17.選ぶ楽しさ

 今日はお休み。

 別の任務にあたっているわたしだけど、研究所と同じようにお休みの日が決められている。

 わたしは疲れていないし、出掛ける用事もない。休日でも解読に励んでもいい……というか、お休みも暇なので古代魔法の解析に勤しみたい。そんな風に思っていたのだけど、ヴィクトル様がそれを許すわけもなく。


 研究所で仕事をしていた時より、随分のんびりさせてもらっている。

 外出もしないわたしは、図書室から本を借りて読んでいる事が多い。図書室には様々な本があって面白いのだけど、どれもヴィクトル様が読んだものなのだという。

 魔導具の本が多いのは、ヴィクトル様の興味が強いからなのか。いつも自分が読んでいるものとは違うから楽しくなる。


 そんなわたしを知ってか、ヴィクトル様は新しい本を図書室に増やしてくれるようになった。流行りの大衆小説から画集、専門書まで様々な分野に渡る本が増えていく。

 図書室にある本を読み終わるよりも先に、解読作業の方が終わってしまいそう。それはちょっと寂しいから、読むペースも上げていきたい。

 なので、今日のお休みも図書室に入り浸ろうと思っていたのだけど──


「あの、ヴィクトル様。もう一度説明してもらえますか?」

「うん。君にドレスを贈ろうと思ったから、メゾンのデザイナーに来て貰ったよ」


 一言一句、先程と変わらないで紡がれる言葉。

 やっぱり意味が分からない。紹介されたデザイナーのレダさんはニコニコと楽しそうに微笑んでいる。


「ドレスを贈ってもらうのは遠慮したいのですが……」

「どうして?」

「えぇと、そこまでしていただく必要もないですし、ドレスを作っても出掛ける先がありません」

「出掛ける先があればいい?」

「そういうわけではなくて」


 口で勝てる気がしない相手に戦いを挑むのは無謀だ。だけどこのまま流されるわけにもいかないから、やるしかないのだ。

 そんなわたしを見てヴィクトル様は肩を揺らす。


「君にドレスを贈りたいと思ったんだ。だから受け取ってくれると、俺が嬉しい」

「……その言い方は狡いです」

「知ってて言ってる」


 微笑むヴィクトル様は引く様子がない。

 どうしたらいいのだろうと、困ってしまったわたしはただ首を横に振るしか出来なかった。


「……君の好きなものが見つかるんじゃないかって、そう思ったんだ」

「わたしの、好きなもの」

「そう。色々あるものの中から選んでいけば、自分の好みが分かるだろうから」


 わたしの為に、ヴィクトル様はそんな事を考えて下さっていたのか。


「アップルパイとか、好きっていうものが少し分かってきているだろ?」


 それを無碍にする事は、凄く失礼な気がした。

 ヴィクトル様はわたしの事を考えてくれている。わたしが、わたしと向き合う事を拒むわけにはいかない。


「ありがとうございます、ヴィクトル様。でもわたし、ドレスを作った事がないので色々教えてくれますか?」


 わたしがそうお願いすると、ヴィクトル様は笑みを深めて頷いてくれた。柔らかくて、少し甘やかな笑み。そんな姿を見られるのは珍しいけれど、やっぱりお休みだからリラックスしているのかもしれない。


「もちろん。一緒に好きなものを見つけような」


 その言葉に何だかほっとしてしまって、知らぬ間に握り締めていた拳から力が抜けた。

 きっと大丈夫。緊張が解けたら胸の奥がドキドキするのを自覚した。


「話はまとまったみたいね。じゃあ……今の流行りでいくつかデザイン画を描いてきたの。これを見てくれるかしら」


 テーブルを挟んでわたしの向かいに座っているレダさんは少し短めに整えた金髪がよく似合う美人だった。大きな水色の瞳は楽しそうに煌めいている。


 テーブルの上に二枚並べられたデザイン画を、隣に座るヴィクトル様と一緒に覗き込む。

 色は載せられていなくて、特徴的なリボンやレースは余白に拡大して描かれているから分かりやすい。


「たくさん出しても分からなくなっちゃうでしょうから、まず二枚ね。気になる方を選んだらまた違うデザインを出すわ」


 レダさんの言葉に頷きながら、二枚のデザイン画を見比べる。

 一枚は首元や肩が見えている露出の多いもので、もう一枚は首から胸元までがレースで覆われているものだった。スカート部分はどちらも膨らまずに、流れるように落ちている。

 違いは露出の多さくらい。比べやすいデザインにしてくれたのだろう。


 これは……どちらがいいんだろう。選んだものがわたしに似合うかも分からない。着ている自分が想像できないから。


「好きとかじゃなくて、気になる方。もしくは……こっちは嫌だな、でもいいんだ」


 隣に座るヴィクトル様の言葉に、それでいいんだと目を瞬いた。

 それなら選べるかもしれない。


「……わたしに似合うかなとか、考えてしまうんですが」

「アンジェリカさんにはどちらも似合うわよ。似合うものだけを描いてきたから、そういうのは気にしなくて大丈夫。あなたに似合うものを作る為に、私がいるんだから」


 ニコニコと笑うレダさんの言葉が嬉しかった。

 こんなに素敵な人が描いてくれたデザインだもの、似合うか心配しなくて大丈夫。それならわたしは気になる方を選ぶだけ。


「……こっちがいいです」


 露出が控えめなデザインを指差すと、レダさんは頷いてから最初の一枚を避けてしまう。それからまた新しいデザイン画を出して、また二枚になるよう並べてくれた。

 新しいデザイン画はスカート部分が少し違う。スカートに深いスリットが入っているけれど、そこにはレースが何段にも重ねられていた。


 上半身のデザインは同じなのに、スカート部分が違うだけで雰囲気がまったく異なるのが面白いと思った。


「楽しめてるみたいだな」


 ヴィクトル様がぽつりと零した言葉に、わたしは息を飲んだ。

 そうだ、わたし今……楽しいと思ってる。


 自分が身に着けるものを選ぶのが楽しいのだ。

 今まではそれが似合うか分からないから、選ぶのにも不安がつき纏っていた。だから魔法学院や研究所で制服が支給された時には安心してしまったくらいだ。


 でも今は、レダさんが『似合う』と断言してくれたものから選べばいい。

 似合うか似合わないか、その不安から解放されただけで楽しいのだ。


「そう、ですね……楽しいです」


 少し恥ずかしいけれど、楽しい気持ちを隠すのも違うと思った。

 わたしの様子に安心したようなヴィクトル様とレダさんに促され、あっという間にわたしのドレスが決まっていく。


 最終的に選んだドレスのデザイン画を見て、わたしは胸の奥が満たされるのを感じていた。

 可愛くて、綺麗で、とっても素敵なドレス。

 これはわたしが選んだドレス。


 きっとわたし、このドレスがお気に入りになるわ。

 気になるものを選んできたんだから。


 選べた自分が誇らしくて、目の奥が熱くなる。ヴィクトル様とレダさんにお礼を言えば、二人は優しく微笑んでくれた。


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