43.傷付ける為の言葉たち
ラウリス先輩の件について、シィラやヴィクトル様にもっと詳しく聞きたかったけれど、約束の時間が迫ってきていた。
わたしは応接室へと向かい、ヴィクトル様は隣室で待機してくれる事になっている。
イヤーカフで通信を繋いでいるから心強い。何かあれば頼っていいと言われているし、あまりにもひどい事があれば問答無用で乱入すると言ってくれた。
それが嬉しかったから、父と対峙する事も頑張れそう。
今までのわたしなら、父と向かい合うと考えただけで恐ろしかっただろう。父の言う事に従って、家族で居られるようにと縋り付いていた。
でも、もう大丈夫。
わたしの世界は広がっている。
そう思って応接室に入ってソファーに座ると、すぐにまたドアが開く。やってきたのは父──だけではなかった。
母とエドラの姿もある。予想外の展開に一瞬怯みそうになるけれど、息を吸って気持ちを切り替えた。
「お久し振りです」
「ふん、返事も寄越さずに、よくこんな場所に呼び出せたな」
テーブルを挟んだ先のソファーに父と母が並んで座る。一人掛けのソファーにはエドラが座り、久し振りにこの人達とテーブルを囲んだ事に気付いた。
わたしが自室で食事を取るようになって以来だから、もう十年以上も前の事。
あれだけ一緒に過ごす事を望んでいたのに、奇しくもそれが叶ってしまった状況に内心で苦笑いが漏れた。
「ご足労いただいた事には感謝しています。今日来ていただいたのは、わたしはもう伯爵家に援助をしないという事をお伝えしたかったからです。隣国に嫁ぐ事もしませんし、ブランシュ伯爵の命で誰かに嫁ぐ事もしません」
「偉そうに!」
激昂した父がテーブルを殴りつける。大きな音に肩が跳ねてしまうけれど、ただそれだけだった。驚いても、恐ろしくはない。
「本当に可愛くないわね。だから愛されないって、分かっていないのかしら」
「お母様、そんな事を言ってはかわいそうよ。家族になりたいって一生懸命努力をしていたのにそれが報われないんですもの。ちょっと拗ねちゃっただけなのよ。ねぇ、お姉様?」
不快そうに眉を寄せつつ扇で口元を隠す母と、くすくすとおかしそうに笑うエドラ。
二人の言葉はわたしを傷付ける為の刃のよう。悲しくないわけじゃない。嫌われているとはっきりつきつけられるのは、やっぱり辛い。
でも、もう期待はしていないから。惨めな気持ちにはならないで済む。
「愛されなくても、家族と思わなくても結構です」
わたしの言葉に、三人が驚いているのが分かる。
今までのわたしと明らかに違うのだから、戸惑うのも当然だろう。
「ふん、伯爵家から出したっていいんだぞ。貴族の暮らしを捨てて生きて行けるのか」
「出されるのは構いません。学院に入ってからずっと、貴族らしい生活なんてしていませんでしたから」
「誰が育ててやったと思ってるんだ!」
また父がテーブルを叩く。
声を張り上げ、わたしを威嚇するようなその行動に溜息が出た。高圧的に出て、わたしを支配下におこうとしているのが分かる。
以前までのわたしなら、それに怯えていただろう。
「伯爵家に置いて貰った事に感謝はしています。でも育てて貰ったとは思っていないのです。言葉を交わす事もなく、体調を崩しても見舞いに来る事もなく、ドレスやアクセサリーを用意して貰ったのもデビュタントの時だけ。それだって執事が言わなければ忘れていたでしょう? 学院に入ってからも学費と寮費を出して貰った事は有難く思っていますが、それ以外の生活費をわたしは自分で工面していました」
過去の事を話すのは辛くて、きっと怒りに塗れたものになるのだろうと思っていた。
でも実際に口を開いてみたら、自分でも驚くほどに淡々と話す事が出来ている。きっと、もう過去の事だと割り切れているのだろう。
「それは……エドラにお金がかかるし……」
