第5話 選択肢
ヒロたちを囲うように列をなした騎馬武者たち。
彼らは皆、揃いの黒一色の具足に身を包んでいた。
リーダーと思しき一人が頬面を取る。
鋭い犬歯、顔を覆う犬のような長い毛。獣人だった。先ほどまで刃を交わしていた
「奉行殿、お初にお目にかかりまする。拙者はミノ国を治める斎藤道三が被官、日根野弘就と申す。隣にあるは弟の盛就でございまする」
淀みのない共通語だった。騎馬武者が声をかけたのはジブに向かってだった。
「ミノの黒蛇衆ですか。これはこれは! わざわざオーミの片田舎までで遠路はるばる恐悦至極に存じまする」
冷静な対応に見せかけているが、声には明らかに動揺が走っていた。
「ねぇジブ。もったいぶらずに教えてよ。こいつら有名人なの?」
「彼らは、道三直属の暗殺部隊・
「アタシ、もう弾切れなんですけど!」
それでも戦意を失わないようだ。ジブは素直に感心した。
「私の部下も全員始末されてしまったようですね。参りました。完敗です。たとえ弾が数発残っていたとして、我々の勝算は0.1%もありません。完敗の必敗です」
「何、初めから諦めてるのよ。そこは気合いで何とかするしかないでしょ」
「そんなこといってもですねぇ、プロの仕事ですよ。穴なんかあるはずがないじゃないですか」
そんな二人のやりとりニヤニヤ顔で眺めている。獣人特有の立派な牙によだれが滴る。
「理解が早くて結構ですな、奉行殿。何も争うことはありません。半兵衛殿は貴殿の命はできる限り、取るなと申してございました。何なら京にでも佐和山にでもお戻りいただいて結構です」
「ボクの命は、ですか。あとの二人はどう」
「そちらの姫君は、まぁついでではございますが、信長公のご遺産の一つ。丁重に稲葉山までお連れする次第。童のほうは取り逃がすくらいなら殺せとの仰せです」
「つまりは、二人を貴方たちに引き渡すのが最上の選択と申したいわけですな、ふむう」
刀もまともに抜かない侍が一人と、ガキと小娘。野武士どもならまだしも、精鋭の騎馬武者相手では勝負にならないことは明らかだった。
「嫌だ、俺はここを離れるくらいなら戦って死ぬ」
反抗の言葉もどこか虚しく響く。
次の瞬間、右足に激痛が走り、その場でうずくまるヒロ。栗の実ほどの石つぶてが地面に落ちる。
無言のままでいる日根野・弟が放ったものだった。
代わりに日根野・兄が答える。
「足を切り落としても良いのですが、軍師殿はあまりそういったことがお好みではないのですよ」
「ヒロに何するのよ!」
激昂して飛びかかる茶々を、日根野・弟は難なく捌き、わき腹に強烈突きを当てる。と、同時に残る片手で喉を締め上げた。茶々は両手をだらりとたらし、気を失う。
日根野兄弟は満足そうに喉を鳴らして嗤う。
ヒロは自分には選択肢さえないことを理解させられたのだ。
自分が投降すれば、村は助けてもらえるかもしれない。すべてを諦め、自ら投降しようと決断した、その瞬間、予想だにしなかった転機が訪れた。
一人の老人がヒロのそばに歩み寄ったのだった。この村の実質的な指導者というべき男だった。
「お武家様。一つ、お聞きしてよいですか。我々の村が襲われたのは、この小僧を捕えるためだったのですかな」
日根野は怪訝な顔を見せたが、意地悪そうな笑顔を見せて答える。
「ああ、そのとおりだが。だったら、どうする」
「いえいえ、ではこの小僧を差し出せば村が襲われることもこれ以上ないと、そう考えてよろしいのですかな」
「ふむ。この村に興味はない。他人の土地であるしな。用が済めば大人しく去ると約束しよう」
「なるほど。ではどうぞ、どこへとでも連れて行ってくだされ」
そういうと膝をついたヒロの顔を覗きこむ。
「すまんな、ヒロ。ワシらは大人じゃ。ずるくて弱い存在じゃ」
老人はヒロの右手を手に取り、両手で握り込む。
「ヒロ。お前の疑問に一つ答えよう。ワシらがお前のことを恨んでいるのか。お前はこの期に及んで、自分がワシら村の者を巻き込んでしまったことを気に病んでいるんだろうよ。」
老人をゆっくりと話を続ける。
「それはない。そう思う者がいてもそれは筋違いじゃ。15年前、わしらは対価を受け取った。既に受け取っておるんじゃ。そうせねば生きていけんかったから、そうした。だから恨みっこなしじゃ。」
「ワシは村の代表として、お前を差し出す。ただ、ワシらが大人だというだけのことじゃ。もはや、お前に帰る場所はない。それでも……もし、お前が死よりも過酷な生を望むなら、その拳しかと握りしめて、苦痛を忘れぬことじゃ」
ヒロはゆっくりと視線を落とし、地面を見つめる。
土が赤く染まる。
老人は立ち上がり、その場を去ろうとする。
そして。
次の瞬間、老人の首より上が地面に落ちた。
ヒロの視界を大きな影が覆った。
「ナニヲウケトッタ?」
日根野・弟が動いていた。
怒気を含んだ、たどたどしい共通語。
獣人はヒロの右手を掴むと強く握りしめられた拳を無理矢理に開く。
溢れる赤色。
ヒロの掌には深い刃物傷があった。そこから鮮血が流れ出しているのだ。
折れた剣先。
それが何を意味するのか、日根野・弟が知ることは、最期まで無かった。
ヒロの右腕が黒い炎に包まれた。
炎の渦が、瞬く間に膨れ上がった。
その奔流が日根野・弟を焼き尽くす。
一匹の悪鬼があっけなくその生命活動を終えた。
炎は勢いを失うことなく、数多のヘビのようになって周囲に広がっていった。
森を焼き、人を焼き、空を焼いた。
「ハハハハハハハハハ。素晴らしい。これこそまさに信長公の炎です」
ジブが恍惚の表情と共に高笑いを上げた。
騎手のいない馬の背に茶々姫の姿があった。
日根野・兄が茶々姫を確保しようと動き、そして炎に遮られる様子が見えた。
「ヒロ様。意識を保ってください、一秒でも長く。今は混沌だけが我らの味方です」
ジブははしっこく動きまわり、茶々姫を助け上げると適当な窪地を見つけそこに飛び込んだ。さすがは
やがて大きな爆発が起こり、静寂が訪れた。
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