第4話 炎立つ

茶々は慣れた手つきで腰に携えた銃を構える。

火縄式ではない。弾丸は伴天連丹術を用いた最新式のオルゴン弾。古式甲冑であれば装甲ごと肉をえぐり取るくらいの威力はある。

ただし、もちろん当たればの話である。

敵は戦慣れした小鬼ゴブリンの騎手。

茶々の腕では百発百中というわけにはいかない。

両手の短筒はそれぞれ六連装。予備弾倉リローダー合わせて24発。


「まさにギリギリって感じじゃんよ」


茶々は木陰に隠れている相棒に向かって叫ぶ。


「アンタが5匹じゃ計算合わないでしょ。どうにかしなさいよ」


諸勢力よそさまに気付かれないように最低限の戦力しか動かせないんですよぉ。ま、それでもボクの計算では手持ちの60%で状況を突破可能ですけど」


「無茶言ってくれるぅ」


小鬼ゴブリン騎手ライダーたちは半数が逃げ惑う村人を馬上刀でなで斬りにし、残りの半数が家を狙って火矢を放っていた。小鬼ゴブリンが暴れる間、彼らが駆る巨狼ウォーグは一瞬たりとも動きを止めなかった。縦横無尽に駆け巡りながら、両足で立っているかのように自由に武器を振るう、それが奴らの強みだ。

 茶々は冷静にその軌道を先読みし、弾を命中させることで3体を仕留めた。

 しかりそれも冷静に相手を観察できてのこと。茶々の存在に気付いた敵が少しづつ近づいてくる。

 敵を倒すこと、それよりも難題が敵を引き付けること。ヒロは素人だ。ほぼ全員は自分が引き受けるしかない。

 着物姿だが、これは戦振袖。慣れてしまえば動きは阻害されない。茶々はアクロバティックな動きで敵を翻弄しつつ、巧みに攻撃をかわし続ける。


「頭も体もフル回転。この限界ギリギリの感じ。今日なら次のステージに昇れちゃいそう」


限界突破のテンションで曲芸じみた攻防の末、さらに3体の死体の山を築く。しかし、ここで丁度弾切れ。残りは予備の弾丸12発。

四方八方囲まれた状態で弾込めに苦戦していると、森の方から矢が飛んでくる。


「こっちにも敵はいますよ。少しはこっちに掛かってきてはどうですか?できれば5名様限定です」


ジブの声だ。ジブは続けて小鬼語で聞くに堪えない罵詈雑言を言い放つ。

小鬼ゴブリンは部隊を二つに分けて、半分を森へと向かわせた。


「残り7体か。ずいぶんやり易くなったけどさ」


                ◇


 そんな戦う少女の姿を見ながら、ヒロは道の真ん中で、むやみやたら剣を振るうので精いっぱいだった。何度か小鬼ゴブリンとニアミスしたが、茶々がフォローしてくれた。足手まといにしかなっていないのは分かっていた。

 自分に一体何ができる、ああ何もできやしない。

 でも、逃げるわけにも隠れるわけにもいかない。

 ここで死ぬか? それで許されるものか。

 勝つしかないんだ。

 小鬼ゴブリンは、人よりずいぶんと背丈が低く、騎乗してようやく人間の大人と並ぶ程度。巨狼ウォーグの背から引きずりおろせば、体躯ではこちらが上だ。

 ヒロは長い梯子を見つけると、それを抱えて敵に突進した。

 丸きりこちらに背を向けている。仲間の警告ですんでのところで気付かれるが、勢いのまま押し込む。どうと地面に落ちる小鬼ゴブリン

 足軽甲冑に身を包んだ姿に隙はなさそうだが、その手に握られた馬上刀は、徒歩戦では振り回すには大ぶりすぎるように見える。

 起き上がった小鬼ゴブリンの目は怒りに染まっていた。


「—―!」


 言葉にならない雄叫びをあげ、前に飛び出す。

 小鬼ゴブリンは刀を右脇にとり切っ先を後ろに下げる、脇構え。

小鬼ゴブリン用とはいえ馬上刀と脇差だ、相手の方がわずかに間合いが長い。

 初撃は躱さなければならない。


「突撃してくるイノシシなら避けたことがあんだ。避けられない道理はねぇ」


 覚悟を決めるとギリギリまで引き付け、左前方へ跳ねる。

 小鬼ゴブリンは力み過ぎたのか、空ぶった勢いでわずかだが姿勢を崩す。


「兜の上からでも!」


 両手で握った脇差に全身の力を込めて振り抜く。小鬼ゴブリンの体は宙を舞う。

 同時に主を失った巨狼ウォーグが踵を返して、ヒロに向かって駆けて来る。

 戸惑うヒロ。

 しかし、一発の銃弾が巨狼ウォーグを撃ち抜く。


「ヒロ様。止めを刺すのです」とジブの声。


 ヒロは起き上がろうとする敵に駆け寄ると馬乗りになりその首に刃を突き立てた。

 獣人とはいえ、人を殺すのは初めてだった。しかし、動揺はなかった。

 狩りと同じだ。他者の命を絶つ時こそ、冷静でなければならない。それは自らの命を危険にさらす瞬間であるだけでなく、魂を送り出す瞬間でもあるからだ。

 戦場から音が消えていく。


「ヒロ、大丈夫?」


 ヒロの元に茶々が戻ってきた。

 動けなくなっていたヒロに肩を貸す。止めを刺すと全身から力が抜けた。ヒロが兵士でない証拠だった


「大丈夫ですか、みなさん」


 続いてジブ。

 

「ジブ。アンタ、刀も抜いてないじゃないの?」


 ジブは森を走り回った跡こそあれ、傷どころか返り血も浴びていない。


「森に3人ほど兵士を控えさせておいたのですよ。僕の分は彼らに働いてもらいました」


 呆れる茶々に、ハハハと笑って返す。


「最後の2匹は白兵戦で無理矢理、倒したわよ」


 くたびれた様子の茶々にも怪我はなさそうだ。

 互いの無事を確認し思わず笑みがこぼれる。


「アンタも口だけじゃないって、少しだけ見直したわ、ヒロ」


そういって優しく背中をさする。


「俺は村を守りたかったんだ。茶々にどう見えようと、この村だけが俺の知っている世界だ。変わらずに在ってくれる存在なんだ。」


呼吸を整えながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

茶々は一瞬、ヒロの願いを叶えてやれないものかと思考を巡らせた。

しかし、そんな気紛れを現実が押しつぶす。


5体の騎馬武者が惨状にある村へと侵入してきたのである。


「ああ、まったく。本番はこれからという訳ですか」


ジブの顔から余裕は笑みは消えていた。










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