46.祝宴
精霊王様が目覚めて、女神様が降臨されて、まだその興奮が落ち着かない。
女神様がわたしを見つめていた理由もはっきりと分からないけれど、文様が光と熱を帯びたと教皇様に伝えたら、女神様に聞いてみて下さるとの事だった。
この世界にはもう女神様がいらっしゃるのだから、前よりもお言葉を賜る事が出来るだろうと仰っていたので、それに関してはお任せしようと思う。
そして夕刻になり──国中の貴族を集めた祝宴が開かれた。
精霊王様が目覚めた事や、女神様が降臨されて、この世界を守って下さるという事はルーストレーム王国だけでなく全世界に発表された。
国をあげてのお祭りになっているのはこの国だけではないだろう。
街中が賑やかに盛り上がっている声が、ヴィクトル様のお屋敷に居ても伝わってくる程だった。
わたしはヴィクトル様にエスコートをしていただいて入場した。
深い青色のドレスはレダ姉様と相談して作ったものだ。それに合うアクセサリーもわたしの好きなものだけで揃えられている。
ヴィクトル様は黒を基調とした盛装姿で、タイやチーフにはピンク色を使って下さった。
いつもは結んでいる事の多い長い銀髪を、今日は下ろして背に流している。
前回出席した夜会よりも人の多い宴だから、ヴィクトル様とはぐれてしまったらどうしようなんて心配もしていたのだけど。ヴィクトル様がわたしの腰をしっかりと抱いてくれるから、それはいらない心配だったみたいだ。
「大丈夫か?」
「はい。……なんだかすごく視線を感じるんですが」
「噂の中心人物だからね。それを抜きにしても、今日もアンジェリカが魅力的だから、注目を集めるのは仕方ないかな」
「魅力的……なのは分かりませんが。このドレスはレダ姉様の自信作ですし、アクセサリーも自分の好きなものを選べました。それにヴィクトル様が綺麗だと言って下さった装いですから、いつもより堂々としていられる気がします」
そう思いを口にすると、ヴィクトル様が天を仰いだ。
深い溜息をついたかと思えば、わたしの腰に回した腕に力が籠もる。引き寄せられるままに寄り添えば、わたしの顔を覗き込むように身を屈めたヴィクトル様がお砂糖みたいに甘く笑った。
「まったく……本当に可愛くて堪らないな」
「……ヴィクトル様も、そのお顔、だめです」
「俺の顔?」
「蕩けるように甘くって、そんなの……他の人に見せちゃだめです」
だってこのお顔はわたしだけに向けられるものだから。
他の人が見たら間違いなく恋に落ちてしまうもの。
ヴィクトル様は大きな瞬きを一つしてから、もっと甘やかな顔で微笑んだ。
不意に、ファンファーレが響いた。
注目が壇上へと集まる。ゆったりとした足取りで姿を現したのは国王陛下で、陛下に続いて王妃殿下や王子殿下、王女殿下の王族の方々も現れる。その中にはもちろんスティーグ殿下もいらっしゃって、わたしとヴィクトル様に気付いたのか少しだけ目元を緩められたように見えた。
豪奢な椅子に腰を下ろした国王陛下が腰を下ろす。
そして、祝宴のはじまりを告げられた。
精霊王様が目覚められたという事。
女神様が降臨し、この世界を守ると仰ってくれた事。
それを祝い、感謝を捧げる為の宴だとお話をして下さっている。
陛下のお声に耳を傾ける皆の顔は嬉しそうに綻んでいる。きっとそれはわたしも一緒なのだろう。
「今回の儀式が成功したのは、魔導研究所に勤めるアンジェリカ嬢のおかげである。古代文字の第一人者であり、魔法構築の専門家である彼女のおかげで古代書に記されていた魔法を復元する事が出来た。アンジェリカ嬢、ここへ」
「はい」
名前を呼ばれて背筋が伸びた。
隣に立つヴィクトル様が「行っておいで」と優しい声を掛けてくれるから、緊張も解れていく。
注目を浴びるのも当然だ。見られているのなら、堂々と歩いた方がいい。
これはレダ姉様が教えてくれた。真っ直ぐに前を見て、俯かずに、ゆっくりと歩けば大丈夫。
わたしは陛下の前で、膝を折って頭を垂れた。
「アンジェリカ嬢、面を上げよ」
言われるままに顔を上げる。国王陛下はとても優しい表情をしていた。
お顔立ちはスティーグ殿下と似ていて、金色の瞳は穏やかに細められている。
「君の功績はこの国だけでなく、女神光教の歴史にも刻まれるだろう。そして君は女神の祝福を受けたとも聞いている。これからも魔法の発展の為に、尽力してくれる事を期待しているよ」
「ありがとうございます」
「アンジェリカ嬢には褒賞として、金一封の他に特級研究員への昇格を認める」
「ありがたく頂戴いたします」
「ヴィクトル・エーヴァルト。それに連なる者達よ、こちらへ」
わたしの隣にヴィクトル様がやってきて、差し出された手を借りて姿勢を直す。
そのまま会場の方へと向き直った。
わたしの隣にはデルベルク侯爵家の皆さんが立ち、ヴィクトル様の隣にはオスヴァルト様が立っている。
「アンジェリカ嬢はブランシュ伯爵家から籍を抜き、デルベルク侯爵家の養女となった。そしてヴィクトル・エーヴァルトの婚約も調った事を、私の名の下に宣言する」
拍手が沸き起こる。
力一際力強く手を叩いているのは、わたしの恩師であるキュラス教授だ。教授は何度も頷きながら拍手をしてくれている。その頬が涙で濡れていて、隣に立つ奥様が優しくハンカチを当てているのが見えた。
わたしとヴィクトル様の婚約を祝福してくれる様子に、笑みが零れた。
腰を抱かれて、ヴィクトル様へと視線を向ける。わたしの事を見ていたヴィクトル様と視線が重なる。
蕩けるような甘やかな視線に、胸の奥がぎゅっときつく締め付けられた。
「お待ちください!」
異議を唱えるような、怒りを含んだ叫び声が響いた。
わたし達の前に姿を現したのは──ブランシュ伯爵。わたしの、父だった人。
その後ろには母とエドラもいて、三人ともわたしの事を睨みつけていた。
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