第3話 帰宅

アパートの鍵を紛失したなんて理由で白壁のアパートで一夜を過ごしたが、朝になって仲介業者に連絡するよう促された俺は、躊躇いながらもアパートや学祭での怪奇現象をしゃべった。心理学を研究する白壁は喜んで聞いていたが、現場検証にいかないことにははじまらないぞと俺を促した。


以上のように、昨日から今に至るまでのことを思いつつ、俺は白壁と共に玄関前に立つ。


先程までふざけていた白壁だが、もう笑顔は消えており、強張った表情でドアを見つめている。


俺は鍵のかかっていないノブを回す。




玄関に足を踏み入れると、見通せるリビングは、南向きの窓から入る午前の日に照らされている。見える範囲にマネキンはいない。白壁に、じゃんけんをするか?と無言で腕を出したものの、互いに納得し合って腕を引っ込めると、二人並んで玄関に入る。そっとドアを閉めて、靴を脱いで廊下に上がる。全身強張らせつつ、横並びになってそろりと廊下を歩く。リビング内の見える範囲も広がる。


昨日落としたビニール袋も越えて、リビングと廊下の境に達する。だが、見える範囲にマネキンは立っていない。未だ見えていない廊下からの死角、リビングを入ってすぐ左か?緊張しつつ、俺は廊下からさっと首を出して覗く。いない。その視線の先にクローゼットが有る。そのクローゼットの前に白壁が立つ。白壁は少し震えながらも、バッと一思いに扉を開く。白壁の身体の強張りが解けるのが分かる程、肩の位置が下がった。それを見た俺の緊張も解けた。俺は白壁の横に立って、クローゼットを覗く。


「残念。美女はお帰りになったようだ」、クローゼットを閉じながら、白壁は言う。俺は、改めてリビングを四方見渡した。あのマネキンに居て欲しいと思わないものの、今となっては、白壁に嘘つき呼ばわりもされそうで残念にも思う。白壁は片足立ちになって「掃除してんのか?」と言いつつ、足の裏を手で払う。俺も、廊下を歩きつつ、足の裏のザラザラが気になっていた。片足立ちになって、上げた足を手で支えてできる限り顔に近づける。土だ。


白壁は「さて。問題は夜だぞ。一人で居ると、怪奇現象に見舞われても誰も助けてくれない」と言いつつ、廊下へとリビングを出た。俺もどうしようかと考えていたところだ。「ビール二本で泊まってやってもいい」と言う白壁を覗くと、しゃがんでビニール袋を探っている。今日泊まってもらってもいつかは一人で夜を過ごす日は来るのだが、怪奇現象後はじめての夜くらい一緒にいてもらうと有り難いかもしれない。「でも、お前が居る間に怪奇現象が起こったら、明日ビール三本奢ってもらうぞ。お前は見たがっていたんだから。そのビールとか、冷蔵庫に入れといてくれ」俺が応えて話しはついた。




それから、まずは部屋の掃除をした。白壁はクローゼットを探ってエロDVDを見つけて、俺の趣味について評論したり、ふざけていた。俺は適当に聞き流しつつ、掃除機をかけたり拭き掃除をしていたが、或ることに気付いた。雑巾に、茶色い毛が少量付いていた。


夜を迎えた。冷蔵庫からビール取り出したが、油揚げが見当たらない。白壁に聞いても、もともとなかったという。その晩、結局怪奇現象は起こらなかった。


翌日。一人で迎える深夜にも、やはり何も無かった。こうなると、あの怪奇現象は俺の勘違いの気がしてきた。リビングにマネキンが立っていたと思ったが、リビング向こうの窓を通して洗濯物が干して有るのを暗いため見間違えたのかもしれない。


ただし、その翌日。買い物に行く時、部屋の本棚の間から、銀行の封筒を取り出したが、中身を見ると、バイト代1万円が有ったはずなのに、空だった。怪奇現象を忘れる程に、悔しい思いだった。


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