第一章
――ショウ視点――
「おい、帰ろうぜ、ショウ」
HRの終わりを告げるチャイムが鳴り、号令が終わるなりそう声をかけられる。
「早いな。少し待ってくれ。まだ準備が終わってない」
「早く早く。帰りにバーガー食い行くって言ったじゃん」
そうだった。そういえばそんな約束を朝にしたんだった。
「わかってるよ。ほら、行こう」
雑に教科書類をカバンに詰め、閉じながら立ち上がる。
「ショウくん。ちょっと、いいかしら」
不意に呼び止められる。
「何? アカネさん」
「次の委員会の資料、ハマダ先生が渡しておいて、って」
数枚の紙を差し出している。
「そうなの。わざわざありがとう」言いながら、閉めたカバンを再度開き、ファイルに入れ再度閉める
「それじゃあ、アカネさん。また明日」
「ええ。また明日。ヒロくんも、さよなら」
「おう、じゃあな、アカネ。ほら、行こうぜショウ」
言いながらヒロは既に、教室の扉へ歩き始めていた。
若干駆けながらヒロに追いつく。後ろで誰かがボソッと、呟いた気がした。
――ミカ視点――
やっと今日も終わる。友達もいない学校は、酷く憂鬱で、でも不登校になる勇気もなかった。そしたら、私はこの世界の誰にも観測されなくなる。それは、私の存在を不確かなものにしてしまう。それは、あまりにも怖すぎて、寂しい。
「バーガー食うんだろ? 行こうぜ」
放課後の喧騒の中、そんなやり取りが聞こえる。
「……ショウくん……」
送った視線の先には、帰宅の準備をするりショウくんと、ヒロさん。
「いいな……私もショウくんと……。って、何考えてるんだろう……はは」
ただでさえ小さな私の声は、この喧騒の中では一際存在感を失くしていた。
「——あっ」
アカネさんだ。あの子は、少し苦手。後ろの席で班が同じ。こんな私にも、優しくしてくれる。というより、他人にあまり興味がないからこその優しさなのだろうと、そう感じている。その強さが、凛々しく見えて。私を焦がそうとする炎みたいで、苦手。
「私も、同じ委員会だったら、もっと話せたのかな……」
あ、ショウくん帰っちゃう……。廊下側の席で良かった。
「バイバイ、ショウくん」
呟いたその声も、喧騒に掻き消されていった——。
——ショウ視点——
「なあ、やっぱしょぼくなったよな。ここ。全体的さ」
そう言いながら、ダブルチーズバーガーを頬張っている。
「んー? まあ、確かに。でも、今に始まったことでもないべ」
「そうだけど。でも最近またさらにしょぼくなった気がしてさ」
「まあ、色々高くなってるって言うからなあ」
「知ってる。でも、正直このクオリティでこの値段なら、モセとか、バークイでいいや、ってなる」
「そう言いながら、お前いっつもミックじゃん。しかもいっつもそれ」
「それを言われると、何も言えないな——」
一時間ほどくだらない談笑をし、店を出た。
「んじゃ、また明日な、ショウ。気をつけて帰れよー」
「ああ。ヒロもね」
手を振り、それぞれの帰路についた。
——アカネ視点——
「——つまり、ここではこの数を代入すれば、この式は解ける、と言った訳でして——」
「——と、そして最終的な解はこのように導出できるわけです。以上。今日はここまでとしましょう。みなさん、気をつけて帰宅するように」
塾講師が終わりを告げる。帰宅する生徒と、質問に行く生徒。
「さようなら、アサギ先生」
塾講師に告げ、私は帰宅する生徒の流れに乗る。
「二十一時……。いつも通りね」
腕時計を見やりながら呟く。
そのまま駅前のキャッチや酔っ払ったサラリーマンと学生を横目に、駅へと歩く。
「——? あれは、ショウくん……?」
ふと、クラスメイトを見つけ足を止める。
帰路に着く人間の流れが、アカネを起点に裂けて、また戻る。中洲のようだ。
見つけたクラスメイトは、駅とは反対に歩いて行っているようだった。
「どこに行くのかしら。彼は、確か同じ方向だったはず……」
少し気になりはしたが、彼が何をしようと私には関係ない。早く帰って、明日の準備をしなければいけない。私は、あまり暇じゃないのだーー。
——ショウ視点——
「——あれ…………?」
確かに帰路についたはずだ。なのになんで、裏路地にいるのだろうか。
「痛っ……」
頭が痛い——。少し、意識がぼんやりとする……。
「とにかく、もう帰ろう……。気分が悪い……」
駅の灯りが、煌々と路地を照らしていた。
光に導かれる蛾のように、ふらつきながら光へ向かった。
——ヒロ視点——
ショウと別れた後、少し近くのゲームセンターで遊んだ。
「んあーー! 今日はいつもより調子良かったな」
ハマっている格闘ゲームのオンライン対戦で、今日は連勝できた。
成長を実感しながら駅に向かっていると、見知った顔を見つけた。
「ん? あいつまだ駅にいたのか。おーい、シュウー! ……って、一緒にいるのは……。——なんだ、あいつ彼女いたのか! 水くせえ、明日はとことん冷やかしてやろう」
友人に先を越された悔しさと、友人の幸せへの喜びで、いつもより軽くなった足取りで駅へ向かった。
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