23.自分を認める
その日の昼食後、作業部屋でわたしはヴィクトル様に魔法式を見せていた。
午前中にわたしが書き上げた魔法式だ。女神様と精霊、双方の力は同じ性質を持っているという仮説から書き上げた式は今までの常識とは大きくかけ離れているものになっている。
いつもの精霊魔法の式を作るのとは、組み立て方が少し違う。どう説明していいかまだ分からないのは研究者として失格かもしれないけれど、わたしは時々、こうやって閃きと感覚だけで魔法式を作り上げていた。
それを理解していくのは、また別の作業になってしまうけれど、わたしはそれも楽しいと思っていた。
「……驚いたな。これなら女神の残した魔法を完成させられるだろう」
「まだ根源の解析だけなので、組み立てていくには時間を頂かないといけないのですが……」
「分かってる。でも大きな一歩には間違いないさ」
魔法式の書かれた紙を机に置いたヴィクトル様は立ち上がり、机をぐるっと回りこんでわたしの側までやってくる。
身を屈めたヴィクトル様はわたしの頭に手を乗せて、優しい手つきで撫でてくれた。
「アンジェリカ、君は凄いよ」
「そう、でしょうか……」
褒められているのは分かるけれど、頭を撫でられている事に意識が向いてしまってどうしていいか分からなくなる。
頭を撫でられるなんて、まるで子どもみたいだ。恥ずかしいけれど、同じくらいに嬉しいとも思ってしまう。
こんな風に頭を撫でられたことなんて、無かったから。
褒められるのも嬉しい。胸の奥が温かくなって、擽ったい。
「今までの君の努力が、この結果を生んだんだ。古代文字に向き合ってきた事も、研究に励んできた事も。ちゃんと全て積み重なっているよ」
そんな事、初めて言われた。
わたしは家族にも嫌われているくらいに駄目な人間で、無力で、誇れるものなんてないと思っていた。
好き嫌いも分からないし、選ぶ事も苦手だし。諦められないものをいつまでも追いかけて情けないし。
わたしに価値なんてない。そう感じる日々だったのに。
「君は本当に凄いよ、アンジェリカ。もっと自分の事を誇っていいんだ。君がどれだけ頑張っているのかを認めて、自分で褒めてもいい。俺はそう思っているし、君の友人や恩師もきっとそう思ってるんじゃないかな」
優しい声が胸の奥に響いてくる。
嬉しくて、少し恥ずかしくてむず痒い。でもそれは──わたしが欲していた言葉だった。
褒められたかった。
認めて欲しかった。
頑張ってるねって、言ってほしかった。
家族に求めたその言葉が、わたしに向けられる事はなくて……家族以外の言葉は聞こえないようになっていた。
きっと今まで、わたしの事を褒めてくれた人もいるのに。
教授も、シィラも、お屋敷で支えてくれていた執事も……わたしを認めてくれていたのに。どうして今まで、それを受け入れられなかったんだろう。
ヴィクトル様の言葉に、わたしの胸に刺さっていた棘が溶けていくのを感じていた。
わたしは頑張っている。
頑張った先に、こうして結果を出す事も出来る。
わたしは、凄い。
心の中でそう呟くと、ぽろりと涙が零れたのが分かった。
悲しくないのに、涙が溢れて止まらない。
そんなわたしの涙を指で掬いながら、ヴィクトル様は優しい眼差しをくれながら微笑んだ。
「……わたし、頑張りました」
「うん」
「今も、昔もずっと……」
「うん」
「褒めてあげて、良かったんですね」
「そうだよ。君の頑張りは、きっと君自身が一番知ってるから。でも……この屋敷に来てからの頑張りは、俺もちゃんと知ってる。もっと早くに伝えておけばよかった」
優しく相槌をうってくれるから、また涙が溢れた。でも前に感情を爆発させてしまった時みたいに苦しくない。
静かに降る雨のような涙だと思った。
ヴィクトル様がわたしをそっと抱き寄せてくれる。引き寄せられるままに胸元に顔を寄せると、木々の中にいるような落ち着いた香水の香りがした。
胸の奥がちりちりと疼いてドキドキする。でもこの温もりや力強い腕から離れたいとは思わなかった。
もう少しだけ、このままでいたい。
涙が止まるまで、わたしはヴィクトル様に甘えていた。
***
その日の夜。
湯浴みも済ませて、眠る準備も済んでいる時間。いつもならベッドに入るまでは本を読んで過ごすのだけど、今日のわたしは書き物机に向かっていた。
引き出しから取り出したのは押し花のあしらわれたレターセット。もう残りも少ないけれど、今日の分はあるだろう。先日は文具店で買ってくることが出来なかったから、近い内にまた行かなければ。
頭の中に書き留めると、文具店で妹と会ってしまった事も思い出してしまう。でももう悲しいとは思わなかった。
家族が恋しい気持ちはあるけれど、それよりも……わたしは自分を認めてあげられたから。今日はその高揚感の方が強かった。
便箋を一枚とって、ペンを持つ。
手紙を送るのはシィラと、キュラス教授。
わたしの事を認めてくれていたお礼を伝えたいと思ったからだ。
本当は伯爵家の執事にも送りたいところだけど、わたしの手紙が彼の元にちゃんと届くかは怪しいところだから今回は諦めた。
機会があれば直接感謝を伝えたいと思う。わたしが困らないように色々な事を教えてくれて、生活を支えてくれていたのは執事だから。
でもまずは、シィラと教授への手紙だ。
感謝と、好きだという気持ちと、尊敬をわたしの言葉で伝えたい。
便箋にペンを走らせながら、わたしの口元は綻んでいた。
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