ。父さんも何回かやったけど、終電でやった時の絶望感は半端なかったぞ」

「それは、やばそうだね。気をつけるよ」笑いながら答える。

「ご飯、冷蔵庫に入ってるけど、先に食べるか?」

「あー、いや、先にシャワー浴びてくるよ」

「そうか。じゃあ、出して温めておこうか」

「ううん、大丈夫。出たら自分でやるよ」

「わかった」

 言いながら、自室に行き、制服を脱いでシャワーを浴びる準備をする。

「————」

「——?」誰かに呼ばれた気がする。

「父さん、今僕のこと呼んだ?」扉を開けて言う。

「ん? いや、特に呼んでないぞ?」

「あれ? じゃあ、気のせいかも。ごめん、なんでもない」

 言いながら部屋に戻り、浴室へ向かい、シャワーを浴びた。


 シャワーを浴び、夜ご飯を食べ終わり、部屋で明日の準備をする。

「課題、まだ終わってないや……」パッと終わらせて寝てしまおう。


「————? 外——?」

 見覚えのない景色が広がっている。

 いつの間に着替えたのか、白い服を着て、裸足で丘にいる。空は晴れ渡り、心地よい風が吹いている。

「こんにちは」

 背後から不意の声がして、振り返る。

「——あなたは?」

 そこには、見覚えのない女性が立っていた。

 白いワンピースに、長い黒髪。整った目鼻立ちが、困ったように微笑んでいた。

「あなたは私を知っているはずよ。私があなたを知っているもの。でも私はあまりあなたを知らないの。あなたが私を知らないから」

「——?」

 何を言っているのか、全く理解ができなかった。そういうセリフに憧れてるのか? とも思った。

「何を言っているのか、そう思ったでしょう? 意味なんてないわ。でも、あなたが見出せば、それはたちまち意味を持つ。あなたが見出さなければ、それは無意味なものになる」

 ますます意味がわからなかった。意味のないものは、意味のないものだろう。

「あまり、ピンとこない。あなたは、誰ですか?」

 それに女は答えず、ただ微笑んだ。

「そろそろ、お別れね。また、きっと会えるわ。きっとね」

「どういう——」

 言いかけたところで、意識が現実に引き戻された。

 身体が揺らされているーー。

「おい、起きろ。もう起きる時間だろ。机に突っ伏して寝るなんて。風邪ひいちゃうぞ」

 父が身体を揺する。どうやら、課題をやりそのまま寝てしまったようだった。

「ぅぅん……」

 痛む身体を無理やり起こし、意識の覚醒に努める。

「顔、洗ってきなさい。朝ご飯、用意してあるから」

 そう言って、父が部屋を出ていく。

 再度沈み込みそうな意識をなんとか掴み、立ち上がる。若干のふらつきを覚えながら脱衣所へ行き、冷水で顔を洗う。

「……つめた……」


——アカネ視点——

「……………」

 あまりよく眠れなかった。いつもより身体がだるい。変な夢を見たが、きっと寝る前に余計なことに気を囚われていたからだろう。

「でもあれ……ショウくんよね……。それと、正面に誰か女の人がいて、向かい合ってたような——」

 夢で私は、制服を着てどこか綺麗な丘に立っていた。青く澄み渡る空に、風が丘の芝や花草を揺らす。ただ私は、その風を感じられずにいた。私の身体は半透明で、そこに存在していないようだった。

「恋する乙女じゃあるまいし……バカバカしい……」

 どうせ夢だ。すぐに忘れる。そう意識して、私は朝の準備をした。

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