第二章 二

 烏堂うどうは、すでに二回、真木まきの携帯に電話をかけていた。

 何度かけても、相手にはつながらない。電話口からは、お決まりの自動音声が流れるだけで、真木が電話口に出ることはなかった。

「真木——」

 烏堂は携帯を気づかぬうちに強く握りしめていた。車内にあるカーナビのテレビ画面からは、ニュースが流れていた。

「海外などでも根強い人気がある若手画家、真木路惟まきるいさんが路地の中で一人、倒れているのが発見されました。何者かに後頭部を殴られ、現在も意識が戻らない状態です。真木さんの家族によれば、真木さんはライターを名乗る男性から現場に来るよう指示されたそうです。警察が、ライターを名乗る男性を現在捜査中で——」

 烏堂はそこまで聞いて、テレビを切った。

 助手席に座る佐竹が、烏堂の方を見る。

「大変なことになってきましたね。まさか、真木さんが狙われるなんて」

「いや、あいつらが狙っていたのは——こうなったのは、俺のせいだ」

 うなだれるように烏堂は言う。わけがわからず、佐竹が聞き返した。

「『俺のせい』って、どういう意味です」

 烏堂が激しい口調で言い返した。車のハンドルを片手で殴るように叩いた。

「だから、全部、俺のせいなんだよ! ここまで見抜けなかった俺が悪い! 俺のせいで——」

 最後は言葉にならなかった。口惜しさと後悔に心が支配されているのだろう。ただ、烏堂は両手を拳に固め、高ぶった感情を静めようとしていた。

 ややあって、烏堂が沈んだ声音で言葉を続けた。

「……ああ、悪い。佐竹には説明していなかったけど、真木にオカルト雑誌ライターの澤小木さわおぎを紹介したのは、俺なんだ。それに、真木には霊感があって、事件の霊視もできると言ったのも俺で……。でも、一番初めに澤小木を紹介してきたのは、真木をかたった偽者だったんだよ。真木が突然、連絡先変更のメールをしてきて、俺は、それを疑うこともなく信じてしまった。本当は誰のメールアドレスかなんて、確認しようとももしなかった。話が進み、偽者の真木に澤小木を紹介され、実際に会ってしまった」

 頭を抱えるように、烏堂は片手を額に当てた。

「昔のあいつらは——『古来九子こらいくし』は、今のように狡猾こうかつではなかった。もっと、すぐにボロを出すようなところもあったよ。一体、誰がこんなに入れ知恵をつけさせたんだか。今のあいつらでなければ、事態はもっと——」

 烏堂の声に、少しではあるが嗚咽おえつが混じる。顔を見られないように、顔を下げた。

 佐竹が烏堂から目をそらす。その表情は、日頃の冷静さを欠いた、少し苦し気なものだった。

 息を吐くように佐竹が言う。

「とにかく、何があっても事件調査を進めた方が良いですね。わたし達にできるのは、それだけしかありませんから」

 言葉を切って、佐竹が烏堂を見る。その視線には、相手を気遣うような様子がただよっていた。

「真木さんのためにも——」

「——ああ、わかったよ」

 烏堂は掌てのひらで両目をぬぐう。彼の目からは、最早、忸怩じくじたる思いが消し飛んでいた。

「俺は俺にしかできないことをする。きっと、真木もそう願っていたはずだ」

 躊躇ためらいなくエンジンをかけると、烏堂はバックミラーに目をやる。

 その視線には、事件解決と友人を救う決意がみなぎっていた。



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