第6話 甘い話、渋い話

 舞台は移り彦根の宿、窓からは琵琶湖を一望できる最高級の部屋だ。

 ジブと茶々は命のやり取りとは無縁とばかり、茶と茶菓子を楽しんでいた。

 今日の茶菓子は姫路より取り寄せた塩見饅頭。


「お茶の渋みと、菓子の甘みを交互に楽しむものなのですよ。饅頭ばかりくってんじゃありません」


「せっかくおいしいもの食べてるのに、わざわざ甘~いのをリセットして、また食べるって最高に頭悪い食べ方じゃない。永久機関の完成だーとか思ってるわけ?」


「たっはー。分かっておられぬ。分かっておられませんねぇ。甘味と渋味、どちらもボクの人生にはどちらも必要不可欠なのです。乙女のように甘味に身をゆだね、そうかと思えば茶の渋さを味わい大人の階段を上る。その間で心が揺れる瞬間を味わってこそ悦というモノなんですよ」


「なんかキモイ」


「ひどいなぁ。ボクとしては、最高級の茶葉の、この味の深みをどの程度理解できておられるのか、姫はバカ舌なんじゃないかと心配しておるのですよ」


「心配されなくっても、人生の酸いも甘いも理解しているわよ」


 茶菓子の山が消えると二人はさてと気持ちを切り替える。


「道中ずっと寝ていた姫はさておき、ボクはようやく疲れも取れ、全身バキバキになった筋肉も調子を取り戻してきたところですよ」


 実際、茶々姫はヒロの村から彦根までジブにおぶわれてきたのだと知り、返す言葉がない。


「さて、ここからどうするよね。当初の佐和山に戻るプランだけど」


黒蛇衆ブラック・アダーにも逃げられてしまいました。相手は神謀の半兵衛です。のこのこ戻って佐和山の皆さんを巻き込むリスクは避けたいですね」


「そうね……」


茶々はヒロの村の惨状を思い出して唇を噛んだ。


「村の復興は手配はしておりますよ。実際、あの村長に助けられたようなものですから、その恩には報います」


「うん、ヒロも喜ぶわ」


「村での出来事は我々オーミの手の者と、ミノの手の者、二重の情報統制指されていますから、他の勢力にはまだ知られていないはずです。」


 敵は天才軍師を要するミノの大名・斎藤道三の一味だけという訳だ。


「なるほど。じゃあ、私とヒロの二人だけでミノから離れて、どこか安全な場所でしばらくを見隠す作戦ね。だったら、堺がいいかしら。いっそ、ビンゴやアキの方まで行ってもいいかもしれない」


 ビンゴやアキは山陽地方、瀬戸内海に面した地域で大小さまざまな島がある。身を隠すには悪くない場所だ。


「いえ、それでも、かの方は次の手を打ってくるでしょう。それにオーミから離れるほどに我々の情報統制は効かなくなってきます。それは綻びをより大きくしてしまうだけです」


「アレもダメこれもダメじゃ何もできないじゃん!」


「ノンノンノン、マドマァゼル。よくよく考えれば答えは導き出せるはずですよ」


「なによ、いきなり!?話を整理するとよ、アタシたちは誰にもバレないようにヒロを連れてジブの城がある佐和山に行く予定だったけど、斎藤家の竹中半兵衛って奴にはばれちゃてて、敵は襲ってくるから逃げなくちゃいけないけど、逃げても追いかけてくるってことよね?しかも、遠くに逃げるほど、他の奴らにもバレるリスクが増える……八方ふさがりじゃない」


「そこを逆に考えるんです。我々に敵は多いけど、斎藤家の半兵衛さん以外にはバレていない、ラッキーってね」


「……わかんない。ラッキーじゃないよ、全然」


「いいえ、状況は実にシンプルです。問題の元凶は斎藤道三と竹中半兵衛だと状況はいっているのです」


「つまり、先手を打って私たちの手で斎藤道三をぶっ殺そうってわけぇ!?」


「物騒ですね。ほぼ正解ですけど。斎藤道三とも交渉の余地はあるかもしれません、何も殺さなくっても。この作戦の利点は、ミノにいる限り、私たちの存在は外の世界には絶対にバレないってことです。何しろ鬼略の半兵衛さんのお膝元ですから、ミノ側が情報の優位を放棄することはありえません。ですから、我々が向かうべきはミノです」


