第3話 若者の主張
右の頬に一発、腹に一発。背中を蹴られて、腿に蹴りが入った。
村の若衆3人に囲まれ一方的に殴られるヒロを、茶々姫は遠く木の上から遠眼鏡で眺めていた。
「殴られっぱなしで反撃もしないって、変態もいいところよね」
「かようなものを見せられても、つまらぬことこの上ない。人間の愚かな部分、醜い部分を見せつけられて嫌な気分になりませんか、茶々姫」
「ゴミ共の所業なんて気にも留めないわよ。でも、耐えて忍んでお涙頂戴の主人公ってのも見てらんないわねぇ。一読者としては、さっさとやり返してスカッとジャパン日ノ本統一からのざまぁ展開をご所望よ」
「ハハ、それが姫らしさですねぇ。読み飛ばしてでも早くページをめくりたくなるのがボクの悪い性分かもしれませんねぇ。ああ見えても、信長公の御子です、これから起こることに比べれば、すべては些事。このようなイベントは取るに足らない稚児の戯れにしか見えないのですよねえ」
「ジブらしい感想で好きよ。でも、アイツだって、ああやって15年も生き抜いてきたわけだから決着は自分自身でつけさせたいのよねぇ。約束通りちゃんと服を着替えてきたのは二重マル。」
茶々姫は背丈の三倍はある木の枝から地面に飛び降りると、トボトボと家に戻るヒロの下に駆け出すのだった。
◇
「やっぱり今日もきたのか、アンタたち」
うんざり顔で出迎える。
「今日も来てあげたの間違いでしょ。服似合ってるわよイエイ」
ヒロの着る青い着物を指さす。見た目こそ貧相だが、生地は上物だ。
「ああ、これか。この内襦袢、ノリのように体にぴったりと引っ付くわ、餅のように伸び縮みするわ、なんだか不思議な感触だ」
ヒロは着物の中に来た黒い下着に手を当てた。
「それは
野良仕事には不要な機能だが、驚くほど動きやすいのは気に入った。
「そんなことより、アナタこのままでいいの?顔腫れてるじゃない」
「いいんだ。昨日働いた分の日当を疫病で死んだ者への香典が要るとかで持っていかれただけだ。生活には困るが、気持ち的には納得できないわけでもないさ」
「納得してるなら殴られる訳がないじゃない」
「俺はよそ者なんだ。多少の理不尽だって飲み込むしかないだろ」
「この村で生まれて、この村で育って、それでよそ者って、そんな理屈があるわけないじゃない。端から見ててイラつくのよ。いいからあんな奴らぶん殴って、こんな村出ていきましょう」
「好き勝手言いやがって。言葉だけなら何とでも言えるんだよ、お前に俺の何が分かるってんだよ」
虫の居所が悪いのか昨日と違って感情的になるヒロ。
「分からないわよ。でもアンタだってアタシの気持ちわからないでしょ。アタシのハートはアンタみたいに曇っちゃあいないのよ。アンタは間違っている、それだけは断言できる」
「何おう、それ以上言ってみろ。女じゃなければ、殴ってるかもしれねぇぞ」
「じゃあ殴れ。今すぐ殴りなさいよ。倍返しだから」
熱気を放ちながらにらみ合う二人。
「はーい、そこまで。美しい青春ですねぇ、青い。どこまでも青い、青臭い。そういうモノからしか摂取できない栄養分ってありますよねぇ。もう少し眺めていたかったのですが、どうやらキナ臭いことになっているようですよ」
ジブが窓の外を指さす。木々の間から煙が上がっている。
最初はまた遺体を焼いているかと思ったが、方角が違う。
「村の方角だ」
飛び出そうとするヒロの腕を茶々が掴む。
「イヤな予感がする。さっさとここを出ましょう」
ヒロは黙って首を横に振ると、災禍の中心へと駆け出す。
二人はすぐにそれを追うことはしない。
茶々姫は両目を閉じて、何かを念じるように意識を集中する。【
「敵影おおよそ20。騎乗した野武士たちみたい……私たちの動きがバレてた?」
「いえ、それはありえません。勿論ただの野盗でもないでしょう。裏で手を引くはミノ国の手のもの。稀代の天才軍師、神謀鬼略の竹中半兵衛。かの者なら独力でヒロ様の存在に気付く可能性が43%と読んでいましたが、まさか1日で情報的優位を失うとは参りましたな」
ジブの首筋に冷たい汗が流れた
◇
村が燃えていた。
それは武装し、戦慣れした野武士相手では、戦力皆無であるに等しかった。
ヒロから日当を奪った若衆、八之助が小屋の影に隠れていた。取り巻きの二人は、村の入り口で物言わぬ死体となって横たわっていた。
「大丈夫か」
「ああ…‥ああ……」
八之助は茫然として言葉を失っていた。震えてその場から動こうとしない。
そこに駆けつけてきた茶々が勢いよく男を殴りつける。
「ヒロの小屋の方に逃げなさい、言葉、理解できる?」
八之助は頷くと走って逃げる。
「ヒロ、アンタは何がしたいの?あの男を救いたいの? 村を救いたいの?」
「あ、ああ」
ヒロはうなずく。そして、自分の気持ちを確かめるようにもう一度強く。
「助けたいんだ」
「武器もないのにどうやって?」
ヒロは黙って拳を見つめる。答えはでない。
「アタシが10匹やる」
「ではボクは5人受け持ちましょう」
茶々姫はジブから脇差を奪うとヒロに手渡す。
「一匹はアンタがやりなさい。残りは手伝ってあげる」
ヒロは震える手で鞘から刀を抜くのだった。
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