24.恋がどんなものなのか

 今日は休日。

 わたしはヴィクトル様に許可を貰って、カフェへとやってきていた。今日も護衛騎士がいるけれど、カフェという事で少し離れた席でお茶を楽しんでくれている。


「元気そうで安心したわ」


 そう言うのは、わたしの向かいに座っているシィラ。今日はシィラに誘われてケーキを食べに来たのだ。

 店員さんがやってきて、わたしの前にミルクティーとレアチーズケーキを置く。シィラの前にも同じケーキが置かれて、彼女が頼んだ飲み物はコーヒーだった。


 今日もシィラは綺麗だ。

 藍色のワンピースは彼女によく似合っている。いつもはハーフアップにしている濃茶の髪が、今日は高い位置で纏められていた。花を模した髪飾りはイヤリングと同じ意匠で可愛らしい。

 落ち着いた笑みの浮かぶ唇のそばにあるほくろが、やっぱり色っぽいなと思った。


「シィラも。今日は誘ってくれてありがとう」

「色々話を聞きたかったっていうのもあるんだけど、新作のケーキもあなたと一緒に食べたくて」

「ふふ、楽しみにしていたの」

「早速いただきましょうか」


 ケーキに向き合ったわたしは、添えられていたブルーベリーのソースをケーキにかけた。

 青紫が広がっていく。ケーキには細く切込みが入っていたようで、切込みに添うよう伸びていくソースがまるでレース刺繍のようで美しかった。


 フォークを手にして、ケーキを一口食べる。ブルーベリーのソースは思っていたよりも甘い。レアチーズケーキは滑らかで、少し酸味があるけれどそれが美味しい。

 レアチーズの下には薄いプリンがある。下からプリン、レアチーズ、ブルーベリーと層になっているのも綺麗だった。


「美味しい」

「ええ、美味しいわね。とっても爽やか」


 ブルーベリーのソースがこんなに美味しいと思わなかった。レアチーズケーキにとっても合うから、ヴィクトル様に言ったら作ってくれるだろうか。

 そんな事を考えながらミルクティーを一口飲む。濃厚で美味しいけれど、もう少しお砂糖が欲しい。テーブル上のシュガーポットから角砂糖を一つ取って、カップに沈めた。

 ヴィクトル様の淹れてくれるミルクティーに随分慣れてしまったみたいだ。


「なんだか表情が明るくなったわね。肌も髪も艶があるし、何より健康そう。良かった」


 安心したように微笑むシィラの言葉に目を瞬く。健康になったのは間違いない。しっかり食事もとっているから肉付きも良くなったし、ぶかぶかだった制服もちょうど良いサイズになってきている。


「お休みをちゃんと取っているからかしら。ご飯も食べているしね」

「エーヴァント秘書官のおかげね?」

「そう、かも……」


 わたしの任務内容やその場所は秘密となっているけれど、わたしがヴィクトル様と一緒に仕事をしているという事をシィラは知っているそうだ。

 シィラと彼女の上司である事務局長だけが知っている事だから、大っぴらには口に出来ない事なのだけど。


「ちゃんと寝て、食事を取っている今の方が仕事をしている時間は少ないのよ。研究所に居た時はどれだけ時間があっても足りなかったし、ずっと研究に没頭してた。でも今の方が効率が良いから不思議よね」

「不思議じゃないわよ。ちゃんと休まなくちゃ疲れだって取れないんだし」

「ふふ、やっとそれが分かったわ。これからも気を付ける」

「そうしてちょうだい。でも……どれだけ私が言っても直らなかったのに。エーヴァント秘書官に妬いちゃいそうよ」


 冗談めかして肩を竦めるシィラの様子に笑みが零れた。

 またフォークを手にして、ソースの中にあるブルーベリーを口に入れた。ソースよりも少し酸味がある。美味しい。


「食事がね、楽しいって思えるの」


 ぽつりと零した言葉に、シィラが目を瞬いた。

 わたしの口からそんな言葉が出ると思わなかったのだろう。


「同じものを食べて、美味しいって言って……日々の事を話して、くだらない事で笑い合って。それがね、楽しいの。だからちゃんと食べるようになったのかも」


 ヴィクトル様が作ってくれるご飯が美味しいから、というのもあるけれど。でも……誰かと囲む食卓が美味しくて楽しい時間に満ちているって、ヴィクトル様が教えてくれたのだ。


「……良かった」


 そう言って微笑んでくれるシィラの瞳が濡れているのは見間違いじゃないと思う。それに気付くとわたしの目の奥も熱くなってしまって、誤魔化すように瞬きをした。

 妙に湿っぽくなってしまいそうで、わたしは意識して明るい声で話し出した。


「アップルパイが好きになったのよ。それから……お茶やコーヒーの好みも分かったし、苦手なものも分かってきたの」

「そういえば今日はミルクティーを選んでいたわね。いつも……その場の誰かと同じものを注文する事が多かったのに」

「ふふ、気付かれていたのね。好きなものが分からなくて、選ぶ事が苦手だったの。でも今は少しずつだけど、ちゃんと自分の欲しいものが分かるようになったのよ」

「そうだったのね……。うん、以前までのあなたを思うと、それにも納得出来るわ。自分に無頓着なんだと思っていたけれど、違ったのね、ごめんなさい」

「無頓着なのも間違いないから謝らないで。分からないから興味も持てなかったんだもの。あなたには沢山迷惑を掛けてしまったと思うわ」


 服装に構う事のないわたしの面倒を見てくれたのはシィラだ。

 それを有難く思うけれど、謝ってもらうような事はひとつもない。


「そう言ってくれると気持ちも楽になるわ」

「これからもあなたに頼る事が多いと思うの。選ぶ事も、その楽しさも分かってきたけれど……似合うかどうかはまた別だもの。助けてくれる?」

「もちろんよ」


 力強い言葉に胸を撫で下ろした。

 シィラと一緒なら、もっと楽しめるもの。


「それにしても……本当に妬いてしまいそう。今までよりもずっと柔らかい表情をしているわ。まるで恋をしているみたいに」


 妬くなんて……誰に?

 なんて聞くのは藪を突く事になりそうで、黙っておく事にした。

 それよりも「恋」なんて単語に、胸の奥がちりちりしてしまったせいもあるけれど。ただ肩を竦めるだけに留めたわたしは、ケーキを食べ進める事にした。

 

 それから次のお買い物の約束をしたり、シィラの婚約者の話をしたり。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


 研究所の事や、いま流行っている本だったり。

 聞きたい事は聞けたし、たくさん話す事も出来た。


 でも……恋がどんなものなのか。それを聞く事だけが出来なかった。

 

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