「アンタのいうことも理解できるけどさ、ミノに行けばまわりは全部敵ってことよ。本当に大丈夫かしら」


「もちろん、ボクも手駒を動かしますよ。リスクはありますが、こちらの戦力もミノに集結させるつもりですよ」


「戦争は嫌よ」


 人望には恵まれないジブだが、それでも織田家奉行衆の末席。人脈を駆使すれば1万かそこらの兵隊は集められる。


「安心ください。こちらの手駒は3枚だけ。ただし、最強の三枚です」


 自信ありげのジブ。普段から生意気は言うけれど、茶々姫とて結局はすべてこの男に頼りきりなのは自覚していた。


「ふーん、そう。じゃあ、アタシも新装備が欲しんだけど。対要塞制圧用武装コンテナみたいなの頂戴よ」


「茶々姫、よく聞くのです。丁度いいこんな言葉があります。『もし力が強いだけが偉いのなら、プロレスの選手は世界一偉いことになる』。分かりますか」


「はぁ、何でプロレス選手が出てくるわけ? 最強の格闘技が何か知りたいなら喧嘩稼業の続きでも読みなさいよ。アタシが所望するのは火力よ、圧倒的火力」


「はわわーてづかせんせー」


 元ネタが分からない人に説明すると、お茶の水博士がアトムを諭したありがたい言葉である。


「とにかく武器が足りない!弾切れなんてもってのほかだけど、もっと手数を増やしたいの! ドローンも3倍に増やしましょうよ」


「ひーめー」


「ヒロはもう戦場には立たせない。竜の炎ファイア・ブレスなんてもっての外よ。」


「お気持ち、よーく分かりました。でもね、貴方は貴方にしかできないことをすべきです。姫はただヒロ様を守る事だけをお考え下さい。敵を倒すのは我らの仕事。侍の役割でございます」


「でもジブは戦わないんでしょ」


 痛いところを突く女だ。


「こらこら頭脳労働を馬鹿にしなーい。ボクは24時間、ずっと考えてるんですよ。ぐーるぐーると頭の中で何かがダンスしている人なんです!」


 役に立つことも、役に立たないことも、そして人には言えないエゲツないことも、である。

 茶々はジブの提案、ヒロを守る役割に専念せよという言葉が、存外に気に入ってしまった。


「あの頑固者のヒロが納得して付いてくるかよね」


「信長公の遺言についてはまだ伝えていませんが、その血脈が周囲に災いを招くことを身をもって知ってしまいましたからね。自決するなど言い出さなければよいのですが……」


「馬鹿に付ける薬はないものかしら」


 二人が少年をどう説得しようかと腕を組んでいた、丁度そのとき、部屋の入口のふすまが勢いよく開かれた。


「俺は決めた! 俺は何も知らねーから、もっと世の中のことを知らねーといけないんだ。俺のこと、俺の運命ののこと、知らないことが多すぎて何にも決めらんねぇ!」


「あ、そう。いきなり決意表明はご立派だと思うんだけどさぁ……」


「ヒロ様、湯加減はどうでございました。温泉でゆっくり湯治というわけにはいきませんが、熱い風呂で疲れもとれたでしょう。さりとて……」


「うん。なんだか右手の傷も塞がっちまったし、ビンビン絶好調」


 ヒロは全身から湯気を立てながら、元気よく頷いた。

ヒロにとって風呂といえば桶風呂。大都会彦根の銭湯のような場所は初めて。

で、あるからして‥…


「だから、なんでアンタ全裸なのよ!変態、バカ!」


 茶々は両目を片手で覆いながら、手元にあるものを片っ端からヒロに向かって投げつけるのであった。


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