「あなたは不満なんて言わなかったじゃない……」
さすがに自分達のしてきた事に思い当たる事があるのか、両親は気まずそうに口籠る。
エドラは不満そうに口を尖らせているばかりだ。
「そうですね、エドラを着飾る事はお好きだったみたいですから。不満を言おうにもわたしの言葉は聞き入れて下さらなかったでしょう。でも、もうそれはいいんです」
わたしは一度言葉を切り、深く息を吸った。
父と母、エドラの顔を順番に見回す。もう会う事がないかもしれないから。
「魔導研究所に就職をして、たくさんお金を送りました。もうそれで、伯爵家に置いてもらった分はお返し出来たと思います。学費と寮費にも充分足りるのではないでしょうか。恩返しはもう終わりました」
「……本気で言っているのか」
「はい。もう仕送りはしません。籍を抜くなら抜いて下さい」
両親は明らかに狼狽えていた。
今まで脅しのように使ってきた【籍を抜く】という事。わたしがそれをされたくないのではなくて、彼らがそれを出来ないのだ。
籍を抜いてしまえばわたしからの援助がなくなる。今のままでいたら、わたしを宥める事が出来るかもしれないもの。
それに、わたしが功績を上げたという事だってきっと彼らは知っている。わたしを手放すわけにはいかないのだ。
「お姉様、ひどいわ。私達が家族に入れてあげるって、そう思っているのに……」
静寂を切り裂いたのは、涙交じりの声だった。
「お姉様が仕送りしてくれなかったら、私のドレスが買えなくなっちゃう。私、婚約だって破棄してしまったのよ。新しいお相手を見つけなくちゃいけないって分かっている? 美しく着飾る為にはお金が必要なのよ」
「婚約を破棄したのはあなたの勝手で、わたしには関係ないわ。お金が必要なら今までのドレスを売ればいいだけよ。わたしのお金じゃなくて伯爵家のお金で用意なさい」
「お姉様のお金は伯爵家のものでしょう!」
ぽろぽろと涙を零すエドラに溜息が漏れた。
わたしが折れる雰囲気のない事に気付いてか、エドラの涙は溢れるばかりで止まる様子がない。母はそんなエドラの肩を抱いて、可哀想にと繰り返している。
「じゃあ……せめて、ヴィクトル様を紹介して」
「は?」
予想外の言葉に唖然としてしまった。
まだ諦めていなかったのか。それに、このタイミングでそれを口にする?
あまりの事に眩暈がした。頭も痛くなってくる。
「だってお金がなくちゃ着飾って夜会に行けないわ。ヴィクトル様を紹介してくれたら夜会に行かなくて済むから、ドレスも作らなくていいでしょう?」
名案だとばかりに言葉を紡ぐ妹に、両親もうんうんと頷いている。
「紹介はしないって、前にも言ってあるでしょう」
「どうして! わたしは妹なのよ! お姉様は可愛い妹の頼みをきけないの!?」
もう何を言っても疲れるだけだ。
そう思ったわたしは立ち上がった。
「そんな妹、可愛いとは思えないの。だからお願いをきくつもりもないわ」
「なんだその言い方は! そんなお前をどうやって愛せと言うんだ! 今すぐエドラに謝るんだ!」
「本当に可愛くないわ! どうしてあんたなんて生んでしまったのかしら!」
わっと泣き出すエドラと激昂する両親に背を向けて、わたしは応接室を後にした。
これ以上ここにいたら、きっとわたしも泣いてしまう。
言葉の刃がわたしの心に深く到達する前に、この場を離れたかった。
廊下に出て扉を閉めると、わたしの体はヴィクトル様に抱き締められていた。廊下で待っていてくれたらしいヴィクトル様は、顔を歪めている。
ぎゅっとわたしからも抱き着くと転移の為の光が溢れた。
その光に包まれながら、わたしの頬を涙が一筋伝っていった。
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